今日はおでんにしよう 「あ〜…おでん、食いてぇ…」 もう直ぐで定時を迎えるという頃合に、ぽつりと元親が言った。 今日はラフな私服で出勤していた彼は、肌蹴た襟首に手を差し込んで、ぽりぽりと掻いている。それを横目で見ながら、佐助は小十郎のデスクから自分のデスクに戻るところだった。 「なんで、おでんなんですか?」 「寒いから」 「は?」 「寒いから鍋が食いてぇ、って思ったんだよ。でもよ、こう…大根見ちまったら、おでん食いたいなって」 元親が話す手元には、コンビニのクーポン券がある。それを一つずつ、ぺりぺりと引き剥がしているのは元就だ――元親のデスクの上の、定位置となっている模型の中で、一枚ずつ切り取り線にそってはがしている。 たぶん暇なのだろう――元就は、これは何ぞ、と言いながらも、ぺりぺり、と切り取っている。その一つに大根が色も褐色に映っている。 ――つゆが染みてると美味しいよねぇ。 ほんわりと佐助もそんな事を考えて立ち止まる。すると元親は座ったままで身を乗り出してきた。 「佐助、お前、おでん食いたくねぇ?」 「食べたいですねぇ」 「じゃあ決まりな。俺んちでおでんだッ!」 「え…ッ」 がた、と元親が立ち上がり、佐助の肩を叩く。そして、片倉さん、と元親は声を掛けにっていってしまった。 佐助はその後ろ姿を見送って、まあいいか、と自分のデスクに戻った。デスクの上の――タオルの上で、幸村がぷうぷうと寝ている。紅い塊を見つめながら「旦那、何の具が好きかなぁ」と考えていった。 元親の家に行く前に皆で買出しに出た。彼の家の近くのスーパーに行って、ああだ、こうだと言い募る。 「やっぱり大根は外せねぇ!」 「解ってますよ。ちゃんと灰汁も取りますから」 ――米研ぎ位、主任してくださいよ。 大根を手にしながら言う元親に、横から佐助が忠告する。佐助が着込んだダウンジャケットの胸元から顔を出しながら、幸村が見上げている。 「旦那、だーんな。何が食べたい?」 「プリンを食したいでござ…」 「はい却下ッ!今はおでんの話」 「うぅ…あのまるっとした白いの…」 だり、と涎を垂らし始めていた幸村が、佐助に即座に切り返されてしょんぼりとする。だが小さな手を差し出して、練り物を指差した。其処には丸いはんぺんがあった。 ――前にコンビニのおでん食べた時に、気に入ってたしなぁ。 どうせ割り勘だし、とも思いながら、佐助ははんぺんの袋を三つ程籠にいれた。その横で――すでに鍋・おでんコーナーが出来ている辺り、冬だな、とも思うが――元親が大きな身体を丸めながら、ぽいぽい、と籠に色々入れていく。 「元親…こ、これは何ぞ…ッ!」 「ん――?」 「もち巾着、と書いておる…ッ」 「ええ?俺、それより、ちくわぶの方がいいなぁ」 「もち巾着…ッ」 一抹の光を得たとばかりに、表情を輝かせている。カァァ、と両手を広げて元親の肩の上で元就が叫ぶ。我が手に、と叫ぶ姿は愛らしいが、何だか笑えてしまう。 「片倉さんはどれに…」 「ん?ああ…――」 元就の勢いに元親が、ぽーい、と巾着を袋に詰めて放り込んでくる。それを籠で受けてから小十郎の側に行くと、マフラーに一緒に包まっている政宗が、小十郎に擦り寄っていた。 「さぶぅ…」 「ねぇ、政宗って冬の花じゃなかったっけ?」 「Ah?俺は冬の花だけどよ、それと此れとは違う。寒いのには変わりねぇ」 佐助が呆れて見つめると、小十郎の首元で政宗が睨みつけてくる。そして見せ付けるかのように、両手をぺたりと小十郎の頤に付けて「あったけぇ〜」と瞳を細めた。 「甘やかしてませんか、片倉さん」 「お前ほどじゃねぇよ」 ははは、と小十郎は笑いながら、佐助の胸元に収まっている幸村の頭を指先で撫でた。幸村は大きな瞳を細めてはにかんだ。 「で?何観てたんです?」 「卵。こいつな、卵好きなんだよ」 「たまご…ああ、殻とかよく鉢植えに…」 「違ぇよッ!馬鹿ッ」 盆栽のイメージを脳裏に描いていると、即座に政宗の突込みが入った。勿論わざと言ったのだが、政宗はきゃんきゃんと吼えていく。その背後から、元親が携帯を片手に「慶次も誘ったぞ〜」と言いながら歩いてきた。 かなりの量の食材を手にして元親の家に向かう。いつもながら一戸建てに住んでいる彼に、感嘆の溜息しか出ない。 「むさい処だが、ゆるりとして行くが良い」 「あ、元就ッ!手前ぇ、むさいとか言うなッ」 「本当の事であろうが」 鍵を開けて中に皆を招き入れる際に、先を行く元親の肩から元就が振り返った。そして皆に告げると、我が物顔でひょいひょいと中に入っていく。 彼らに付いて「お邪魔します」と言ってから中に入り、リビングに向かった。 ――白いなぁ。 今の元親の部屋のテーマは「白」らしい。白い素材のものが多い中、其処にぽつりと小さな――それでいて艶めいた葉を湛えている鉢植えがあった。 「あ、これ……」 佐助が鉢植えに近づくと、胸元に顔を出していた幸村が「元就殿でござるッ」と嬉しそうな声を上げた。 「斯様に美しく磨かれているとは…元就殿、口では悪口を言いながらも」 「そうだねぇ。主任、見かけによらず情に厚いから」 ふふ、と笑いながら佐助が鉢を見ていると、元親の声が響いた。 「おい、佐助。台所勝手に使って良いから」 「え…――?」 「俺、もう米は研いでおいたぞ。研ぎ汁も置いてあるしよ」 「…それって、暗に俺様に作れって言ってる?」 佐助が嫌な予感に問うと、元親は既に片手にビールを持ったままで、にやりと笑った。仕方ないと思いながらも台所に引っ込むと、直ぐに小十郎が顔を出す。 「片倉さんも座ってて良いですよ」 「いや、俺も手伝おう」 「マジで――?」 腕まくりをする小十郎の横に立ちながら、佐助が意外そうに声を上げる。だが小十郎は器用な手つきで目の前の下ごしらえを始めていく。佐助が大根を切っていると、横から小十郎が口を出してきた。 「今からだと時間が足りないからな、もっと薄く切ったほうが良いぞ」 「あ、そうか」 「あと、皮、残しとけ。あとで金平くらい作ってやる」 湯を沸かして油抜きをしながら言う小十郎に、もしや、と思いつく単語があった。料理しなれている感も否めない。佐助は、とんとん、と大根を切りながら声を潜めた。 「あの…もしかして片倉さんって」 「ああ?」 「意外と、鍋奉行?」 「――……」 はた、と小十郎が佐助と視線を合わせる。間近で佐助が見上げていると小十郎は、ふわ、と口元に笑みを浮かべただけだった。 ――あ、こりゃ、鍋奉行だ。 逆らわないでおこう、と決めながらも佐助は下ごしらえに取り組んでいった。 おでんのつゆは、時間がないこともあって、おでんの素を使った。だが小十郎は少々不満らしく、出汁から取りてぇもんだ、と呟いていた。 「佐助、鍋に他の具を残しておけ」 「え…でもこれ食べきれるか」 「男4人に、大食漢が3匹だ、食いきれる」 「なるほど」 佐助は頷きながらも土鍋を持ってリビングに戻った。すると目の前でコタツに入った元親が、おおお、と嬉しそうな声を上げた。こたつのテーブルの上では、三匹がみかんで遊んでいる。 「おおおお、出来申したかッ!」 「いい匂いだぁ〜…俺、早く食いてぇなぁ」 「…もち巾着は我のものぞ」 ぐぐぐ、と元就が伸び上がって言う。それを背後で聞いて、幸村と政宗が肩をびくつかせた。その様子を見ていると、この三匹の中で一番強いのは元就だろうことが窺える。 ――ピンポーン。 「あ、慶次かな」 ばさ、とこたつから飛び出して元親が玄関に向かう。すると、肩を竦めた慶次が中に入ってきた。 「どうも〜、お今晩は。外寒かったよ〜」 「慶次、いいところに来た。調度出来たところだよ」 ほら、とカセットコンロにかけている土鍋を見せると、慶次は「うっわい!」と嬉しそうな声を上げた。着ていたダウンジャケットを脱ぎながら「此れ、持って来たよ」とビールの缶の入った袋を見せてくる。 「慶次…――ッ!」 「慶次殿ぉぉぉぉぉ」 「前田か…ッ」 とりあえず席に着く前にと遣り取りをしていると、三匹がぎゃあぎゃあと騒ぎ出した。そして、ぴょん、と彼に飛びつく。 「うわあ、ちょ…幸村、政宗、落ち着いて。ってか元就までッ!」 慶次の頭に飛び乗ったり、長い髪にぶら下ったりと忙しない。きゃあきゃあ、と喜ぶ彼らを見つめながら、佐助は冷ややかに慶次の横に座った。 「いいよねぇ、慶次。好かれててさぁ」 「え、ちょっと…佐助の視線痛いんですけどッ!」 頭の上に幸村を乗せて慶次が言う。その横で元親はこたつに嵌りながら、どうでもいい、と口にして「それより腹減った」とせがんで来た。 「確かに少し妬けるな…まあ、仕方ないが」 「やっぱり?片倉さんもそう想いますよねぇ」 「うわああああ、視線が痛いッ!ちょっと、幸村、政宗、降りてッ」 尚もしがみ付きそうになる幸村と政宗を引き剥がして、慶次が半べそをかく。その目の前に小十郎が小鉢を差し出した。 くつくつ、と白い湯気を出している土鍋から、大根とこんにゃく、それに卵を入れて彼に渡すと、慶次は「うまそう〜」と笑顔になった。 「片倉さん、俺にちくわぶッ!」 「解った、っと…昆布も食え。戻すな」 「昆布〜?出汁じゃん」 ぶうぶう、と元親が唇を尖らせる。佐助の方にも小十郎が「何がいい?」と聞いてきたので、応えようとして佐助は回りを見た。 「旦那は何…って、あれ?」 きょろ、と狭いテーブルの上を見ているのに幸村の姿がない。可笑しいなと思っていると、ぴたり、と小十郎の手が止まった。 「おい…佐助」 「何ですか?」 ――これ、どうするよ? 言われて皆が土鍋の中を覗くと、幸村がぐつぐつと煮える鍋の中に入り込んでいた。さらにその横に元就が浮いている。 「ぎゃああああああ、旦那ぁぁぁぁぁぁぁぁッ」 「元就ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」 元親と佐助が慌てて絶叫する中、肝心の二匹は平然としている――それでも熱いらしく、幸村は「熱いでござる」と力なく呟いていた。 その様子を眺めながら、小十郎の前で政宗が、ぽり、と漬物を噛んでいく。政宗と小十郎が視線を合わせて溜息をつくのと、鍋から彼らを救出するのが同時だった。 ビールの缶が転がりだしていく。一度火を止めた鍋の前で、小十郎が静かにビールをあおりながらも鍋番をしている。気を抜くと元親が――自分の嫌いなものを鍋に戻そうとするので、その度に小十郎と戦っている状態だ。 「伊達政宗、推して参るッッ」 「いざ、尋常に勝負ッ!」 テーブルの一角では政宗と幸村が爪楊枝を構えている。政宗は短い爪楊枝を6本手に挟み込み、目の前の大根にむかって叫ぶ。 幸村は竹串2本を手にしてはんぺんとがんもに挑んでいた。 ――ぐさッ。 各人それぞれに爪楊枝と竹串を刺していくが――ただ刺さっただけで、それ以上にどうこうという事はない。今度は抜けなくなって「うおおおお」と二匹が振り回していると、おでんの汁が飛び散った。 「こぅら、手前ぇら…」 「ヒ…――ッ」 ごご、と怒りのオーラを背負って小十郎が二匹に詰め寄る。声が低く、思わず佐助までがびくついてしまった。 「食べ物で遊ぶんじゃねぇ。政宗、こっちの食え。小さく切ったから」 「Oh〜!やっぱり小十郎は気がきくぜ」 ぽい、と爪楊枝から手を離して政宗が、ととと、と駆け込んだ。小鉢の中には小さくされた大根が、ほんわりと湯気を伴って入っている。 投げ出された大根には、見事に爪楊枝が6本刺さったままで、小十郎はそれを静かに取り上げると、自分の口に入れてしまった。 「旦那もそれ持っておいで」 「う…うむっ」 佐助が手招きすると、竹串にはんぺんとがんもを刺したままの幸村が歩いてくる。竹串を取りあげ、佐助が解していく間、幸村はちょこんと座って待っていた。 「そういえばさぁ…」 慶次がほんのりと頬を紅く染めて聞いてくる。観れば元親も慶次もかなりの量の酒を煽っていた。 ――この酒豪二人が酔い始めるって、どれだけ… ふと佐助がそんな風に思っていると、慶次がビールの缶を咥えたままで佐助を指差してきた。 「佐助と幸村って、何処までいったの?」 「は?どこって…全部?」 軽く応えると、ぐほ、と小十郎がビールを咽こんだ。「何やってんだ、小十郎ぅッ」と政宗が叫ぶ。元親は聞いていないらしく、何とかして元就からもち巾着を奪おうとしている。 「そう…なんだ?へぇ〜」 「言ってなかったっけ?」 「なんかほんのり聞いたような気がしてたけど。って、幸村?」 慶次が大人しい幸村に気付いて見下ろすと、ちんまりとした背中を丸めて、はんぺんに噛り付いている幸村が、ひたすらもくもくと口を動かしていた。 ほっぺにはんぺんを押し込み、食べることに夢中になっている。 「なぁ、佐助、これの何処に惚れた訳?」 「え?全部?」 「ぐほ…ッ」 再び小十郎がビールを噴出す。そして徐に顔を上げると、鍋の中から昆布を取り出して佐助の小鉢に放り込んだ。 「何で昆布ッ!」 「結び混布だ、目出度いからな。食え」 「ええええええ?」 その合間にも「お前はもっと肉付けろ」と小十郎が佐助の小鉢に練り物を押し込んでいく。ぐつぐつと揺れるおでんの鍋、そして酒と、皆が集まると、外の寒さが嘘の様に部屋の中は温まっていった。 佐助がビールの味に、うんまいなぁ、と頬を赤らめ始める頃、右隣では元親と元就の攻防が続いていた。 「ぐぬぬぬぬ…」 「いい加減…俺にも、寄越しやがれッ」 「誰が渡すものかッ」 元親の箸の先には、もち巾着。そして元就もそれに手を伸ばして、精一杯ひっぱっている。だが身体の大きさが物をいい、元親がひょいと摘み上げた。 「っはっは――ッ!ざまぁみろッ!」 「こしゃくなッ!」 頭上に持ち上がったもち巾着を眺めて、はっ、と元就が飛び込む。そして元親の箸の先にあったもち巾着の――油揚げの部分にしがみ付くと、くあ、と元就は口をあけた。 ――ばくっ。 「あっ!元就…手前ぇッ!」 ――じゅるるるっ! 元親が慌ててもち巾着を引き寄せようとする。しかし時既に遅く、噛り付いた元就はきんちゃくの中のもちだけを吸い込んでしまっていた。 ――とん。 ぶらぶらと箸にひっかかるのは油揚げだけだ。それを他所に、元就が華麗な着地を見せる。そして口元を手で、ごし、と拭い去ると、振り返って「フンッ」と鼻を鳴らした。 「くっっそぅぅぅぅッ!お前、可愛くねぇッ」 「結構、我は可愛くなくて結構だ」 「あああもう悔しいぜッ」 「たかが、おでん如き、熱くなるな」 ごしごし、と口元を拭う元就に、頭上から小十郎が「お前もな」と付け加えていた。 佐助の向かい側に座るのは小十郎だ。先ほどからおでんの中身を見つめたり、台所に行って残った具材を足したりしている。そして佐助の左隣には慶次が顎先をテーブルに載せて、背中を丸めていた。 「なぁんか、元親と元就って同レベルだよねぇ」 慶次が笑いながらそう言う。それに頷いていると、幸村が小さな手を伸ばして、佐助の指にしがみ付いた。徐に指先に鼻を近づけて動かしていく。 ――くんくん。 「どうしたの?旦那?」 「何やら…香ばしい香りがするでござる」 「香ばしい?」 ――ぺろ。 「――――ッ!」 不意に指先に小さな幸村の舌が触れる。そして幸村は小首を傾げて、味はせぬ、と唸った。だが佐助はそれ処ではない。ふるふる、と指先を震わせて固まっていると、佐助の目の前に慶次の手が翳される。 「おーい、戻って来い、佐助」 「やだ…今の俺様、妄想に走りたい気分……ッ」 「人としてミニマムに欲情しちゃいかんと思うぞぅ?」 戻って来―い、と慶次はにやにやしながらも笑っている。そして手元では幸村が「なんでござろう、この香り?」と小首を傾げ続けていた。 「あ…ッ、忘れてたッ!」 「どうした、小十郎?」 はた、と口元にこんにゃくを押し込めて小十郎が立ち上がる。そして、皆に「まだ食えるか」と聞くと、彼らは「勿論」と頷いていった。 慌てて台所に戻った小十郎が手にしてきたのは、炊飯器だった。それを持ってくると、幸村がぴょこんと顔を起す。 「すっかり忘れてたぜ、これだ、これ」 ――おでんには付き物の。 小十郎は彼らの目の前で炊飯器をあける。すると、ほんわりと茶色に染まった飯が其処にあった。そして香ばしい香りが鼻先を擽る。 「茶飯だ。今日はほうじ茶で炊いておいた。それと、大根の金平」 とんとん、と目の前に皿が置かれる。それを眺めてから、佐助が「飯くらい俺がよそいますよ」と小十郎からしゃもじを受け取った。 「茶飯かぁ〜。でも何でおでんには茶飯?」 元親が卵に口をつけながら聞くと、小十郎は「知らん」ときっぱり答えた。佐助も慶次もそれには首を振ったが、定番品は外せない。 「はい、旦那にも。これは政宗の分、元就の分ね」 とんとん、とぐい飲みに飯を入れて彼らの前におくと、ほんわりと頬を染めて彼らは喜んだ。幸村は米粒に手を突っ込んでは口に入れているし、政宗はまず小十郎に見せにいった。そして元就はぐい飲みを抱えて、元親の元にいくと、彼の前にちょこんと正座をする。 「あ〜…皆可愛いなぁ。俺も市か、かすが、連れてくれば良かった」 しょんぼりしながら慶次が呟く。元は彼のところにいた三匹だ――何をするにも、見るにも、全て一緒だったのが、今では異なった場所に存在している。 「寂しくなったらいつでも言えよ、な?慶次」 「政宗…」 呟く慶次の前に進み出て、政宗がにこりと口元に笑みを浮かべる。片目に包帯を巻いている姿は変わらない。だが政宗の笑顔を見て、慶次はホッと胸を撫で下ろしていた。 「皆、大事にされてて俺は嬉しいや」 ぐい、と慶次は缶を開けると「片倉さん、俺に大根頂戴ッ」と声をかけていった。 殆ど皆が食べ終わる頃、小十郎が串にささったうずらの卵を取り出した。 「あれ?そんなのあったの?」 慶次が聞くと小十郎は小さく頷いた。今の今までずっと煮込まれていたうずらの卵は汁を染みこませて、おいしそうな茶褐色になっていた。 それを取り上げ、串を外すと小十郎は政宗を呼んだ。 「ほら、卵。味が染みてて美味しいぞ」 「OH!小さい卵だ!」 「お前の大きさには調度良いかと思ってな」 政宗は両手でうずらの卵を持つと、さっと小十郎の前に差し出した。小十郎は躊躇うことなく口を近づけて、ふう、と冷ましていく。 そして「いいぞ」と言うと、政宗は嬉しそうに卵に齧りついてった。 一連の動作を見つめていた佐助が、幸村の頭をなでながら、じっと小十郎に視線を向ける。 「あの…片倉さん」 「何だ?」 「一番、こいつら甘やかしているの、あんただと思うんだけど」 幸村は一緒になって「片倉殿は甘いッ」と両手を挙げて叫ぶ。因みにそんな話をしていても、元親と元就は再びおでんの具材争いに燃え始めていた。 小十郎は手元の缶ビールを、こく、と咽喉に流してから「さぁな」と口元に笑みを浮かべていくだけだった。彼の前では政宗が嬉しそうに、二個目のうずらの卵に手を伸ばしている処だった。 了 091125/091225 up |