吹き荒れる風、嵐になれ





 暁が訪れる頃になると、戦況も変化した。辺り一面に転がる屍の山を見つめ、そして片手を拝むようにして立てると、彼の名を呼んだ。

「佐助」

 一言、そう呼びかける。
 それだけで彼は直に自分の居場所を見つけてしまうから、それだけで良かった。空を仰いで、そしてその空があまりにも赤くて、この視界がすべて血色に染まってしまったのではないかとさえ感じた。

「佐助、某はここだ」

 風に乗せるように、呟くように言った。すると背後にふわりと風が巻き起こる。

「まったく…俺様は狗じゃないんだから…」

 ――そんな声で呼ばれたってね。

 幸村は背後を振り返らずに、ふふふ、と口の中でくぐもった笑いを浮かべた。

「お前は紛れもなく、某の狗」
「――云ってくれるねぇ」

 ハッ、と嘲笑うような揶揄うような口調が、刺々しく幸村に向かう。辺りでは燻る煙が、きな臭い臭いを充満させていた。
 もはやこんな臭いにも慣れてしまっていた。

「ありのままを述べたまで」
「旦那…ぁ、あんた、おかしいよ」
「佐助は某の声を聞き漏らさなかった。某の匂いを忘れたわけでもなかった。だから…」
「――…」
「此処まで嗅ぎつけて来たのだろう?」

 ふわりと振り返った時、幸村の鉢巻が風に棚引いた。
 背に朝日を背負い、赤々と染まる幸村は笑っていた。それを見つめながら、佐助は再び「可笑しいよ」と口にした。

「何で笑うのさ?」
「嬉しいからだ」
「人を殺して?」
「お前が某の狗として、此処に有ることが」

 佐助は徐々に歩を進め、幸村の傍に近づく。手を伸ばしてはためく鉢巻を指に絡ませると、するりとそれを振りほどいた。そしてそのまま、幸村の肩を引き寄せる。

「ほんと、何処でどう狂ったの?」
「佐助が…狗みたいに…見つけてくれたから…忍は忠義などないと云っておきながら…――」
「いいからもう喋らなくていい。あんた解ってんの?旦那」
「――――…」

 引き寄せて、幸村の肩に顎を乗せて、そして背中を支える。それと同時に、彼の重みが現実味を持って迫ってきた。そして移る――拭いきれないほどの血臭。

 ――俺様はもう慣れてしまった匂いだけど。

 それが彼から臭っている――その事が歯痒かった。そしてこうまでして守れなかったことを示す主に腹が立った。

「旦那、酷い怪我だよ」
「ああ…だから」

 ――抱きしめて。

 からん、と幸村の手にしていた槍が地面に落ちる。すると幸村は佐助にしがみ付くように、背中に腕を回してきた。そして耳元に小さな声で囁いた。
 佐助は「云われるまでもない」と咽喉の奥で笑いながら応えた。そして幸村の身体を抱えると、風のにおいを嗅ぐように、すん、と鼻を鳴らした。

 ――ホントに狗のようだ。

 瞼を閉じた幸村には、狗としか思えない音だった――それが、佐助の涙の残滓だとは、思うべくも無かった。
 













Date:2009.07.05.Sun.03:15/090714