君が笑ってくれるのなら






 忍なんて何処で野たれ死ぬか解らない。
 修行なんてものは酷いもので、生き残ることだけに執着した。その執着が今の自分を生かしている原動力であろうと感じていた。

 ――でも。

 ただ生き残ることだけが、この身体を突き動かすのではないと、貴方に出会って知った。
 泣き顔を何度も見た。
 幼い顔で、大声で生を叫ぶように泣いていた。
 今までなら、仕事なら、討ち捨てられた感情が、捨てられなくなった。

 ――貴方の、綺麗な瞳を見てしまったから。

 あの時の涙に濡れた瞳を――それから前を向いて進む姿を、いつでも追い求めて、そして守っていきたいと思っていた。

 ――でも。

 所詮は忍。
 どこで討ち果てるか解らない。
 潜入している先、暗殺の途中、諜報の果て――更には戦場。

 ――ああ、貴方が遠い。

 片耳がやられたのか、聴こえずらい。
 身体が動かない。

「――――…ッ」

 自分がどうしたのかすら、あまりよく覚えていない。
 ただ、遠くまで聞こえるこの怒声が、戦場の空気であることは、肌でびりびりと感じていた。

「――――…すけッ」

 ぐわんぐわん、と鼓膜が震える。その中で、符号のように叫んでいる声が聴こえた。

 ――この声は知っている。

「――――佐助、佐助ッ」
「だ…んな?」

 ぱち、と目が開いた。
 目の前に屈みこんでいる幸村の顔がある。そして、ぽたぽたと頬に雫が落ちてくる。

「佐助、気付いたか、佐助ッ!」
「ああ、だんな……無事、だった、んだ?」

 手を伸ばして、ぐぅ、と咽喉の奥から鉄錆に塗れた味が広がった。
 持ち上げた自分の手が、やたらと赤い――それを視界の端に収めていると、幸村が上半身を折って、覆いかぶさってくる。

「喋るな、佐助!今すぐ…」

 幸村の背中がかたかたと震えている。
 そして自分の擦れそうな呼吸を感じた――手足も鉛のようだ。この状態が示す意味がなんであるのか、それをよく知っていた。
 佐助はゆっくりと手を伸ばして、俯いて震えている幸村の頬に手を添えた。そして顔を起こさせる。

「佐助?」

 幸村の顔は涙で濡れていた。それを目にした途端に、生への執着が濃くなった気がした。何処が痛いのかなんて解らない。小さく口の中で素早く印を組む――止血くらいは出来る筈だ。
 目の前の幸村が、かたかたと振るえ、そして眉根を寄せている。その表情をさせてしまったのが自分なのが口惜しかった。

「ねぇ、笑って旦那」
「――――…ッッ」
「目が、見えなくなる前に」
「――――ッ」

 ぐ、と幸村が咽喉を詰まらせる。そして覆いかぶさってくる彼の顔を、わざと起こさせて見上げた。

「笑って、旦那」
「さ…すけ?」
「笑ってよ、幸村…さま」

 言葉を紡ぐのが辛い。でも今、彼の笑顔が見たかった。

 ――涙の後の笑顔を。

 それを見られるのなら、何処までも着いて行くから。
 貴方の笑顔の為に、俺は生きてきた。
 伸ばした掌に、熱い彼の――生に溢れた熱を感じた。












090521/090601 死んでませんよ、重症なだけ。