行く年、来る年





 クリスマスを過ぎてからやることと言えば、大掃除と新年の準備だ。
 それは大体において変わることはない。勿論、長曾我部元親も同様だった。だが彼の場合、既に一軒家を所有しているので掃除は大仕事だ。
 しかもそれを一人で行わなければならないのだ。
 だから綿密に計画を練りこみながら掃除を行っていく。それはクリスマスの翌日から既に始めるという徹底振りだった。
 その成果もあってか、既に仕事納めを終えた翌日、元親の大掃除は佳境を迎えていた。

「よ――っし、後はカーテン洗い捲るだけだッ」
「――我の葉も磨くがいい」

 やり遂げた気持ちでリビングに行くと、クリスマスプレゼントのチョコレートを頬張っている元就が、じっとりと元親を睨みつけながら呟いた。

「でもカーテン…そろそろ新しいのに替えるかなぁ…でもなぁ、今の気に入ってるし」
「我の葉も磨くがいい」
「ま、カーテンくらい、良いか。洗うだけで」
「元親…ッ!」

 うーんと唸りながら、額に巻きつけたタオルを外して元親が唸っていると、無視されるのが辛抱ならないとばかりに元就が叫ぶ。
 元親はタオルを首にかけて、視線だけを元就に向ける。

「何だよ、元就」
「我の葉も磨くがいいッ」

 たしたし、と正座する彼は、自分の鉢の横を指し示すように叩いてみせる。因みに元就の側には、元親が作った湯飲みがあり、その中には水がたんまりと注がれている。

「それは毎日やってるだろ?今更やらなくても良いじゃねぇかよ」
「横着するでないッ!」
「横着じゃねぇよ」

 売り言葉に買い言葉で睨みあう。小さな身体で思いっきり睨みつける姿が、ぷうと膨れた肉まんのように見えてきてしまう。

 ――やべえ、笑いたくなってきた。

 先日コンビニで見かけた肉まん――それは、ほんわりとした白い生地で、まるで今の元就の頬のようだった。そう思ってしまうと、どうしても元就イコール肉まんの構図が脳内で繰り広げられて、真面目に睨みあっているのに、噴出してしまいそうになる。
 だがそれも元就には悟られずに済んだ。

「貴様は…我よりも掃除が大事と申すか。よう解った」

 ぷい、と臍を曲げて元就がそっぽを向く。
 此処最近、甘やかしすぎたせいか、傍若無人に磨きが掛かっている気がする。だが、それも「構って欲しい」という元就の想いから来ているのだと知っている。

 ――だって今のだって、仕事とアタシ、どっちが大事〜ってのと似てるじゃん。

 やれやれ、と元親は臍を曲げた元就を――身を屈めて、小さな顔を覗き込む。

「なんでそんな極論になるんだよ。今は家の中のことやってるだけ。それが済めば時間はたっぷりあるっての。お前の葉は、寝る前にでも、ま〜ったり磨いてやるから」

 な、と指先で元就の頬を突くと、元就は「ぶほ」と膨らませていた口元から、息を吐き出した。この状況は確か幸村もよくされていた、と思い出して、微かに笑いたくなってくる。だが、元就は勢いで、ころん、と横倒しになってしまった。
 よろり、と起き上がると、再び元親を睨み上げていく。

「ぐぬぬぬぬ…なんと卑劣なッ」
「卑劣じゃねぇよ」

 ――大人しく待ってな。

 優しく指先を使って元就の頭を撫でてやると、元親はそのままカーテンを外しにかかった。その後姿を見送りながら、元就はなでられた頭に手を向けた。

「我は犬ではないぞ」

 ――フンッ。

 苦虫を潰したかのように呟いて、元就はその場にころりと横になった。そして、ばたばたと動き回る元親を他所に、不貞寝を始めていった。









 元就が不貞寝にも飽きて起き上がり、クリスマスプレゼントに入っていたギモーヴに噛り付き始めたころ、元親が二階からダンボールを持って来た。
 がたがたとダンボールを開くと、今度はキッチンに持っていって、ざばざばと洗っている音が聞こえる。

「――――…?」

 元就が小首を傾げながら、ひょい、と身体を翻してテーブルの縁に向う。其処からキッチンの中を覗くように、背伸びをしていると、ざぶざぶざぶ、と米を研いでいる音が響いていた。

 ――何ぞ?

 彼が何をしているのかが解らない。
 ぴょん、ぴょん、と足場を弾いて元就はキッチンの中に入り込んでいった。そして、側にあった冷蔵庫の上から、元親に声を掛ける。

「元親…元親…――ッ」
「ん?おお、元就。まだそっちで寝てて良いぜ?」
「そんなに寝呆けてなど居れるか、馬鹿者」

 だんだん、と地団駄を踏んで見せると、そうかぁ、と元親は笑い飛ばしていく。そして手元の米を、ざくざく、と洗っていった。

「元親、何をしているのだ?」
「あ?これか…?」

 ――あれだよ。

 顎先で元親は床の上のダンボールを指し示した。其処には炊飯器の少し大きいような機械が入っている。

「あれは何ぞ?」
「あれはなぁ、お前の好きなものを作る機械」
「――――…?」

 ふんふん、と元親は鼻歌を歌い始める。そうして足元にあった機械を持ち上げると、蓋を開けて中に米をいれた。
 一連の動作を、元就は元親の手元と機械とを交互に見比べていく。だが、何を作るのかが解らずに、かくん、かくん、と小首を傾げるだけだ。それを観ていて、元親は「さぁて、ちょっと待つか」と言うと、元就の首根っこを掴んで肩に乗せた。

「元親よ、あれは何を作るものぞ?」
「だから、お前の好きなものだって」
「我の…?」
「正月といえば、出番は多いんだ。それに玄関にも飾らないといけねぇし…」

 ――だから一気に作る。

 元親はそう言いながら、今度は乾物を入れている棚を開いて、中から黄粉を取り出してた。それから冷蔵庫から――半分になっている大根を取り出すと、腕まくりをする。

「あと納豆あれば良いんだけどな…」
「納豆?」

 ますます何をするのかわからないとばかりに元就が小首を傾げる。きょとんとする表情は珍しく、思わず元親は「はは」と笑うと彼の鼻先を指で突いた。

 ――正月に出るもの。

 ぐるぐると考えている元就は、とりあえず傍観することに決めた。とりあえず、自分が出来ることは限られている。それを思えば、元親に任せておいた方が確実だ。
 元親は、しゅ、しゅ、と大根を摩り下ろし、ボウルの中に入れていく。
 それが済むと、今度は黄粉に砂糖を入れて混ぜながら、時折、塩を加えていく。

「元就、味見」
「ん」

 スプーンに黄粉が乗っている。そのままでは、粉がぼふぼふと舞ってしまいそうだが、其処はそれ――以前に元親が作ってくれた、元就専用の小さな匙を取り出して、ひょい、と掬い上げると、ぱくり、と元就は黄粉を舐めた。

「どうだ?」
「少し…塩気が足らぬ。甘すぎだ」
「オッケ。塩、塩、と」

 がた、と塩の入ったキャニスターを取り出して、元親は匙で塩を加える。そして再び元就に差し出すと、今度は元就が頷いた。
 それを観てから、ついでとばかりに砂糖しょうゆも作り、それらを冷蔵庫に入れると、元親は元就を連れてソファーへと向った。

「一先ず、蒸らし終わってからだな」
「元親…あれはまさかと思うが」
「やっと気付いたか?」

 元親の膝の上で、元就が見上げながら瞳を輝かせる。調味料の支度をしている間に、ほんわりとした香りが漂って来ていた。
 その香りには覚えがある。
 いつもは買って来るもので、あんこや、豆が入っていたり、草が入っていたりする。勿論、初めて口にした時から好きなものだ。

「あれは餅だよ、餅」
「やはり…ッ!」

 ぐ、と小さな手で拳を握りこんでしまう。
 元就が瞳を輝かせていると、元親が嬉しそうに微笑んだ。そうして見下ろされると、思わず見入ってしまう。

 ――この男、ほんに…時折、どうしてこんなにも色があるのか。

 ほわ、と頬が熱くなってしまう。元就は元親の、銀色の睫毛に縁取られた瞳を見上げながら、きゅ、と拳を腿の上に置いた。銀色の髪に、銀色の睫毛――その下には優しげな、灰色の瞳がある。それなのに、しっかりとした体躯は逞しく、魅力的な男性像として映る。

 ――我は、花期になっても慶次よりも細かったな。

 自分の身体を見下ろしながら、そんな風に思い出す。実体になっても、身軽なのは変わらない――比べるとしたら、幸村や政宗よりも華奢かもしれない。

 ――だがそれが我だ。

 別に不満はないが、時々だけ――元親を見ていると、羨ましいような気がしてしまう。

「後で鏡餅つくるからな。丸いやつ…あ〜でも、凄い量になりそうだから、佐助と片倉さんにも分けるかな。慶次は…実家に帰るとか言っていたような?要るかな?」
「要ると思うぞ。いつも休みはずらして取っておった。ふむ…餅のお裾分けか」
「そ。いくら俺とお前でも、食べきれなくなるよりは良いだろ?」

 まるで面倒見のいい兄貴分のように、にしし、と歯を見せながら元親が笑う。手を伸ばしてクッションの側にあった携帯を手繰り寄せると、元親は早速彼らを誘っているようだった。

「あ、片倉さん?お疲れっす〜」

 軽快な元親の声が響く。それを聞きながら、元就は、くん、と鼻を動かした。ほんわりともち米の炊ける香りが漂って来ている。

 ――いい香りぞ…。

 あの食感を思い出して、うっとりとしてしまう。最初に食べたのは豆大福だった。それもまた美味だったが、出来立ての餅を食べるのは正直初めてのことになる。
 元就が思いをめぐらせている間に、手際よく元親は電話を掛けていった。










 ――ビィィィィィィィィ

 かなりな轟音が餅つき機から響く。最初にもち米が炊けた瞬間に、この音が鳴ったときには、元就は思わず飛び上がったくらいだった。
 だがそれも、二度目となるとそうでもない。
 どれどれ、と元親が餅つき機の側に行こうとすると、元就がその場で飛び跳ねていた。
 ぴょん、ぴょん、と両腕を伸ばして飛び跳ねる。

「我も連れて行くがいいッ」
「わーったよ」

 ひょい、と彼をつまみあげて肩に乗せる。そのままエプロンをしながら餅つき機の側にいく。ぱくん、と蓋を開けてみると、其処には丸々とした餅が突き上がっていた。
 其処に水をぺたりと突けて、スイッチをいれる。
 すると、ぐるんぐるん、と餅が回ってくる。ぺったん、ぺったん、と水を付けながら、丸めていくと、元就が唸り出した。

「どうした?」
「め、目が…まわる…――ッ」
「はあ?馬鹿か、お前…――ッ」

 肩に乗った元就は、ぐるぐると突きあがる餅を見つめていたようだ。肩から下ろす前に、きゃあ、と奇声を上げながら元就はころころと元親の肩から転げ落ちていった。

「直ぐに出来るから、ちょっと休んでいろ」
「ううう、わ、解っておる…」

 よたよた、とテーブルの足にしがみ付いていると、元親が元就を摘み上げてテーブルの上に乗せる。そうしている内に、ぼふん、と元就の目の前に餅が現れた。

「ほらよ、第一弾、出来ッ!」
「おおおおおお、なんと言う、もち肌…ッ」

 自分よりも大きな餅を見上げて元就が手を伸ばす。だがそれも直ぐに元親に阻まれた。彼は素早く元就から餅を護り、めん棒で伸ばしていく。
 更に、器用にもくるくると手で円を描いて、あっという間に鏡餅をつくってしまった。

「元親…我は、出来たてを」
「ほらよ」
「――――…」

 言うが早いか、元就の目の前に砂糖しょうゆに、さらりと絡められた餅が現れる。皿の上に成形されずに、ぼて、と置かれている餅が、ほわり、と湯気を上げている。

「旨いぞ、出来立ては。食ってみろ」
「う、うむ!」

 もう既に口の中が唾液で一杯になりかけていた元就は、しゃきんと爪楊枝を取り上げて、箸のように使うと、次々と食していく。

「元就ぃ〜、初詣、行こうな」
「うむ」
「その前に、夜に出て、初日の出観に行くか」
「初日の出?」

 餅を、ぐに〜、と伸ばして格闘しつつ、元就が小首を傾げる。それに頷きながら、元親は「海まで行くんだ」と楽しそうに話した。

「海から上る初日の出、一緒に見ようぜ?」
「――元親…」
「たぶん、一人で見るよりも、綺麗に見えると思うんだよな」
「そうだな…」

 かたん、と粗方作り終えた元親が、椅子を引いて座った。勿論手には餅の入った皿があり、元親は其処に大根おろしをかけて頬張っていく。

「来年もよろしく頼むな、元就」
「我こそ。来年は、我の花をしかと照覧あれ」

 胸を張って元就が宣言する。だがその口元には、べったりと黄粉がついていた。
 元親は、ふふ、と含み笑いをしながら、彼の頬に手を伸ばして黄粉を掬うと、ぺろ、と舐めた。

「ああ、楽しみにしている」
「腰を抜かすなよ?」

 咲いた姿に自信があるのだろう――元就は満面の笑みで、更に胸を張ると、ずい、と餅のお代わりを強請っていった。
















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