Crazy crazy crazy





 いつもは服を着たままで、性急に済ませてしまうことも多い。それなのに、今日はゆっくりと時間をかけて触れ合った。
 抱きしめて、口付けて、触れて――その全てが緩やかで、細かくなる呼吸とは裏腹に体中が敏感になって仕方なかった。

「佐助…――」
「気持ちいい?」

 ――ぱら。

 額から汗を滴らせて佐助が微笑む。手を伸ばすとその手の平に唇を這わせて来る。彼を受け入れ、足を佐助の腰に絡めながらも両手を伸ばす。

「あ、ヤバい…――」
「ん…――ッ、あ…さ、佐助…――ッ」

 ――ゆさ、

 緩やかな動きで腰を動かされると、びくん、と幸村の腰も動いた。それと同時に幸村は瞑りたくなる瞳を押し上げた。すると目の前に佐助の顔が迫る。

 ――…………ッ

 瞼を閉じ、眉を引き絞り、汗を浮かべている彼の顔。その顔が、心地良さそうに吐息を吐き、咽喉を逸らす。

 ――あ…――達く。

 目にした光景が新鮮だった。夕陽を写したかのような彼の髪を指先に絡めながら、彼の表情にどくんどくんと胸が早鐘を打つ。それを見た途端に、かあ、と血が一気に下肢に集まり、急激な快感に溺れてしまうしかなかった。










 ――ごし。
「はい、おしまい」

 腹の上に出てしまった二人分の精液をふき取りながら、佐助がにこにこと満足げな笑顔を向けてくる。後始末くらい自分でもするのに、佐助は終えると動かしてくれない。時には鼻歌を歌いながら幸村の身体を清めてしまう。

「はぁ…――全力疾走したみたいだよ、旦那のココ」
「それは…そうだろうな」

 隣にごろんと仰向けになりながら、佐助は幸村の胸に手を当てた。そして幸村の鼓動を探るように掌を動かし、そのまま肩を引き寄せる。そうすると互いの身体がぴったりと合わさり、まだ熱を孕んだままであることが窺えた。触れてくる佐助の鼻も、頬も、何処も彼処も熱かった。

 ――珍しい。

 常日頃、忍としての性を捨てずにいる彼にとっては非常に珍しい。どんな心境の変化だろうかとも思う。だがそれ以上に、幸村の好奇心がむくむくと頭を擡げてきた。

 ――あんな、切なそうな、気持ち良さそうな顔…。

 事の最中の彼の表情を忘れられない。あの顔が頭から離れてくれない。胸が高鳴って仕方ない。どうしてあんなに気持ちが良さそうなのだろうか。

 ――知りたい。

 佐助が何か云い、幸村の頭を自分の腕に乗せても、上掛けを掛けられても目を瞑る気にはなれなかった。それよりも、どんどん目がさえていく。そうなると佐助も訝しくなり、幸村の上から見下ろすようにして覗き込んできた。

「どうしたの、眠れないの?旦那ァ」
「どんな感じなんだ?」
「へ?」

 身体を反転させて、うつ伏せて、頬杖を付く。そして幸村は横に視線を流して、一度は口篭った。だが、きゅ、と唇を引き結ぶと少し瞳を伏せて彼に聞いた。

「その……抱いている時、の…」
「気持ち良いよ」

 さら、と佐助は応えた――同時に褥の上に、ばふ、と背中を全て預けて仰向けになる。見上げてくる佐助の瞳が仄かな光を弾いて、翠色に光った。

「どんな風に?」
「んー…熱くて、融けそうで、蕩けさせられそうで、旦那も可愛くて。で、ちょっと酩酊感に似てる」
「――……」

 満足そうな笑顔で嬉しそうに佐助は答えた。彼の一言一言に、とくとく、と鼓動が柔らかく音を立ててくる。

 ――やっぱり、好きな人とだと良いねぇ。

 しみじみと云う佐助に幸村は思わず頬杖を崩した。佐助の隣に、ばふ、と顔を伏せると隣で彼が、くすくすと咽喉の奥で笑いながら付け足した。

「女の子とヤルより良いねぇ」
「――……ッ」

 ぴし、と先程までの幸福感にヒビが入る。幸村はころんと佐助に背中を向けた。

「旦那ぁ、どうしたの?」
「俺は…佐助が、その……は、初めてだから」
「あ……ッ」

 ――ごめん、ごめん。最後のは無し!

 失言をしたと気付いたのだろう。佐助が焦って起き上がる。そして「ごめん」と何度か繰り返した。「悪かったから、こっち向いて」と云う彼に、幸村はのそのそと仰向けになった。すると先程組み敷かれていた時と同じように、彼の顔が近く――見下ろしてきていた。

 ――あの顔、もっと見たい。

 きら、と灯りに反射する翠色を見つめ、幸村は口を尖らせた。

「佐助が、初めてだからそんなの知らない」
「だから、ごめんって」
「どんな感じなんだ?」

 ゆっくりと上半身を起こしながら訊くと、彼は一瞬思案したのか、瞳を瞬いた。だが直ぐに合点が言ったのか、なるほど、と唸る。
 そしてニヤリと口元を釣り上げたかと思うと、顎先に手を添えた。

「仕方ないねぇ…知りたくなったの?」

 素直に、こくり、と頷く。
 彼の顔を見て、そして経験を知って、自分には無いところも知って、それでも全て――佐助にそんな風に思わせたことを知りたいと感じた。だがそれには自分が誰かと関係を持たなくてはならない。

「でも、そんな風に思っても佐助以外となんて…」

 知りたくても知る術がない。幸村が半分諦めていた時、佐助が瞳さえ見えなくなるくらいに、にっこりと微笑んだ。

「嬉しいこと言ってくれるじゃない」

 そっと伸びてきた佐助の手に、幸村の顔が上げられる。瞳を覗き込んで、吸い寄せられるように唇を合わせる――そして離れる瞬間に彼は、うん、決めた、と頷いた。

「俺様が相手してあげる」
「え?」
「旦那の為なら一肌でも二肌でも脱ぐよぅ」
「――さ、佐助?」
「来て、旦那。教えてあげる。俺様達が、ね」
「え…――?」

 引き寄せられ、その胸元に顔を埋める。そして誘われるままに身体を預けると、佐助を褥の上に押し倒していた。










 佐助を押し倒してしまい――と言っても誘われたのだが、うろたえつつも動きを止めてしまうと、幸村の横から「旦那ぁ」と佐助の声がした。

「――…?」
「旦那、旦那、もっと肩の力抜いていいから」

 横から声援を送るのは佐助だった。そして今自分が組み敷いているのも佐助だ。幸村は横と真下を何度か見比べてから、真下に敷きこんだ佐助に訊く。

「なんで分身して……?」
「だって初めてでしょ?ちゃんと教えてあげるからさぁ」

 ――覚悟してよね。

 組み敷いている方の佐助と、横に胡坐を掻いて口元に手を添えて声援を送っている佐助の声が重なる。そして横にいる佐助は頬に手を添えて、少し意地悪く言った。

「まぁ、旦那にはちょっと刺激が強いかな?」
「――……?」

 ――ぐい。

 横の佐助に気をとられていると、組み敷いた佐助が胸を押してくる。そして半身を起こすと幸村の目の前で一度手を合わせた。

「ちょっと、待っててよ。準備するからさ」
「準備?」
「やだなァ、勝手に濡れないからさ。それなりに準備しないとね」
 ――濡れないから、解さないとね。

 身を起こす佐助に耳打ちされ、ボッと顔に火がつく。何を言えばいいのかも解らずに、あうあう、と口元を動かしていると背後から今度は佐助が肩を引いた。引かれるままに上半身を後ろに傾けると、上からは横にいた筈の佐助が覗き込んできた。

「その間、旦那はこっちね」
「え……?ええ…ッ?」
「俺の準備が出来るまでに、ちゃんと勃たせてあげるから」
「な…――ッ」

 ――する。

 手を幸村の胸元から腹にかけて伸ばしてくる。胡坐を掻いている佐助の腿に頭を乗せた体勢だ――そして彼の手がそのまま幸村の股間に伸びてくる。

 ――びく。

「あ、感じてる?さっきの余韻かなぁ」
「は…――、さ、すけ…――」
「いいよ、何度でも達かしてあげる」

 ――可愛いね、旦那。

 ゆるゆると手で陰茎を上下に擦る。そうすると腹に力を込めて幸村は腰を捻じった。じわりと先から濡れた感触が迫る。目を閉じそうになるのを必死で堪え、見上げていると佐助が眦を微かに朱に染めて、ぺろ、と舌なめずりをした。

 ――うわ、うわわわ。

 見上げている光景がやたらと淫らで、どうしようもない。自分がされている以上に彼の存在自体が幸村を揺さぶってくる。目を両手で覆いたい気になっていると、もう一人の佐助が場にそぐわぬ明るい声を出した。

「なぁ、媚薬使っていいかなァ」
「そうだねぇ、其処の袋に入ってるから」

 ふ、と幸村を抱えている方の佐助が顎先を上げて、もう一人の佐助のほうへと顔を向ける。それを息を乱しながら幸村は見つめた。二人の佐助が話している――しかもその会話はどうだろうかとすら思う。
 息を乱し、とろりと融けたような表情を見せる幸村に気付いたのか、佐助の脱いだ服の中から小さな蛤を取り出した佐助が眉をひそめて唇を尖らせた。

「ちょっと、程ほどにしておいてよ。俺だってシたいんだから」
「良いところは全部、そっちに獲られるんだから良いでしょうが」

 くく、と咽喉で笑いながら幸村を抱えた佐助が指先を動かす。陰茎の先、割れ目に指先をつき立て、ぐり、と弄った。

「ん…――ッ」

 ――びくっ。

 幸村の腰がひくひくと動く。だが果てることを赦さずに今度は手を離してくる。は、は、と呼吸を乱している間、額に汗を浮かべたまま佐助は「まだ、駄目」と微笑んだ。

 ――くちゅ、ぬ、くぬ…

「――…?」

 不意に濡れた音が響く。いつもは自分がされている時にする音だ。それだけでも耳を塞ぎたい程の羞恥が走るが、今それは自分に当てられているものではない。
 のそりと上半身を起こしてみると、佐助が膝をついている姿が目に入った。声を押し殺して、眉根を寄せている――唇を薄く開き、は、と小さく呼吸を吐き出している姿が、艶やかで艶かしい。

「あ…――わわ、なんと破廉恥な……ッ」
「はい、目、逸らさないでね。旦那」
「だだだだってッッ!」
「今から挿れる人が逃げ腰でどうするの」

 目の前にいる佐助に幸村が思わずしがみ付くと――というよりも、余りの恥ずかしさに居たたまれずに逃げようとしたのを止められたのだが、佐助はもう一人の佐助を手招いて呼ぶ。

 ――ちゅ。

「――――…ッ」

 目の前で幸村を挟んで、二人の佐助が唇を合わせる。それを間近で、しかも間で見上げてしまった。

「いい?」
「うん、こっちは大丈夫」

 唇を離しながら、二人の佐助が頬を染めている――その光景だけで卒倒しそうになってしまったが、彼らはお構いなく幸村に微笑んできた。










 佐助を見下ろして足を持ち上げる。その間に身体を滑り込ませて、彼の後孔に触れる。そうすると、ぴく、と微かに身体が揺れた。

「そこ、ゆっくり…――ゆっくり、埋めて」
「こうか…?」

 ――ぐ、ぐぐ、

 云われるままに腰を進める。それと同時に熱い粘膜に包まれていくのが解った。それだけで焼けるように身体が熱くなる。
 幸村の動きに合わせて、組み敷いた佐助は、ふ、ふ、と口で呼吸を繰り返した。

「辛く、ないのか……?」
「ん…大丈夫、旦那、上手いね」
「――…ッ」

 見上げる佐助が手を伸ばしてきて幸村の頬を撫でる。撫でてくる手が熱い。

 ――融けそうだ。

 このまま二人で何処までも融けてしまいそうな感じがする。触れているところから、二人の境がなくなってしまいそうだった。気付けば幸村は動くままに腰を動かし、佐助の足を持ち上げていく。

「あ、そ……ぅん、ゆっくり…上、突いて」
「上?」

 くの字になるように身体を折り曲げ、佐助が瞳を閉じる。触れ合うくらいに近い鼻先――睫毛に、つ、と小さな涙の粒が光っていた。その涙に見惚れていると、横から佐助の声が耳朶に吹きかかる。隣で二人の様子を見ている佐助が身を乗り出してきた。

「俺が、いつもやっているみたいに、してやって」
「佐助、急に…――」

 耳朶に甘い声が響く。かすれた声を融けそうな身体が、どうしようもない。視界が霞みかかってきそうで、幸村は両腕を組み敷いた佐助の頭の横に付くと、背中を大きく上下に動かして息を繰り返した。

 ――どうしよう、気持ちよくて、何も考えられない。

 動くのをやめた幸村の下から、誘うように彼が、ゆさ、と腰を動かす。その刺激で瞳を上げると、頤から汗が伝い落ちていった。

「俺が、動いても良いんだけど……やっぱり、シしたいでしょ?」
「――くち、」
「口?」
「口付けたい」

 かすれる声で言うと、下の佐助が嬉しそうに微笑んで上体を起こした。そして幸村の唇を貪るように絡めていく。

 ――くちゅ、ちゅ、

 絡まる舌が上あごを擽る。引っ込めて逃げようとする舌先を佐助の舌が追いついてくる。

 ――びく、びく、

 背中に戦慄が走り、幸村が顎を仰け反らせたと同時に、組み敷いていた方の佐助が強く幸村の首を引き寄せた。気付けば此方も肩を震わせている。

「ヤバイ、出そう…」
「そ、某も…――」

  視界が微かに白む――強い波が訪れて、息が止まりそうになる。ぐ、と二人で身体を硬くした瞬間、不意に場を割くような佐助の声が響いた。

「あーッ、もうッ!旦那、ごめん」
「え……――?」

 ――ぐ、

 背中に温かい感触が触れる。それが佐助の胸だと気付くよりも早く、強い力で腰を引かれ後孔を開くように臀部に彼の手が添えられる。そして身じろぐ間も無く、後ろから貫かれた。

「――っひ」
「俺も我慢できない……ッ」

 擦れた佐助の声が耳朶を擽る。そして肩に佐助の重みを感じた。それと同時に抜き挿しされる。

 ――ぐちゅ、ぐち、

「あ、あ、さ……さす――…ッ」
「前と、後ろ、両方で達って」
「や、あああああ…――ッッ」
「旦那…――ッ」

 耳孔に、ぬる、と背後の佐助の舌が差し込まれる。どちらの佐助の声なのかもう何もかも解らない。熱い身体と手が、幸村の肌を蹂躙していくだけだ。強い快楽の中で幸村は意識を手放していった。










 枕に頭を埋めて、うつ伏せたまま横目で佐助を睨む。佐助は居心地悪そうに頬を掻き、視線を彷徨わせた。

「えーと……」
「――――…」
「大丈夫?」

 ぽつ、と云ったのはそれだけだ。幸村は身体を動かせずにうつ伏せ、彼を睨んだ。大丈夫なはずは無い。

「それを佐助が言うか」
「ごめんなさい」
「――……」

 ぺこ、と佐助が頭を下げる。出来心でした、と殊勝に謝ってくる。だが幸村にしても最初は彼の感じている顔が見たい、どんな気持ちなのか知りたい、という好奇心からのことだから、強く非難は出来ない。

 ――もともと某が招いたことだ。

 だがまさかあんな無体なことをされるとは思わなかった。

「ごめん、ホントに」

 しゅん、と小さくなる佐助も憐れになる。どうにかして自分を悦ばせたいと思っての出来事でもある――そこは大目に見てやろうとも思う。それに言いたくはないが、こんなに興奮したのも初めてだった。
 幸村は、ぷい、と佐助から顔を背ける。それだけで佐助の鳴き声が聞こえた。だが構わずに、ぼそ、と呟いた。

「――…かった」
「え?」
「気持ち、良かった…」

 ぎしぎしと軋む身体を圧して、幸村は身体を起こす。そして正座をして畏まっている佐助の方へと身体を引き寄せると、彼の鎖骨の上に噛み付いた。

 ――がぶ。

 そしてそのまま、強く吸い付く。

「い…っ」

 強く吸い付いたせいで痛んだのだろう。珍しく佐助が声を上げた。それに満足して幸村は顔を挙げ、両腕を彼の首に回した。

「たまには抱かせてもらおうかな」
「えっ?」

 撓り出す背中を引き寄せ、幸村を抱き寄せたまま、佐助は冷や汗を掻いた。それを見ながら幸村は満足そうにほくそ笑んでいった。












090608 しのさんが佐幸佐読みたいっていうので。