爪と牙





 横抱きにして抱えてきた彼の身体を、胸と胸を付けるようにして抱きしめる。その合間に、自分のもっていた晒しを歯で引きちぎった。

「旦那、ちょっと痛いよ」
「解ってる」

 は、は、と細かい息を繰り返す幸村の肩には、一本の矢が刺さっていた。避けきれずに受けたものだ。彼の上着をクナイで引きちぎり、傷の場所を確かめる。抱きかかえながら、顎先を幸村の肩にかけ、手早く道具を用意した。

「覚悟、出来た?」
「ああ……」

 つ、とこめかみから汗が滴る。痛みから熱を発しているのだろう。肌の変色がないことから毒はないと窺えた。佐助は素肌の彼の背を撫で、優しく耳朶に囁く。

「なるべく綺麗に獲ってあげるから」
「任せたぞ、佐助」
「手、俺の腰に回して」

 幸村の腕が腰に回ると、後ろ手で彼の両手首を縛りつける。自分の腰を幹にして縛りつけるようなものだ。暴れられないように、手元が狂わないように、そうして固定する。

「しっかり、俺から離れないで」

 こくり、と幸村が頷くのがわかった。そして額を佐助の肩に押し当てる――服の上からでもわかるくらいに彼の身体は熱くなっていた。

「俺様の肩、噛み付いていて」
「だがそうしたら、千切ってしまうやも」

 心配そうに――痛みに耐えているのに――幸村が顔を上げる。それを宥めるように微笑んで、口を業と開かせた。

「そんなに柔じゃないよぅ、大丈夫。舌を噛まれるほうが怖い」
「――……」

 指先を幸村の口に差込み、そして自分の肩に噛み付かせると、佐助は傷を切り開きながら、慎重に矢を引き抜いていった。








 何度も幸村の歯に力がこもり、肩を締め付けていた。
 手当てを終えて眠る幸村の、長い髪を指先で玩びながら、佐助は噛まれたところを擦った。
 其処には彼の歯型がある――彼に傷を負わせてしまったことへの、罰のようにも思える。小さな鏡で映しこむと、既にそれは変色し痕をくっきりと残していた。

「このまま消えなければ良いのに」

 歯噛みしたくなるほどの後悔を感じ、佐助はその歯型の上を強く爪で掻き毟った。









Date:2009.06.08.Mon.21:43 /090614 up