初湯 実家に帰らない久しぶりの年末になった。 だがそれはそれで楽しく過ごしてしまう自分が居る。小十郎は早朝に起きると、風呂を沸かし始めた。そして、それに合わせて餅を――先日、元親から貰った餅だ――網に掛け始める。しっかりと餅焼き網がある処が、凝り性な自分の性分だと思わざるを得ない。 「Morning、小十郎」 「ああ、おはよう。政宗。もう直ぐ出来るから、それまで待ってろ」 「ん…?何か良い匂いするな」 ごし、と目元を擦ったままの政宗がとたとたとテーブルの上に乗っている。台所から声を掛けながら、顔を覗かせると、政宗はくんくんと鼻を動かしていた。 「今、雑煮を作ってるんだ」 「What?」 「昨日の夜、年越し蕎麦食べたろ?そのスープで今度は雑煮。まあ、出来てからのお楽しみだな」 「じゃあ、楽しみにしてる」 こく、と頷く政宗はぴょんと飛び跳ねてテレビのリモコンの側に行き、慣れた手つきで操っていく。 こんがりと焼けた餅を沸騰したスープの中に落とすと、小十郎は鍋の火を止めた。そして政宗に声を掛ける。 「政宗、風呂に入るけど…お前如何する?」 「入るに決まってるだろッ!」 くるんと首を廻らせて政宗が目を光らせる。何だか自分の行動に、この花の精が似て来ているような気がしてならないが、小十郎は政宗を連れて風呂場へと向っていった。 昔からの習慣というのは不思議なもので、やはり元旦の朝は風呂に限る。そして身体を清めてから、屠蘇を頂いて、そして雑煮と御節だ。これは外せない。 そんな風に思って湯船に使っていると、朝の光にほわほわと湯気が霞んでいく。湯船の上に浮かべた桶の中には政宗がいる――桶の中にも湯が入っており、彼が溺れないだけの深さになっているのだ。 桶はそこら辺のプラスティックのではなく、檜作りのものだ。思わずホームセンターで見つけたときに、購入してしまった。そしてそれは今や政宗の専用の桶となっている。 「後で、初詣も行こうな」 「なんか人間はやることが多いんだな…」 「――そう言われると身も蓋も無いな」 でも確かにそうかもしれない。 ただ1日過ぎただけなのに、今日からは新しい日のような気分になってしまう。それが不思議でならないといえばそうだ。解せないとばかりに政宗は小首を傾げていた。 ほわりほわり、とふっくらした頬が桜色になっていくのが可愛らしい。 「あ〜、いい湯だなぁ」 政宗は小さく切り取ってあった手ぬぐいを頭の上に、ちょこん、と乗せて腕を組んでいる。湯には入浴剤を入れているお陰で白く濁った色だが、彼のその姿はまさに温泉に浸かっているかのようだった。 「政宗」 「Ah?」 「お前、いつ咲く?」 「ん〜…もう少し、かな」 たぷ、と桶が動いた。政宗が首まで湯に使って、大きな瞳を細めている。それを見下ろしていると、政宗はとぷんと湯の中に頭ごと浸かる。そして、ぷは、と再び顔を出して遊んでいた。 「だったら…咲いたら、温泉でも行くか」 「え…ッ?」 ぱあ、と政宗の表情が明るくなる。朝の陽に当てられた湯気が、ほんわりと動いていく中で、政宗のふくりとした頬がほんのりと桜色になっていた。 ぱしゃん、と小十郎も湯の中に首まで浸かりながら、天井を見上げていく。 「俺の実家。温泉あるんだよ。だから、一緒に行こうか」 ――お前に俺の育ったところ、見せたいしな。 「s…stop!――おいおいおい、それ、なんか…」 ばしゃ、と政宗が桶から湯船の中に落ちる。小十郎がすかさず政宗を掬い上げると、ぱしゃぱしゃと器用に泳いでくる。そして小十郎の頬に手をついてから、伝うように風呂の縁に捕まって背中を見せた。 「大丈夫か?」 「うん…それより、その…」 「何だ?」 「今の、ぷ…ぷろぽーず、みたいだ」 「――――…」 丸い背中がほんのりと赤い。湯船の中に、ゆら、と政宗の頭に乗せていた手ぬぐいが泳いでいた。それを見送りながら、小十郎は自分の言動を反芻して、ふ、と噴出した。 「あ、それもそうか」 「脅かすなよ…ッ!」 後ろから見る政宗の耳が、しっとりと赤くなっている。それを見つめながら、小十郎は笑うしか出来なかった。 「さて、そろそろ上がるか。雑煮が待ってる」 「Okey,あと初詣も行きてぇ!連れてってくれるって言ったよな?」 「いいぞ、連れてってやる」 くるんと振り返る政宗は、青灰色の瞳をきらきらとさせている。それを眺めながら、ほつれて来ていた前髪を撫で付け、小十郎は政宗と共に風呂から上がっていった。 了 2010・0101/100114 up |