ひとかけらの日常




 しゅ、と勢い良く帯を解くと、衣擦れの音が響いた。それと同時に、手元から手甲を外し、足元の脚絆も解いていく。

 ――がしゃ、

 無造作に足元に装備している忍具を落としていくと、どんなにか重いものをもって自分が移動しているのかを思い知らされる。

「ああ、やっぱり軽いわ」

 こき、と首を動かしてみると、いつもよりも数段身体が軽い気がした。用意していた着物に袖を通し、軽くなった身体に何気なく鼻歌を歌いながら、それぞれの関節を解していく。

「さぁて、やりますかね」

 ぷらぷら、と手首を回しながら、足元にある忍具をひとつひとつ掴み取っていった。そしてその手入れを始めていった。






 口元に次に手入れをしようとしていたクナイを咥え、手元を動かしていると、ぴり、と空気が震えた。目線だけを動かしてみたが、気配が知ったものだったので警戒はしなかった。

「此処に居たか、佐助」
「ほいよ、お呼びですか」

 からり、と戸が開いて幸村が姿を現す。クナイを咥えたままで応えると、幸村はにこにことしながら傍まで来た――だが足元に広げたの忍具のせいで、間近にはこれない。

「今、片すからちょっと待って」
「いや…凄い数だな」
「うーん…標準的じゃない?――どうかした?」

 片付け始めた佐助の方を見て、幸村が大きく瞳を見開いていた。小首を傾げて聞き返すと、幸村は少しだけ俯いた。

「いや…額宛のない、普通の格好の佐助が」
「ああ、珍しい?」
「そうではなくて…」

 口ごもる幸村に首を傾げながら、傍にいって顔を覗き込むと、ちら、と視線をくべてきた。

「やたらと…かっこいいと言うか、様になっているというか」
「――…え?」
「わ、忘れてくれッ」

 わあ、と目元を引き絞った幸村に、思わず顔がにやけてしまった――いや、むしろ嬉しくて仕方ない。

「ありがとう、旦那」
「――忘れてくれ」
「忘れないよ」

 顔を背ける幸村の肩に、とんとん、と手を添えると、幸村は「ううう」と唸りながら口を尖らせた。
 あまり困らせるのもかわいそうなので、佐助は「そういえば何か用があったんじゃ?」と口羽をきった。
 すると幸村は表情を輝かせて、小布施の栗鹿の子を指し示してきた。

「一緒に食しようと思って」
「じゃあ、直ぐに茶をいれますね。旦那、寛いでて」

 菓子を手にはしゃぐ幸村に、少年を見つつも佐助は含み笑いを隠せない。しきりに肩を震わせながら、そっと茶の準備に取り掛かっていった。




 ――君が意識してくれた、それが嬉しくて。





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