三千世界の鴉を殺し





「なぁ、あんた、アレをどう思っているわけ?」
「どうって…そりゃ、主ですけどね」

 目の前で素振りを見せる幸村を眺めながら、縁側で政宗が問うた。それに軽く応えると、佐助は彼の方へと視線を流す。
 政宗は傷が癒えるのを待ちながら甲斐に身を寄せていた。肩に羽織を羽織っただけの姿で、背中を丸めて胡坐をかいている。

 ――ぶんッ。

 槍が一振りされ、幸村の肌から汗が散る――その光景がやけに健康的で、胸元がやけるような気がした。

「ふぅん…ただ主なだけか?」
「言っている意味がよく分からないんですけど」

 ――脳みそねぇのかよ、これくらい判れ。

 笑いながら告げる政宗の声には棘がある。そして、傍にあった湯飲みを手繰り寄せ、咽喉に流し込んだ。

「忍、お前、昨夜聞いていただろ?」
「――――…」

 ぴし、と空気が凍るような気がした。だが佐助は平静を装い、後ろ手で身体を支えると、肩越しに政宗を睨み付けた。だが政宗は構うことなく口元を吊り上げる。

「俺と、小十郎の、聞いてたろ?」
「さぁね…」
「気づかねぇ、俺たちじゃねぇよ」

 ははは、と楽しそうに笑う政宗は悪びれた風もない。それに対して苦虫を潰したい気がしてくる。口内がやたらと苦く感じた。

「悪趣味」
「覗くほうが悪い。だから聞かせてやった」
「それで、なんかお咎めしようっての?」
「いや…手前ぇ、何を考えたかと思ってよ」
「――…?」

 政宗がひたすら槍を振るう幸村を、顎で示す。幸村は自分たちの会話に気づくことなく、ただ鍛錬に励み続けているだけだ。

「アレ、欲しいんだろ?」
「――余計なお世話だよ」

 ぶん、と槍の音がする。
 空を切るその音に殴られたような気がしてしまう。自分の浅ましい思いを、そのままで断ち切って欲しいとさえ感じた。

「奪っちまえよ。欲しいもんは手に入れてしまえ」
「俺様はね、無理やりは趣味じゃないの」
「へぇ、忍のくせに」

 びく、と肩が揺れた。
 それに気づいて政宗は余計に「ほら見ろ」と厭な笑いを浮かべた。
 忍だとしても、それがどんなものだとしても、佐助にとって彼は別格だ――なんとしても守りたいと思うほどの、強い思いを向けている相手だ。

 ――触れずに、綺麗なままで。

 適わなくても、触れられなくても、それでも今の状態を守っていたい。いつか崩れ去る均衡だとしても。

「出来れば、穏やかに」
「甘いなぁ…」

 甘いんだよ、と政宗は続けた。
 この乱世、いつ果てるともしれない。一分一秒がかけがえないものだ。それでも、光の中の彼を思うだけでよかった。







朝寝を共にするのを願って欲しがっている佐助が書きたくて




Date:2009.06.19.Fri.01:34/090714