初日の出





「そろそろ出掛けるぞ」

 ばさり、とファー付きのコートを羽織ながら、元親が声を掛けてきた。すると元就はのそのそと動いて元親の胸ポケットに飛び込んでいく。
 時計を見れば既に22時を回っている。大晦日も佳境に迫っているこの時間に、元親は外に出た。

「うっわ、寒ぃ…」

 びゅう、と吹き込んだ風に思わず首を竦めた。ここ数日は意外と暖かい日が続いていたというのに、急に冷たい空気が鼻に突き刺さってくる。

 ――やっぱり外は冷えるな。

 つん、とする空気に雪でも降るのではないかとさえ思ってしまう。元親は首を竦めたままで駅まで向うと急ぎ足で電車に乗り込んだ。
 目的地は遠い――がたがたと揺られていく電車の中には、大晦日という事もあって、人が多かった。いつものような――仕事後で皆疲れているような――ぐったりとした顔は見えず、どこか熱気に巻かれているような人々の顔がちらほらと見えていた。

 ――なんか浮き足立つな。

 それを眺めながら、元親は胸元を見下ろした。すると元就が顔を出して、辺りをきょろきょろと眺めていく。たぶん物珍しいのだろう。

「人が多いな、元親」
「うん…――」
「お主、何処に向って居るのだ?」
「うん」
「おい【うん】では解らぬッ」

 べち、と元就が元親の首元を叩く。すると元親は「チッ」と舌打ちをした。それと同時に電車が止まり、乗り換えになると、元親は早々に電車を降りていく。

「あのなぁ、お前は他の人間には見えないんだよ。独り言言う男にはなりたくないっての」
「――なるほどな」

 歩きながら、元親は携帯を手繰り寄せてコールしながら話す。そうしていれば電話の相手に向って話しているかのように見える――いいカモフラージュだ。だが実際に彼は電話をしている最中のようで、何度目かで電話はコール音を終えていった。

「あ、マジで?いい場所取れそうか?」

 嬉しそうな声が響く。それと同時に元親の足は速まっていった。










 目的地はもっと風が強く吹き込んでいた。
 駅で待ち合わせていたのは慶次で、彼はビニール袋から肉まんを取り出して、元親と元就に「小腹すかない?」と差し出して見せてきた。暖かそうな雰囲気に、思わず腹がなりそうになる。

「すっごい人だねぇ」
「確かにな。でも一度お参りしてから行けは、調度良いと思うんだよな」
「そだね」

 まふまふと肉まんに噛り付く慶次が、そっと小さい肉まんを元就に渡す。元就は、かふかふ、とそれに噛り付いた。ざわざわと辺りの雑音は次第に大きくなっていく。そんな中で元就が途端に叫んだ。

「何ぞ…これは何ぞ…たこ焼きがッ!」
「新商品みたいでさ。たこ焼き入ってるんだって」
「え、俺もそれ食いたい」

 元親が胸元の元就を見下ろすが、元就は隠すようにそれを口に押し込めていった。そうして時間を費やしながら――元親と慶次、それから元就がお参りを済ませてから――移動すると既に其処も人で埋まっていた。










「さぶい…やっぱ、冬の海って寒いな」

 がたがたと肩を震わせて元親が防波堤に、ひらりと座り込む。その横に、慶次もひらりと身体を躍らせた。
 がたいの良い男が二人、防波堤に座っている姿は少々滑稽かもしれない。神社では相当時間を食い、時間を見れば既に午前5時半を過ぎていた。

「眠くないのが不思議だなぁ。たぶん熱気に当てられているんだろうね」
「するめ、もっと食ってくりゃ良かった」
「境内の?」

 境内で売っていたするめを齧りながら、甘酒を飲んで、それから屋台をみたり、御守をかったりと忙しなかった。だがいつもよりも活気がある年の瀬は、何だか楽しくてならない。
 元就は何が何だか解らずに、瞳をくるくる動かすばかりだった。

「おい、元就」
「なんぞ?」
「もう直ぐ、お前に見せたかったのが拝めるぜ?」

 元親が胸元のポケットから元就を取り出す。そして自分のマフラーの間に元就を挟みこんでぐるぐると巻き込むと、元就は眉根を寄せた。
 だがその横で慶次が、ふふ、と楽しそうに笑っていた。

「良かったねぇ、元就。愛されててさ」
「あいされ…?慶次、お主何か間違っておろう?」
「いいや、俺は愛してるぜ?なあ、元就」
「――――ッ」

 ――ぎゅううう。

 言われて元就が照れ隠しに、思い切り元親の顎先を掴みこむ。抓られた元親は、痛い、と声を上げながらも、苦笑するだけだ。

「あ」

 そうこうしている間に、ほんわりと海が赤らんでくる。
 ふわりと色が乗り始める水平線に、元親が眩しそうに瞳を眇めた。そして口元をきゅっと引き結んだ。
 隣で慶次が、太陽が出てくる水平線を見つめながら息を飲んでいく。


「日輪よ――――ッッ!!!」


 途端に響いた声に、びくっ、と元親と慶次が肩を震わせた。
 観れば両手を天に向って掲げた元就が、元親の肩の上で叫んでいる。

「ちょ…お前、空気読めッ!」
「日輪よ、照覧あれ――――ッ!」
「アハハハハハハハッ!」

 元就は表情を輝かせて初日の出に向って叫ぶ。それを留めようとする元親と、笑いで腹を抱える慶次――三人は日の出の陽を浴びていく。

「まったく、おい、元就、慶次」
「うん?」
「何ぞ…?」

 ふうふう、と叫びつかれた元就が、きっ、と元親を振り仰ぐ。元親は優しく指先を元就の頭に乗せてなでると、にか、と歯を見せて笑った。

「今年も宜しくな」

 こちらこそ、と答える慶次に習って、元就も頷く。そして三人で初日の出をじっと見つめていった。












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