Cherry coke & Lemonade 学校から帰る時に、そのまま近場で買い物をしてから帰路に着く。大きな門を潜って、贅沢にも整えられた日本庭園を突っ切り、裏口に回ると佐助は其処から家の中に入った。 いつもなら勝手口から入ることも無いが、今日は家の前に一台の車が止まっていた。 その車を見たときに、客が来ていることが解った――この家の主、武田信玄の知人だ。 ――確か茶菓子あったよなぁ。あ、でもこれ旦那の分だったっけ? 靴を脱ぎながら手に持っていた袋をテーブルの上に置く。ちゃんとエコバックを持っている辺り、自分でもどうかと思うが、買い物をするたびにポイントを貰えるので気にしないことにしている。 佐助は薬缶をコンロに掛けると、頭の中で今日の献立を考えながら手際よく夕飯の支度を始めていった。 武田のこの家には、信玄の孫の幸村と、佐助の三人が住んでいる。 もともと佐助の母が、この家の使用人として住み込みで働いていたのが切っ掛けだ。気づいた時には既にこの家に居た――そして母以外に身寄りはなかった。 佐助の母は程なく亡くなったが、信玄は佐助を追い出すようなことはしなかった。 ――まったく有難いよね。 佐助は盆に茶と茶菓子を乗せると静かに廊下を渡る。そして母屋に向かうと、応接間のドアをノックしてから静かに開けた。 「おお、佐助、戻っておったか」 「はい、只今戻りました」 応えつつ、目の前に茶を出していく。客人にも茶を勧めると、静かに会釈してきた。それに同じように会釈すると信玄が顎を擦りながら云う。 「今日は外に出てくる、夕飯はいらぬぞ」 「そうですか…解りました」 ぺこり、と再び頭を垂れてから部屋を後にし、台所に向かうと調度、がらら、と玄関の戸が開いた。 「お帰り、旦那」 「只今戻った…お、客人か」 帰ってきたばかりの幸村は靴を見てから、ひょい、と上がり框に乗り、佐助の後ろをついて台所に向かう。 「お腹空いているのは解るけど、取りあえず着替えてきたら?」 「その前に何か少し…」 ぐぐう、と腹を鳴らして幸村が後を付いて来る。佐助は彼用にとって置いた団子を、包みから開けると皿に乗せて、はい、と差し出した。 「おお…っ、さすが佐助だ」 「ほめてもお茶くらいしか出ないよ?」 「佐助がくれるものなら何でもいい」 上機嫌で幸村はそんな事を言う。その一言に、ぎゅっと胸が締め付けられてしまう。だがそれを押し隠して佐助は「そう?」と微笑む。 目の前にだされた団子を嬉しそうに頬張る幸村を観ながら、向かい側に座って頬杖を付いていくと、食べ終わるまで他愛ない話を繰り返していった。 自室で耳に着けていたヘッドフォンを外すと、佐助は空になったマグカップを手に立ち上がった。 課題は既に終えている。後はゆっくりと寛いでから寝るだけだ――そんな事を考えながら、薬缶をコンロにかけた。 ――かたん。 広い邸の中で少しの音さえも耳に大きく聞こえてしまう。 ――学校に居るときとはまったく世界が違うみたいだなぁ。 あんな騒々しさは此処にはない――いや、時々信玄と幸村が熱く拳を交わすこともあるが、それさえも四六時中続いている訳でもない。佐助は台所の椅子に腰掛けると、頬杖をついて溜息をついた。 「いつになったら、気付いてくれるのかなぁ…」 ふとそんな事を呟いてしまう。 ――でも気付かれない方が、ずっと傍に居られるかな。 「あー、女々しい。俺様、なんでこんなに馬鹿みたいに女々しいかな」 独りごちても聞く相手はいない。静かな邸の中で、微かに佐助の耳に水音が響いている。たぶん幸村が風呂に入っているのだろう。 ――あ、タオル、出してない。 こぽこぽ、と茶をマグカップに注いで口に運びながら、洗濯物を取り込んでから持っていくのを忘れていた事を思い出す。 佐助は畳んでいたタオルを手にして風呂場へと足を向けた。 風呂場に行くと、かたん、と中から音が聞こえていた。その音でまだ彼が中に入ったままだと思った。佐助は窺うことをせずに戸を、からり、と開けると声を掛けた。 「旦那ぁ、タオルここに…」 「佐助か」 直に返ってきた声に顔を起こすと、こちらに背を向けたままの幸村が居た。 「あ、もう上がってたんだ?」 「これ以上入ったら茹で上がってしまうぞ」 「そうだねぇ…はい、これ」 佐助はタオルを差し出した。すると幸村はそれを受け取り頭から拭きはじめた。それを横目で見ながら、棚に持ってきたタオルを詰め始める。 湯上りでほんのりと肌が赤らんでいた。しっとり濡れた髪が、彼の背に流れている。 ――目の毒だなぁ。 観ていたいのに、あんまり見つめる訳にもいかない。というよりも、佐助が入ってきても羞恥することもなく、素っ裸のままでいる彼もどうかと思ってしまう。 ――なーんにも思われていないって訳かなぁ。てか、まだお子様なのかなぁ。 佐助はどうしようかと思わず唸ってしまう。タオルを棚に収めると、洗剤を取り出して洗濯機にいれる。そうしている内に、鼻先に嗅ぎなれた香りが漂った。 ――あれ、なんかいつもと… ふいに鼻先を擽った香りに、背後の幸村を振り向く。髪をごしごしと拭いている彼のほうからその香りがしてきていた。 「旦那、もしかして俺のシャンプー使った?」 「ああ、俺のが切れてたから」 「ごめん、買ってくるの忘れてたわ」 幸村は何の不思議もなく云ってくる。だが自分と同じ匂いが彼からしているのが、佐助には何だか不思議な気がしてしまう。 ――とく、とく、 まだ背が濡れているせいで、彼の長い髪が張り付いてる。背中には肩甲骨が浮き、腕の動きと一緒に周りの筋肉もまた動く。 ――しなやか、だなぁ。 ごしごしと髪を拭く幸村は首を下に向けると、背にかかった髪を指先で肩に掛け、前に流す。すると均整の取れた後姿が顕になった。 「そんなに擦っちゃ、髪が痛むよ」 ――貸して。 気付いたら幸村に近づいていた――そして肩越しに振り返った幸村から、タオルを受け取っていた。 「あんまりごしごしやっちゃ駄目でしょ」 「そう…なのか?」 タオルを受けとって背後から水滴をふき取る。触れると、彼の肌がほかほかとしていて、熱を持っているのが掌に伝わってきた。素肌がしっとりと手に吸い付いてくる。 徐々に佐助の身体が彼の背中に近づく――鼻先に迫る同じ匂いが、佐助の鼓動を早くさせていく。 ――やばい。 やめておけ、と頭に警鐘が響く。それなのに、動く身体を止められない。咽喉が、ごくり、と乾いた音を立てた。鼻先に、自分と同じ匂いと、石鹸の香りが触れてくる。 「……佐助?」 ――…ちゅう。 気付いたら項に――首の付け根の骨の辺りにキスしていた。突然の感触に幸村の身体が、びくん、と揺れた。だが触れてしまうと止まらなくなった。 「――っ、ちょ…さ、さすけ?」 驚いた彼が肩越しに振り返ってくる。徐々に真っ赤になってくる幸村の顔を眺め、顔を近づける――すると幸村は「わっ」と声を上げた。 頬に口付け、耳朶に鼻先を擦りつける様にして近づく。耳元に息を吹きかけた。 「旦那、俺と同じ匂いするね」 「それは…――、ッ」 ――びく。 佐助から離れようとした身体を動けないように背後から抱きしめる。そうして顕になっている項に何度も口付け、舌を這わせると抵抗し始めていた幸村の四肢が力をなくしていく。 「あ…――、ま、待って」 どうにかして佐助を止めようとするのに、口にする言葉さえも艶めいて響く。喘いでいるかのように掠れた声が佐助の耳に突き刺さった。 ――ヤバイよ、ホントに。 脳内では止めろと、此処で手を離してしまえ、と警鐘が鳴り響く。それなのに止めることが出来ない。背後から腕を回して抱きしめていると、幸村の身体が撓ってくる。それを自分の胸で受け止めて、前に回した手で彼の胸を触った。 「わ…――ちょ、……や、」 「じっとして」 幸村は佐助の手を掴んで動くのを止めさせようとする。だがその手も力なく、効果をなさない。は、は、と小さく呼吸を繰り返す幸村を背後から感じ、佐助は咽喉が渇く気がした。 徐に胸から、するり、と腹に触れ、その手をさらに下降させて彼の中心に触れた。 「――――…ッッ」 びく、と肩が揺れる。佐助が触れた箇所は、既に固くなっており、手にその存在を示してきていた。それを身を乗り出すようにして肩に顎先を乗せて覗き込むと、幸村は俯いてふるふると震えていた。 「反応してる」 「い、云うなっ」 があ、と反抗する声とは裏腹に首筋まで真っ赤になりながら幸村が座り込もうとする。だがそれを阻んで膝を差し込むと、佐助は両手で彼の陰茎を握りこんだ。 「あ…――ッ」 「気持ち良くさせようか?」 ぱくぱく、と振り向きながら口を開閉させる幸村の承諾は聴かなかった。云うや否や、佐助は手を動かし、上下にゆるゆると扱き始める。既に先走りで濡れていたせいか、濡れた音が響き始めた。 ――くちゅ、ぐちゅ… 「は…――、あ、あぁ…――ッ」 「ここ、快くない?」 ――ぐり。 先の割れ目に指先を突き立てるようにして、抉ると幸村の背が硬くなる。がくがくと足が揺れているのを感じながらも、動かす手を止めることが出来ない。 「や、いや…、佐助…――もう、や…」 「駄目、此処で止めたら辛いのは旦那だし」 「――っふ、んん…――」 抑えた声がやけに耳に甘く響く。途切れ途切れな呼吸に、佐助の背筋がぞくぞくと戦慄が上ってくる。声を聞いているだけで腰が重くなってくるようだった。 「厭、だ…ぁ……――んッ」 「――旦那……」 幸村の顔を後ろに向かせ、その唇を塞ぐ。その合間にも、括れの辺りを何度も擦り上げていくと、幸村は大きく口を開き、はふはふ、と酸素を求めて呼吸を繰り返していた。 「ふ…っ、うっ…――っ」 ――じゅ、ぐちゅ、 指先に感じる彼の陰茎が熱い。手にべったりと付いてきている先走りが滑りを良くしていく。片手を、ずるりと彼の腹まで撫で上げていくと、幸村の腹が硬くびくびくと隆起しているのが解った。 ――あ、そろそろ達く。 「――――……は、あぁ…――ッ!」 そう思った瞬間、硬く幸村の背が撓り、硬直したかのようになる。掠れた声の痕に、佐助の手に、そして彼の腹に勢い良く精液が飛び散った。 幸村の身体を背後から支えていたのに、ずるり、とそのまま彼の身体が滑り落ちていく。つられるように佐助もその場に座り込むと、幸村はこちらを振り向くこともせずに、ふるふると肩を震わせ、背を丸めていた。 ――ぐず。 ぐずぐず、と鼻をすする音に我に返る。ぺたりと床に座った彼は背を丸めて震えている。そしてその彼から、ぐすぐす、と泣き声が――いや、嗚咽が聞こえだした。ごし、と自分の目元を擦る姿を背後から見つめ、佐助ははっと我に返った。 「あ…――」 ――俺、何やって… さぁ、と血の気が引いた。逆上せるほどに頭に上がっていた血が、一気に下がっていく。指先が冷えて感覚がなくなったかのようだった。 「あ、えと…、あの…――」 「うっ…、っく……」 「だ…旦那…――?」 肩に手を伸ばして触れると、幸村の背がびくりと震えた。 ――怯えさせた。 その事に愕然としてしまう。声を押し殺して泣く彼に、どうにも出来ない。佐助は直に彼から手を離すと、その手をぎゅっと握り締めた。 ――どうしよう…どうしたらいい…? 後悔と悔恨だけが胸に吹きすさぶ。 こんな時の正しい対処法なんて知らない。 「――――…ッ」 佐助は歯を食いしばると、持ってきたバスタオルを広げ、彼の背にかける。 「あ…――…」 「ごめん…ッ」 ――何やってんの、俺…… バスタオルをかけた時、幸村が微かに顔を起こした。だがその顔を直視擦る事なんて出来ない。後ろ手に風呂場の戸を閉め、ばたばたと自室に逃げ込む。そして戸に凭れ掛かると、その場にずるずると座り込んだ。瞼の裏には、厭だと涙を浮かべる彼しか浮かばない。 ――どうしよう…。 佐助はその場に頭を抱え込んで座り込むしかなかった。 翌朝、幸村は自室に篭って出てこなかった。部屋の前に行き、声をかけたが反応はなかった。部屋の前に盆に乗せた朝食を置いて、佐助は泣きそうな気持ちだった。 ――しくじった。 それしか考えられない。佐助は重く立ち込める気持ちのままに、とぼとぼと学校への道を歩き始めていった。そして、どうにかして彼に許してもらいたいと思った。 了 090705 青ざめる佐助が観たくて・学パロの断章です |