初詣





 紅白を一緒に観てから寝て、目を覚ますと隣に幸村の顔があった。にっこりと微笑んで、真夏の花を思わせるほどの艶やかさで、寝ぼけ眼のままで彼を引き寄せていく。
 今年は朝から幸先が良いなと思いながら、佐助はいそいそと朝食を作っていった。

「旦那ぁ、支度できた?」

 朝食と言っても、御節料理を作るだけの気力は無かったので、今回は幾つかセレクトしたもので済ませた。栗きんとんは前日に作っておいて、田作りと黒豆、それから伊達巻は買ってきた物、かまぼこと餅は貰い物だ。それと簡単にお雑煮を作って出すと、幸村は嬉しそうに平らげてくれた。
 そしてお腹も落ち着いたところで、こうして外に出ようとしている訳だが――中から出て来た幸村は、もこもこと着こんでいるものの、それでも首を竦めていた。

「出来申したが…首元が寒いでござる」
「ああもう、俺様のマフラーしていくといいよ」

 佐助は巻いていたマフラーを外して、くるくると幸村の首元に巻きつける。元々寒さに弱い花だから、外の気温は多分答えるのだろう。
 地に根ざせばそうでもないとも、幸村は言っていたが、まだ小さな株の彼には無理な話だ。ダウンジャケットを着こんで、手には手袋、それにぐるぐる巻きのマフラーの幸村は、ちょい、と佐助の袖を引っ張った。

「何処に行くのでござるか?」
「其処の神社。大きいところでも良いんだけど、混むからさ。ゆっくりと出来る方がいいなって思って」
「神社で何をするのでござる?」
「うーん…今年一年のお願いごとかなぁ」

 道すがら、幸村の疑問に答えていく。空は青く澄んでいて――でも今年も雪の無い年の瀬だったと思ってしまう。佐助は空を見上げて、はたりと足を止めた。

「佐助殿?」
「あ…ごめん、旦那。ちょっと感傷に浸っちゃった」
「どうかされたので?」

 怪訝そうに幸村が覗いてくる。佐助は苦笑しながら、幸村の手を繋いだ。繋いだ手が暖かくて、じんわりと胸が締め付けられていく。

「んー…俺様の育ったところって、今の時期、大雪でさ。いつも雪を踏みしめて初詣に行ったの。今では信じられないくらいだけど」

 ――懐かしくなっちゃって。

 隣に歩く幸村の手を引きながら――こうして誰かと一緒の初詣も随分久しぶりだと気付く。幸村は自分の足元の影を見つめながら、ぽつ、と呟いた。

「雪、でござるか…」
「旦那にも見せてあげたいな」

 くい、と腕を引っ張って、腕の中に閉じ込める。すると幸村は鼻までマフラーに顔を埋めて「人が見ておりますぞ」と呟いた。

「観てないよ…誰も、いないじゃない」
「――佐助」

 通りには人は居なかった。早朝でも、昼でもないこの時間、いつもの道に人影はなかった。ゆらりと背に幸村の髪がなびく。それを手に絡めとりながら、鼻先にキスを落とすと、佐助は「冷たいね」と笑った。











 ――二礼、二拍手、一礼。

 神社につくと佐助が幸村にそう教えた。さもすれば幸村は回りにある屋台に走っていきそうな勢いだったので、一先ず先にお参りを済ませる。

 ――パン、パン。

 軽快な音を立てて佐助の拍手が響く。そうして瞼を閉じて、じっとしていると隣では見様見真似に動いている幸村の気配が窺えた。

 ――今年も、来年も、ずっとずっと旦那と居れますように。

 そんな風に願ってしまう自分に、思わず照れてしまう。願いながらも、かあ、と首筋が熱くなって来る。

 ――ぱん、ぱん。

 隣でぎこちない拍手が聞こえた。佐助が顔を起して一礼する横で、やっと幸村が瞼を落としていた。ぐぬぬぬ、と口元も眉根にも力をこめていく姿が面白い。

「よろしくお頼み申すッ!」

 じっと見ていれば、幸村はそう締めくくって瞼を開けた。そして、がば、と一礼した。

「何お願いしたの、旦那ぁ」
「それは秘密でござる」
「教えてよ」
「ご利益が減ります」

 ぷん、と唇を尖らせる彼は、さっさと境内から降りてしまった。その後に続きながら、御守を観ていく。幸村はやはりよく解っていないようで小首を傾げていた。
 だが屋台を見つけると早く、甘酒や焼き鳥、たこ焼きと瞳を輝かせていた。

「此処さ、朝早いとお饅頭くれるんだよね」
「何と…それは真でござるか」
「うん。でも今日はゆっくりだったから」
「残念でござるなぁ…」

 ばく、とたこ焼きを頬張りながら幸村は空を仰いだ。その横に座り込んで、佐助はさらりと幸村の手元から一個だけたこ焼きを取って口に入れる。

「ね、旦那ぁ」
「何でござるか?」
「何、お願いしたの?」
「――秘密」
「俺様の、教えるからさ」
「駄目でござる」
「ケチ」

 べえ、と舌を出して強請ると、幸村はぷっくりと頬を膨らませた。はふはふ、とたこ焼きの熱さに耐えているだけだが、どうしても気になってしまう。

「教えてよ、ねぇ…」

 しつこく強請りこむと、幸村は佐助の足元を見てきた。今日くらいは乗ってやろうと佐助も粘り強くなり、焼き鳥とお好み焼きを追加で持ってくる。すると、それに口を付けながら、幸村はやっと小声で頷いた。

「耳を」
「ええ?しっかり言えばいいじゃん」
「耳を貸してくだされ」

 むっと唇を尖らせる幸村に、はいはい、と顔を寄せると、幸村が佐助の耳たぶに触れた。

 ――ずっと、佐助殿が好きでいてくれますように

「――――…」
「以上でござるッ!」

 ふん、と胸を張りながら離れ、幸村ががつがつとお好み焼きを食べつくす。佐助は囁かれた耳に手を当てたまま、ぴたりと動きを止めてしまった。

「反則だろぅ…?」

 そう呟くと、ずるずるとその場に頭を抱えて蹲る。同じように幸村もまた真っ赤になっていたが、それ以上に佐助のダメージが大きかった。

「だから聞かない方が良かったのでござるよ」
「旦那って、俺、殺すつもりでしょ?」

 ぶわぁ、と湧いてきた汗に、佐助が口元を手で覆いながら見上げると、幸村はにっかりと笑った。その口元に青海苔が付いていても、佐助には可愛く見えてしまう。

 ―-かなわない。

 そう思いながら、佐助は幸村に手を伸ばして、指先で彼の唇を拭っていった。















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