どうでも良かったのに





 今まで傍に居すぎて良く解らなかった。

「旦那、此れ、痛む?」

 珍しくも馬から落ちた。それでも直ぐに受身を取ったおかげで軽症で済んだ――擦り剥いた程度の傷だが、それよりも捻って熱感を持っている足首が痛い。
 靴を脱がされ、近くにあった木に腰掛けながら、様子を窺う佐助を見下ろしていく。痛みはある――だが、心配させたくなかった。それに此れしきのことで、と己を詰る部分もあった。だから虚勢を張った。

「厭、なんともござらんよ」
「あはは、俺に敬語なんて止めて、止めて」
「でも…某はこういう話し方しか」

 いきなり笑い出す佐助に困り果てて眉根を寄せる。だが次の瞬間、ゆっくりと見上げてきた佐助の表情に言葉を飲み込んだ。

「俺なんかに…止めて」

 辺りが凍りそうな冷たい目だった。でも何処か孤独そうで、観ていられない。ただ名前を呼びかけることしかできなかった。

「佐助」
「旦那にはね、もっと詰られた方がいいんだ」
「――…?」

 足首を触る手つきが変わる。足首から脛へと伸びてきて、その手が膝に乗る。そして膝を着いている姿勢の佐助が伸び上がってくる。

「だって、俺、凄く浅ましいよ?」
「――…」

 ――ごくり。

 咽喉が鳴る――伸び上がってきた佐助は、少しでも身を屈めればこの懐に収める事が出来そうなくらいに近かった。
 だが、手を伸ばすことは出来なかった。
 今まで傍に居て、総てを知っていると思っていたが、そんなのはただの一部に過ぎないと知った。

 ――こんな佐助は知らない。

 自分に対して威圧感さえも――いや、何処までも切なく見つめてくる彼の真意が解らない。

「欲しいから、傷つけたくなるし」

 ぐ、と膝に置かれた手に力が篭る。
 其れと同時に、額に、ふわりと触れられた。まるで寝る子をあやすような、柔らかい口付けが額に注がれた。

「――――?」
「ね?――俺なんかに優しくしないで」

 驚いて額に手を添えると、泣き出しそうなくらいに貌をゆがめた佐助が、再び同じように膝を着いた。そして足に湿布を貼りこんでいく。

「佐助」

 気付いたら、彼に呼びかけていた。そして貌を再び起こす佐助に、思い切り拳を振り上げた。

 ――ゴッ。

 鈍い音が響く。頭上で鳥がばさばさと羽音を閃かせていった。

「いつまでも子ども扱いなんて厭でござるよ」

 口元に笑みを乗せて、撲ったままの拳を振り上げる。すると佐助は「いいの?」とだけ力なく聞いてきた。









2007/05/24(Thu)