Candy baby





 最初は大工とか、鳶職とか、手に職をつける仕事に憧れていた。
 だが結局、生きやすいように大学を出て、資格をいかして、と面白気もない道を歩み始めていた。そんな時、ふと此れで良いのかと疑問に感じた。
 そして幼い時分から世話になっていた棟梁に会いに行った。

 ――なあ、俺、どうしたらいいと思う?

 目の前の白髪の――それでいて、年齢を感じさせない体格をした棟梁・島津は元親の形を上から下まで眺めてから、元親が手土産に持ってきた酒を片手に、シンプルに言った。

 ――辞めちまえ。

 理由も何も教えてくれない。
 だが彼のその一言が頭に廻った。確かに期待通りの仕事ではない。それは仕方ないし、この世にどれだけの人間が意に沿う仕事に就けるというのか。
 着慣れないスーツ、型にはめられる毎日、忙殺されて気付けば、心はすっからかんになっている。そんな現状を繰り返していて良いのだろうか。

 ――らしくねぇ。俺はこんな小さい男じゃなかった筈だ。

 鏡に映った自分の――瞼の下の隈を見つめて、元親は歯噛みした。そしてその瞬間、彼はそのまま上着を肩に引っ掛けると、ずかずかと上司の前に進み出て辞表を叩き付けた。

 ――辞めます、世話になりました。

 五月晴れの終わる頃だった。二年と少し働いた職場をあっさりと辞めた。だがそれから程なく、営業で付き合いのあった竹中半兵衛に今の職場に誘われた。










「片倉さん、やっぱり切花ですよ。これなんてどう?」
「莫迦野郎、そりゃ仏花だ」

 病院前の花屋で菊を手にして言ったら上司の片倉小十郎に突っ込まれた。元親は、ちぇ、と業と口に出して花を元に戻しにいく。
 元親はシャツのボタンを少し外して空気を入れながら、店内を見て回った。花なんてしっかりと見たことなんて無かった。とりあえず、あればいいくらいにしか思っていなかった。だが今の職業についたら、そうも言っていられないし、実際目の前に物があれば興味を引かれる。

 ――俺、こういう自分の知らない世界ってのに弱いんだよな。

 胸内でそう呟きながら元親は辺りを見て回った。知らない世界が、どんな掘り出し物があるか解らない。予想できない出来事があるかと思うと嬉しくて堪らないのだ。
 その点では今の仕事は飽きることが無くて良い。元親は興味のそそられるままに店内を歩いていく。

「長曾我部主任、いい加減遊んでないで…」

 後輩の猿飛佐助の声が響き、自分を呼び止めている。だが元親は構わずに店内の鉢や、花を見て回った。
 するとレジの横にある緑の葉が目に入った。

 ――うん?

 きら、と葉が光る。その葉が薄い黄緑色をしていて、根元の濃い緑とあいまって、きらきらと二層の輝きを持っていた。

「お…これ、いいな」

 元親は呟きながら店主に声をかけた。すると店主は――意外と若く、自分達と同年代と見受けられる――手元のブーケを包む作業を少しだけ止めて顔を起こした。

「鉢植えか…この店、結構鉢植え多いんですね」
「ええ、俺の趣味みたいなもので」
「へぇ…これ、綺麗な葉ですね」

 ――ふわ。

 元親の手が伸び、葉に触れた。指先にひやりとした冷たい感触が落ちる。だが意外と葉は硬く、表面がつるつるとしていた。店主――慶次が元親の様子を見ながら残念そうに言った。

「それ、もう花期終わってしまって。咲くのは来年なんです」
「へぇ…でも、綺麗だ」

 指先で色の浅い、新しい葉を撫でる。その手が艶やかな緑の葉に触れる。小さな葉は、さもすれば取れてしまいそうで、元親は優しくなでていった。

「そういえば竹中さんとこって花瓶あるのかな?」
「買っていけよ」

 佐助の呟きに横から突っ込む。すると慶次は「たぶんありますよ」と教えてくれた。

「でもよ、病院の花瓶って素っ気ないじゃねぇか。どうせなら、花瓶だって選びたいぜ?良いのが無いなら俺、作るし」
「だから元親さん、あんたは何でそう器用なんですか。つか、何で作るって発想になるの?」
「面白そうだからに決まってんじゃねぇか」

 あっさりと元親が応えると佐助が溜息を付く。遣り取りを見ながら慶次は肩を震わせて笑っていた。そして佐助に花束を渡す。いくぞ、と促がされ元親は屈みこんでいた身体を伸ばす。
 ふんわり、と手が触れていた葉から離れていく。

 ――………。

 ふと背後から呼ばれたような気がして、元親は肩越しに一瞬振り返った。

「――――…?」

 しかし背後には花屋があるだけで元親を呼ぶような者はいない。元親は少しだけ首を傾げると彼らと並んで歩き出していった。










 元親が久しぶりに営業としても外に出て、再び帰社するとロビーから見える休憩所にPCを持ち込んで頭を抱えている佐助を見つけた。

「何悩んでんだ?若僧」
「若僧って、そんなに歳離れてないじゃないですか」

 佐助は元親の姿を見上げながら、はぁ、と溜息を再びついた。それに、あっそ、と軽く応えながらも自販機で冷たい飲み物を買う。

「で、何悩んでんだ?」
「これ。この展示会の。配置が…どうしてもスペース余るか、足りないか…全部入れるとぎゅうぎゅうで」
「でも余裕こきながら全部入れたいんだろ?」

 こく、と佐助が頷く。見ると彼は図面を見ながら眉間に皺をよせて、うんうん、と唸っていた。

「――――…」

 元親はその様子を眺めていたが、かたん、と椅子を持ち上げて佐助の横に行くと、片手をキーボードに向けた。

「元親さ…――」
「ちょっと待ってみ」

 ――かたかたかた…

 キーとマウスを動かして元親が横から手を入れる。

「あッ!」
「はい、これでどうだ?」

 佐助の感嘆に合わせて元親は両手をぱっと離す。すると佐助は図面と元親を交互に見てから、うわぁ、ともう一度感動的なまでに感嘆の声を上げる。

「さっすがぁ、助かったぁ!」
「それじゃ昼飯な」

 くい、と元親が親指を立てる。一瞬喜び勇んでいた佐助の表情が見る見るうちに青くなった。

「え、ええええええ?」
「向かいの店のカルボナーラ、食いたいんだよなぁ」
「…薄給の俺様にそれ強請るの?」
「誰が何だって?」
「鬼!主任の鬼!」

 PCをぱたんと閉じながら佐助がその上に両手を添える。元親は耳に両手で蓋をして聞かないふりをしていく。

「おい、お前ら」
「あ、片倉さん、どうかしたんですか?」

 エレベーターから出てきた小十郎が、鬼気迫る顔で声を荒げた。それに気付いて佐助がそっと逃げようとするのを、元親が彼のパーカーを掴んで押し留める。

「飯、行くぞッ」
「はーい、はいはい。猿飛、お前もね」
「いーやーだーぁぁぁ!」

 たぶん何か会議で腹立たしいことでもあったのだろう。小十郎の勢いに逆らえる筈もない。元親は腰を上げながら佐助を引っ張って彼の後に続いていった。










 昼時の小十郎の機嫌の悪さは、やはり仕事絡みのことだった。結局は営業の――現在入院中の竹中半兵衛に一任しているものだから、彼に話を通してもらうしかない。
 そんなこんなで何度も病院に足を運ぶことになってしまっていた。
 病室でも機嫌悪く小十郎はいきまいていたが、それを押し流す竹中がいる。その二人を眺めながら元親は静かに話を聴いていた。
 打ち合わせが終わってから、病室からの廊下を歩きながら佐助が笑顔になる。

「来週からまた忙しくなるってのに、お前元気だな」
「それはそれ、これはこれ。今から花屋さんに行くんで」
「ああ、其処の?結局あれ買うの」
「勿論。元親主任も気になるのがあるんでしょ?」

 少しだけ身を屈めて佐助が覗き込んでくる。確かに脳裏に小さな葉をつけた鉢植えが浮かんだ。

 ――あの小さな鉢、緑色の薄い葉。

 緑の葉が濃く、薄く、きらきらと光を弾いて光っていた。その木が何の木なのかは元親には解らない。
 慶次は花が終わったと言っていた――ならば、花の咲く樹なのだろう。

 ――俺の今の部屋、白だらけだよなぁ。

 何か彩があった方が落ち着くような気がする。それは知識とか、自分の今までの経験からの意味合いではなく、心の底からそう思った。

 ――俺、楽しんでいるつもりでも、ここでも少し、疲れて来てんのかな。

 ふ、と口から業と息を吐いてみる。すると肩から、すっと力が抜けていくようだった。

「庭木よりも、家の中に緑があった方が、リラクゼーション効果あるのか?」
「――何を唐突に。知りませんね、そんなの」

 ――勘に従うのも手だよ。

 ふふ、と佐助が訳知り顔で言う。
 彼のそんな仕種に、ち、と舌打ちをすると、元親は後に続いて花屋へと足を踏み込んでいった。

「すみませーん、あの…」
「あ、はいはい、猿飛さん。用意出来てますよ」

 一通り説明やら終えてから、佐助が鉢の入った袋を大事そうに抱える。その背後から、ひょい、と顔を覗かせた。

「あ、佐助、お前結局それ買うのか」
「主任にはあげませんよ」
「いらねぇよ、俺は」

 彼は鼻で笑い飛ばす。すると佐助はムッとしたのか、彼を冷ややかに見上げた。

「元親主任も何か買えばいいじゃないですか」
「何そのとって付けた感ッ!やだねぇ…」
「人のものを物欲しそうにしているからでしょ」

 手をぱたぱたと動かしながら佐助の皮肉を回避し、そのまま彼の頭の上に手をぽんとおく。そして元親は、佐助のオレンジにも見える明るい髪を、ぐわしゃ、と撫で回した。佐助は、ぎゃあ、と飛びのく。その反応に元親は満足したのか、シシシ、と歯を見せて子どものように笑った。

「あっははは、ざまぁみろッ。まぁ…俺はさ、これ…――ずっと狙ってんだけど」
「え…――?」

 元親がレジの横にある鉢を指差す。そして身を屈めて鉢を見つめる。

「可愛くねぇ?これ。小さな緑の葉っぱに、新しい黄緑の葉っぱがキラキラしててさ。俺の部屋に合うと思うんだよなぁ」
「――そういえば主任の部屋って、白だらけ…合いますね」
「だろう?」

 佐助が鉢の入った袋を抱えながら、顎先に手を置いて唸る。意見の一致をみたのか、元親が嬉しそうに佐助を――しゃがんだまま――振り仰いだ。二人でにこにこしていると、ふい、と佐助が溜息をついた。

「っていうか、良い年した男が花だの何だの言っているって、どうよ…?」
「お花ちゃん抱えたお前に言われたくねぇよ。ま、職業柄仕方ねぇよ」

 ――職業病なんだよ。

 ハハハ、と軽く笑う元親は、レジ台に両手を乗せてしがみ付いては、鉢と見詰め合っていく。

「あの〜、皆さん、どんなお仕事を?」

 確かに佐助の言葉はそうだ――慶次は好奇心を擽られて、彼らの間に割って入った。すると佐助が、にこ、と笑いながら説明していく。

「ああ、インテリア関係なんですよ。色々部署があるんですけどね」

 佐助の言葉を引き継いで元親も説明する。

「俺は主に企画なんだけど、去年までデザインとか現場とかも。で、こいつがデザイン、そんであっちの顰めッ面しているのが部長」
「へぇ〜」

 顎先で入り口に寄りかかっている男を指し示す。小十郎は慶次が視線を投げると、ぺこ、と会釈してみせた。慶次に佐助が説明してから、遅れまして、と名刺を渡していく。慶次は慣れない手つきで名刺を受け取ると、改めて元親に問うてきた。

「それで、どうします?これ…ご購入されます?」
「んー…明日にします。今日、俺電車で来てて。満員電車でこれの葉っぱ落とすのは避けたいんで。明日車で来ますよ」

 元親はそう言うと立ち上がった。そして「予約にしておいてください」と慶次に頼んできた。

「長曾我部」

 不意に元親の肩を入り口に居た小十郎が掴む。その手に元親が、なんです、と振り返った。小十郎の手には携帯をパタンと閉じたところだった。

「今日買っていけば良いだろう?俺が送ってやる」
「マジで?」
「猿飛、お前もな。直帰連絡、入れておいたから」
「おおおおおおッ!やるねぇ、片倉の旦那ぁ!」

 二人にそう言うと、佐助も元親も嬉しそうに、ありがとうございます、と繰り返していた。そのうち、あざーす、と佐助が言い募ると小十郎は彼の頭を、ぐしゃぐしゃ、と掻き混ぜた。
 そうこうしている間に慶次が元親の前に、一鉢の小さな緑を持つ鉢植えを差し出した。中に説明入れておきました、という彼にじんわりと胸が温かくなる。

「あんた、いい花屋だな」
「そう…かな?俺、これでもお花大好きなんで。その子、大事にしてやってくださいね」
「ああ、そうさせて貰う」

 慶次から袋を受け取る。片手で取っ手を持って、思わず抱え込むように両手で持ってしまった。中を見ると、薄緑と濃い緑の葉をつけた鉢がちょこんと入っていた。
 白い袋に包まれて入っているその姿に、やっぱり俺の家に合いそう、と脳裏で想像していく。すると慶次が付け足すように言った。

「結構、気位高いから」
「――?うん?」
「あ、今のは気にしないで」

 はたはた、と慶次が笑いながら誤魔化していく。深く後を聞くこともせずに、そうか、と聞くと彼は大きく頷いていった。










 一人暮らしには広すぎる一軒家の前で、元親は小十郎と佐助の乗った車に手を振った。
 たぶん今頃車中では、佐助が「どんだけ金かけてんの?」とか言っているに違いない。

 ――ま、確かにそうだよな。

 家の玄関の前で自宅を見上げる。元親はポケットから鍵を取り出して、鼻歌を歌いながら開けていく。そして中に入るとリビングへと向かった。
 手にしていた袋はとりあえずリビングのテーブルの上に置く。そしてそのまま隣の和室に向かうと着替えてしまう。
 ばさばさとシャツを脱ぎ払うと、一日が終わった気がする。ふぅ、と溜息を付きながら最近の気に入りである甚平に着替えるとリビングへと向かった。
 二階にも部屋は勿論ある。それも三部屋近くあるのに使っているのは一部屋だけだ。それも寝室にしているだけだ。だがそれも夏の暑い時分には布団だけを持って、下で寝ていることもある。
 この家は前の職での貯金で建ってしまった――因みに昔なじみと云うこともあり、島津の棟梁に建ててもらった家だった。設計図も自分で書いた。
 言ってみれば元親の道楽そのものだった。
 元親は冷蔵庫からビールの缶を取り出して、プルタブを開けながら椅子に、がたん、と腰掛けた。

「あ〜、やっぱ仕事終わった後は此れだよな」

 ぶは、と一気に咽喉にビールを流し込む。そして目の前の白い袋を手にすると、中から鉢を取り出した。
 元親の手に乗ってしまうその鉢の樹は、30pも無いくらいだった。それが白い丸テーブルの上に――元親の右側に、ちょこん、と置くと薄いグレーの影をテーブルに落としていく。

「うん…いいな、これ」

 ――つん。

 指先で鉢の葉を突く。すると、ぷる、と葉が抵抗して揺れた。その動きがやたらと可愛く思えた。

「でもあんまり触ると、葉っぱ、落ちちまうか」

 一人遊びになってきていたが、元親がそう一人ごちる。
 テレビのリモコンに手を伸ばして、とりあえずチャンネルを選ぶ。そして映画の入っているところで止め、元親は再びビールを空けた。













 ――風邪を、引くぞ。

「うん?」

 肩に手が添えられる。ゆさ、と軽く揺すられ元親はぼんやりと瞼を上げた。すると既に深夜番組に切り変わった画面が目に入る。両手を枕にしていたのを解いて、元親はリモコンを手繰り寄せようと手を動かした。
 あのまま眠ってしまっていたらしい。どんよりとした頭がそれだけは判断した。

 ――かこん。

 腕を動かした瞬間、ビールの缶が転がった。少しだけ残っていた金色の液体が、テーブルに零れた。

「やべ…――、あぁ、もう眠ぃ」

 片付けなければ、と思うのに思うように体が動かない。元親は再び落ちそうになる瞼を必死で押し上げようとした。

 ――眠るのか?眠るのなら、寝床に行くがいい。

 解ってるよ、と応えた。どこからともなく響く声が、やたらと耳心地が良い。しっとりとしていて、語尾が微かに掠れる。それなのにはっきりとした口調が、元親の意識に食い込んでいくようだった。

「咽喉、渇いた」

 ――水でも、寝床に持っていけばよいだろうが。

 ひやり、と頬に冷たい感触が触れた。その感触は以前にも――いや、つい最近感じたものに近かった。

「寝るッ!」

 意を決して元親が半分まぶたを落としたままで立ち上がる。すると、とん、と何かに触れた。触れたと思った瞬間、気付いたら腕にそれを抱えていた。

 ――な…貴様、何をッ!

 あの耳に触れる声が戦く。構わずに元親はそれを抱え込んだ。柔らかい感触、等身大の感触に、こんな抱きぐるみ家にあったかな、と微かに思ったが気にしないことにした。
 ばたばた、と隣の和室になだれ込み、手にした水を咽喉に流し込むと、ばふん、と元親はベッドに倒れこんだ。

「あ?――…なんか、この水…」

 ――甘かろう?

 ふふふ、と抱き込んだ抱きぐるみが言う。それに頷くと、ひやり、と額に手の感触が落ちてきた。

 ――全ては、目が覚めてから。今は安らかに眠るが良い。

 とろとろとまどろむ視界と、思考――その中で元親は微かに、お前誰なんだ、と訊ねていったが、応えは聞くことが出来なかった。











 手にさらりとした布団の感触が触れる。元親はぼんやりと腕を動かした。

「――――…」

 外では雀のさえずりが響いている。消しそびれたテレビから、土曜の朝のニュースが流れてきていた。その音で、起きよう、と思いつく。
 だが瞼を閉じたままでも、視界が暗い――今は初夏なのに、それにしては視界が暗い。

 ――ふにゅ。

「うん?」

 視界の暗さに可笑しいと思い始める。元親が瞼を押し上げると、再び其処には暗闇があった。だがそれよりも、顔の上に何かが乗っている。

 ――なんだ、これ?

 元親は腕を動かして自分の顔に乗りかかっている、ふにゅふにゅした物体を摘み上げた。少し持ち上げてみた視界には、薄緑の服の――ふっくりとした臀部が目に入った。

「――――…?」

 徐々に持ち上げてみて気付く。それは確かに臀部だ。いや、人間の形をしている。そしてその物体は元親の顔の上で仰向けで乗りかかってきていたのだ。

「えーと…この状況は一体?」
「すぅ、すぅ…」

 顔の上に乗りかかっている物体が静かな寝息を立てている。

「これって、どういう状況…な訳?」
「――っは!」

 ふにゃん、とした物体を摘み上げると、不意にその物体が動き出す。そしてじたばたと元親の手の上で暴れた。

「お、おいおい!ちょ、暴れんなッ」
「なんと!お主、我を吊り下げるとはいい度胸をしているッ」

 ぎっ、と叫ぶ物体を元親は仰向けになったままで――片手で振り向かせた。体長15pほどの小人が其処にはいたのだ。
 それも緑色の――うす緑と濃い緑の服を着て、やたらと可愛らしい整った顔と、朝日に透ける栗色の髪の小人だ。

「…えと、これどういう状況?」

 元親は小人を手にしながら見上げて聞く。すると小人は元親の手の中で、ふん、と鼻を鳴らした。

「我が見えているのなら良い。我は花だ」
「はぁ…?」
「精々、我の世話に励めよ」

 にこり、と手にした小人が尊大に言う。
 何処にそんな自信があるのか知らないが、胸を張る小人に元親はなぜか、ほんわりと胸が熱くなっていった。







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