虹 手を伸ばしてみる。 木漏れ日の陰りが、時々虹色に輝いて見えた。それをじっと見つめてから、伸ばした手の先――指の先にいる姿を捉える。 視線の先には、熱くぶつかり合っている二人がいる。 「あいも変わらず、暑苦しいねぇ…」 口に出しながらも、視線の先では「幸村ぁぁぁ!」「お屋形様ぁぁぁ!」といつもの応酬を繰り広げている。 さわさわ、と頭上では木の葉がさえずる。 ――触りたいなぁ。 腰元にゆれるあの髪先に。 くっきりと筋肉の浮き上がる、あの肌に。 柔らかそうな、耳に。 ――触りたい。 頬、鼻先、そしてあの強い眼差しをもつ瞳に。 「触りてぇなぁ……」 木の幹に膝を寄せて座ると、膝の上に腕を引っ掛ける。狙いを定めるかのように、腕を指針にして先を見る――見つめる先には彼しかいない。 「旦那ぁ……触らせてくれないかなぁ」 傍にいないのに、問いかけるように一人ごちる。 さわさわ、と葉擦れの音に独り言さえも紛れ込まれていく。緑の香りに瞼を閉じると、今度は肌に初夏の風が吹きつけてくる。 ――この暑い風が、彼の吐息ならいいのに。 そんな事を思ってみて、ぱちりと瞳を上げた。 「ああ、厭だねぇ。俺様ってこんなに女々しかったっけ?」 自分の発想に身体が火照りそうになる。佐助はくしゃくしゃと自分の髪をかき混ぜた。 「佐助――ッ」 「――……ッ?」 不意に幸村の声が聴こえた。眼下に視線を投げると、黒目がちの瞳をきらきらとさせながら、幸村が見上げてきている。 「旦那……」 「佐助、あっちの山の方を見てみるでござるよ」 「――……?」 言われるままに、幸村の指差す方向を見る。すると其処には、くっきりと七色の帯が出来ていた。 「虹が出ているでござるよ」 「本当だ……」 「綺麗でござるなぁ」 楽しそうに、嬉しそうにはしゃぐ幸村に、思わず面食らう。それよりも彼の姿が、木漏れ日の中から原色に浮き上がるように見えた。 鮮やかな七色。 眩しく美しい色。 傍にあるかのようなのに、触れることも叶わない――虹。 それはまるで闇に潜む自分から見た、幸村そのもののように思えた。 「俺には旦那の方が虹みたいだよ」 「何か言ったか?」 「いいぇ。な〜んにも」 ぼそりと呟いた声に、小首を傾げながら幸村が問う。それに首を振りながら応えつつ、彼の傍に行くために身体を木の幹から滑らせていった。 Date:2009.05.08.Fri.21:28 |