スキ、キライ、スキ



 外回りの間に元親が気付いたことがあった。
 それは家康がさまざまな所できょろりと周りを見回して、時々何もないと思う場所を見つめている事があるという事だった。
 外回りといても営業とは違う――現場を見て、指揮する側ではあるので、そうした視点を持ってほしいという気持ちから連れまわすようになっていた。
 海沿いの、小洒落たガレージのような店で、目の前に出される海鮮丼に舌鼓を打ちながら、春にしては暑いな、と元親がスーツを脱いだ。

「この店もな、俺が手掛けたものなんだぜ」
「ほう、長宗我部主任はデザインも出来るのか。凄いですなぁ」

 こくこくと頷く家康は、大きな窓から差し込む光を受けて、まぶしそうに瞳を眇めた。その合間に、スーツから飛び出た元就がこそこそと元親の膝の上にのり、日輪よ、と両手を広げたがテーブルに隠れて家康には気付かれない。もっとも彼には花の精などというものは見えないのだろうが。

「今日はこれで3件回ったし、そろそろ戻るか。新しい案件とイベント会場の展示案作らねェとな」
「主任はどうしてこの世界に入ろうと思ったんだろうって、思うんですが」

 改まって家康が問うてくる。くるくるとした丸い瞳が真摯にこちらを向いてくると、なぜか脳裏に幸村の子犬のような瞳が蘇って、似てる、と思った。

「それはまた追々な。それより食おうぜ。今日の海鮮丼はすげぇぞ。このエビ、一尾まるまる入ってるし、マグロにカツオ、イカに白魚、それから甘エビだろ、お、赤貝も入ってる。それから〜…この生姜と大葉が良いアクセントなんだよな」
「いただきますッ!」

 醤油をたらりとどんぶりに掛けてから、家康は豪快に口に掻き込んだ。追加で頼んでいた白魚のかき揚げがまた、さくさくのぱりぱりで、それなのに中はふんわりと蕩けるようで絶品だ。

「んめぇぇぇ〜。まったくいい仕事すんな!」
「うまい、うまいッ!」

 もはや上司だとか部下だとか関係なしに家康は掻き込む。ここに酒があればもっと良いんだけど、と元親は思いながら、膝で日光浴に勤しむ元就にそっとかき揚げを渡した。

「そういやよ、お前…時々、どこかじっと見てるな。目でも悪いのか?」
「――…え」
「いや、目悪いなら早めに受診しろ?じゃないと俺みたいになっちまうし…ってか、俺のは仕方ねェけどさ」

 とんとん、と自分の左目を指さしてみせると、もぐもぐと膨らんでいた家康の頬が、徐々に小さくなっていく。

 ――ごくん。

 傍にあったそば茶と共に飲み干してから、ぱり、と付け合せの漬物を齧って、家康が「ううむ」と唸ってみせた。

「どうした?なんか俺悪い事聞いちまった?」
「いや…その、どう話せばいいのかと」

 ぱりぱり、と漬物を齧る音が響く。それに合わせて外の波音がリズムよく聞こえて、しかも昼過ぎの日差しだ――霞む光にのんびりとした光景に思えて、元親もまた瞳を眇めながら、むぐ、とかき揚げを口に運んだ。

「儂の家は、寺、での」
「寺?ってことは、お前、坊主になんの?」
「いや、坊主にはならん。家は寺だが…で、昔から変なものをよく視ててな」
「――…お化けとか?」
「まあ、そんな処だ。寺だけあって、墓もあるし当たり前といえば当たり前で…でも両親も見たことないようなものも、儂は見てしまう性質らしくてな」

 むぐむぐ、と家康はどんぶりに残っていた酢飯を掻き込んでから、続けた。

「正直、気味悪がられることもあったし…見える、なんて言っても、な」
 ――胡散臭いだろう?

 へた、と家康の太めの眉が下がった。今までこの話をして嫌な思いしかしてこなかった、と家康は言う。だが元親にしてみれば、そんな経験とは無縁だったし――といっても、もっと不思議なものに出会っているせいで、感覚が飛んでいるのも事実だが――嫌な思いをしたという彼の気持ちは想像するしかない。
 だが元親は「そっか」と告げると手を伸ばして、家康の短い髪の立った頭をわしわしと撫でた。そうすれば髪型は簡単に崩れるだろうが気にしない。

「嫌な思いもお前を成長させるもんだ。人生のスパイスくらいに思っとけ」
「はは…主任は男前じゃのぅ」

 ふわ、と急に家康の顔が綻んだ。そして下を俯いていた家康がぴたりと動きを止めた。撫でていて気付かなかったが、家康の視線が元親の方――それもどんぶりのあたりを見つめていることに気付いた。

「あ?お前、まだ食いたりねぇ?なんか追加するか?」
「いや…――さっきから気になっていたのだが」
「うん?」

 手を離すと家康は身を乗り出して、一点を見つめた――それが元親の丼、ではなくて、丼よりも先の、テーブルの境だと気付く。同じように視線を其処にむけると、元親の眼にははっきりと見えたものがあった。
 それはテーブルに両腕をひっかけて、ぶら〜ん、とぶら下がった三等身の花の精――元就だ。日光浴をして、元親からこっそりとかき揚げを貰って、それでも足りなかったのだろう。テーブルに乗り上げてこちらを見上げた。

「ぬ?目が合ったぞ、元親」
「それ、何だろう、ってさっきから思ってたんだが、どうやら主任にも見えてる…と思っていいのだろうか」
「あ〜…――は、ははは」

 こんなにあっさりとばれるとは思っていなかった。
 家康がまるで子犬を呼ぶように、指先を上にして、ちょいちょい、と動かすと、元就は肩を怒らせて「無礼者」と叫ぶ。そしてテーブルに乗り上げ――というか今まで懸垂状態だったことに、こいつの上腕はどうなっているんだ、と思わずにはいられないが――よっこいしょ、と足をよじ登らせて元就がテーブルに立つ。それから膝辺りと袖を払ってから、今度は元親に両手を伸ばす。

「おら、上るか?」
「当たり前であろう!」

 腕を差し伸べるとそのまま肩に乗せる。すでにそこが元就の定位置だ――右肩に立つのは、元親と視線が合うから、と彼は言う。

「我は元就。花の精よ!」
「花…――お花?ってあの木とか、雑草とか…」
「雑草とは無礼な!」

 たんたん、と肩の上で元就が地団駄を踏む。そして家康を睨みつけながら、ぷっくりと頬を膨らますものだから面白い。

「儂は徳川家康。主任の部下よ。よろしくな」
「ふん…――ッ」
「嫌われたかの」

 ぽりぽりと頬を掻きながら家康が苦笑する。それを見つめながら元親はそば茶をずずと啜った。そして軽く手を上げると、元就用に堂々とデザートを頼んでいった。






 →8





120315 up