Smile again ――怒らせてしまった。 何気なく話している最中に、幸村は急にだんまりを決め込み始めた。こうなると先が長くなってしまう――頑固な彼らしいといえばそうかもしれないが、ただ笑って過ごせるはずもない。 ――理由が解らない。 何故、幸村が怒ったのか解らない。しかし何とか仏頂面を打開してしまいたかった。佐助はぱたぱたと小走りになりながら、急いで茶菓子を盆に載せてくる。だが部屋の上座に座った幸村はそこに正座して――じっと佐助の方を見ている。 「旦那ぁ、ほら団子!今日のお茶菓子はお団子ですよ」 ふい、と幸村の瞳が伏せられた。それを間近で覗き込むと、軽いノリで佐助は言った。 「あれ?駄目?――うーん、やっぱり饅頭の方が良かった?」 返答はない。それでも佐助はあの手、この手と色々と話題を振ってみた。 「ねぇ、旦那。これから出かけない?」 から、と戸を開け放つ――しかし背後の幸村は瞳を伏せてだんまりだ。 「お館様の邸にでも茶菓子もってさぁ、行きません?」 「――――…」 すう、すう、と規則正しい呼吸しか聞こえない。佐助が幸村の傍に近づいても、ぴくりとも反応しなかった。 「お手上げ」 佐助は身を屈めてしゃがみこむと、幸村の前に迫る。 「本当に旦那って昔から頑固だよね」 ぱち、と幸村の瞳が開く――だが再び、瞼は伏せられてしまう。目の前に居て、触れられる距離にいるのに、こうも相手にされないと情けなくなってくる。佐助はぽりぽりと頭を掻くと、よいしょ、とその場に膝をついた。 「もう許してよ?」 そっと手を伸ばしながら囁く。膝たちのままで顔を近づける。 「ね?」 呼吸が触れるほど近くに来て、ちょん、と唇に触れた。それと同時に、ぱち、と幸村の瞳が驚きに開かれた。 「許して、旦那」 「――――ッ」 口をぱくりと開けて、徐々に紅くなる幸村の二の句を塞ぐように、佐助は更に唇を重ねる。そして両手で頬を包み込むと、上唇、下唇と啄ばみ、深く重ねていく。 「さ…――すけ…――ッ」 「ごめんね、旦那。ねぇ、笑って」 「あ……――」 言葉を紡ぎ始めようとする幸村の言葉を、次々に奪い去る。既に幸村の表情には怒りはない。それに気付きながらも彼の頭を掻き抱いていった。 ――なんで怒っていたの? 膝にくったりとした幸村の頭を乗せ、ゆるゆると髪を撫でながら訊くと、幸村は一度唇をきゅっと引き絞ってから言った。 「捨てていけと、佐助が言ったからだ」 「ああ、戦場で…もし俺がって話?」 膝に頭を乗せる幸村は、だるそうに指先を伸ばして佐助の顎先に触れる。その手を掴んで、掌に口づけると「ん」と甘い吐息が漏れた。 「――…捨て置けるはずない」 「旦那…――」 ころり、と身体を仰向かせて、佐助の膝枕に後頭部を預ける。幸村は右の手で目元を押さえた――そうされると表情を読みにくい。 「甘かろうが、無様だと言われ様が、某には出来ない」 「――――…」 両腕で顔を覆う幸村を見下ろしながら、佐助は苦笑するしかなかった。 「御主が好きだ、佐助」 「うん、ありがとう」 呟いた幸村の両腕を振り解き、覆いかぶさるように口づける。そして「笑って」と微笑みかけると、幸村はぎこちなく微笑んでくれた。 ――でも、もしもの時は捨てて行って。貴方の足手纏いにだけはなりたくない。 言いかけた言葉は飲み込んでしまうしかない。 闇に生きる定めの自分と、主たる彼――いつかの日がこないことを祈るだけだった。 090522/090601 |