恋花火





 佐助が木々の中を掻い潜っていると、見慣れた姿が目に入った。彼はいつものように鍛錬に余念がない。

 ――今日も旦那はがんばってるねぇ。

 彼が幼少の砌より仕えてきている――真っ直ぐに育った姿を見て、思わず親心のようなものが湧いてきてしまう。佐助は手近な足場を得ると、その上にしゃがみ込んで彼の鍛錬する姿を見下ろした。

 ――ブンッ

 綺麗な弧を描いて棒が振り回される。そして触れていないのに、その波力で近くの木の葉がはらりと揺れた。
 揺れる葉と、そして彼の立ち回り――それを見ているとまるで優雅な舞を見ているような気がしてしまう。

 ――綺麗なもんだよねぇ…

 感心しながら見下ろしていると、再び彼が体勢を変えた。そしてそれに合わせて、背に流れる長い髪が、ゆらり、と流線型を描いた。

「あ」

 はらり、と髪が揺れて、そして近くの樹の枝に引っかかった。当然急に引っ張られたせいで幸村の身体も傾く。

「旦那…――ッ」

 あわてて樹の幹から飛び降りるのと、幸村が仰向けにその場に倒れるのが同時だった。











 座り込んだ幸村の背後で、佐助は複雑に絡んでしまった髪を、小枝から器用に取り外していく。

「忝い、佐助」
「いや…いいよ、気にしないで」
「まさか小枝に不覚を取ろうとは…」

 はあ、と溜息をつく幸村に、苦無をすかさず手に取り、くるり、と回す。

「ねぇ旦那、これ、ちょっと削ってもいい?」
「構わんよ。何なら、ばっさりと…――」
「それは嫌。最後にはお館様みたいにしたいとか言いそうだから」

 さり、と絡まりすぎて振りほどけない箇所を、丁寧に切り落とす。長さがあまり変わらないように気をつけながら、そっと外していった。それが終わると今度は櫛で梳き始める。

「あ」
「どうした?」
「旦那ぁ、髪がね、こう結ばれて玉結びになっているのって、何て言うか知ってる?」

 ひと房、手に取ったまま一本を幸村の目線にむけた。するとその一本が玉結びになって少しだけくの字に曲がっていた。

「絡んでいるだけではないのか?」
「誰かに思われて、気持ちを結ばれている、っていうの」

 さら、さら、と佐助は櫛で幸村の髪を整えながらいう。幸村がその一本を指先に挟んで見つめていると、旦那、と窺うように佐助が聞いてくる。

「佐助には、無いのか?」
「俺?俺様は短いからねぇ…探せばあったりして」

 ――さら、

 滑るような手の動きで長い髪を梳いていく。その手の動きが気持ちよい。いや、彼の手にこの髪が絡まって、振りほどけなくなってしまえばいい。そんな気持ちを抑えながら、幸村は背後の佐助を肩越しに振り返った。

「心当たりはないのか?」
「さぁ?旦那は?」

 小首を傾げて佐助が瞳を弓なりにさせて微笑んだ。

「――希望なら、ある。今こうして某の髪を梳いてくれている手が、某を愛しんでくれている手であればと」

 ぴた、と髪を梳く手が止まった。笑顔が真顔に変わる――幸村はそれを直視できずに、ふい、と佐助に背中を見せた。
 自分でも何を言ったのか――言ってしまったのか、と内心で焦りが沸き起こってくる。だがどうしても口が動くのを止められなかった。

「某、事こういう事には疎い。出来れば、相手から…」

 じわり、と背中に嫌な汗が湧いてくる。それと同時に、触れていた佐助の手が離れたのだろう――髪が、背にふわりと戻ってきた。そして幸村の両目を塞ぐように、後ろから彼の手が迫ってくる。

「自惚れちゃうよ?」
「――――…ッ」

 耳元に直に触れる佐助の声。目元に触れた手は、彼には珍しく汗ばんで、熱くなっていた。そして佐助は、こっち観ないで、と幸村の視界を塞ぐ。たぶん彼も焦っているのだろう。

「旦那、俺に想われたいって思っているって、受け取っていいの」
「どう取るかは、それは佐助の勝手だ」

 ――火を点けたの、旦那だからね。

 後ろから強く抱きしめてくる佐助の腕に、この胸に宿る炎が移ればいい。互いを焼き尽くす火種になっても、彼が欲しいと思った。佐助の腕に自身を預けながら、後はただ為すがままに身を任せていく。喘ぐ間に、目を閉じると、ぱちぱち、と視界の先に小さな火花が灯っていた。











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