今年もあと少し





 ホテルで会食だなんて、面倒臭いと思うか、好機と見るか、それはその時々による。元親は手元にグラスを持ったまま、ふらりと会場内を歩いていた。
 立食パーティと言えば聞こえはいいが、これも一種の仕事だ。だがそれも時間がたつに連れて疲れの方がどっと押し寄せてきてしまう。

「何か食うかな…」
「元親」

 オードブルのテーブルに近づくと、胸ポケットから元就が顔を飛び出させる。
 また何か強請るつもりだろうと、皿を構えて元就に、どれがいい、と聞いてみた。簡潔に聞くのは、此処が一応外だからだ――どうしたって独り言を言っているようにしか見えないだろうと思っての、せめてもの配慮だ。
 元親が自分用に、カナッペを取ると、元就はくるりと綺麗な瞳に光を反射させて見上げてきた。大きな瞳が、中のシャンデリアの光を反射させている。

「元親、そなた、具合が悪いのではないのか」
「ん?どうって事ねぇよ」
「だが、熱いぞ、貴様」

 元就はポケットから這い出て、元親の肩にひらりと飛び乗る。そして顔を近づけて、元親の額に小さな手を当てた。その間にも、元親は構わずにテリーヌを取ったりしている。

「やはり、貴様、常より熱い」
「そうか?此処、暖房効いているからじゃねぇ?」

 ――さく。

 カナッペを口に入れながら小声で言うと、元就は元親の頬に手を付いて、溜息を付いた。そして、ぺちん、と小さな手で元親の頬を打つ。

「たまには休め、うつけ者が」
「そう言うなよ」

 はは、と笑い飛ばすと、元就が眉を寄せて頬を膨らませた。正直な所、朝から調子は良くない。だが今日で出張も終わりだし、この後はホテルで寝るだけだ。だから、少しくらい踏ん張れる。

 ――考えないようにしていたんだけどな。

 元親が、ふう、と溜息をついた。すると元就は心配そうに瞳をぱちぱちと動かして覗き込んでくる。

「まだ、休まぬのか…?」
「解ったよ、挨拶してそろそろ引っ込むから」

 ――だからそんなに泣きそうな顔すんな。

 肩を触るかのように手を動かして、肩に乗っている元就の頭をわしわしと撫でた。そして手に持っていた皿をスタンドに置くと、元就を其処に置く。
 ハイテーブルに肘をついて、持っていたオレンジジュースを飲み干すと、元就に「それ食って待ってろ」と告げて元親は人ごみの中に入り込んでいく。
 その後姿を見送って、元就は小さく背を丸めると、手を伸ばしてテリーヌのかけらを口に入れた。

「なぜ、あやつはああも頑張るのであろう?」

 ――いつか、息切れしてしまうだろうに。

 もく、と口の中のテリーヌを噛み潰す。こんなに側にいて、優しく触れてくれるのに、どうしても踏み込めない部分がある。

 ――幸村のように、実体になれれば。

 そしてもっと間近で触れ合えれば、それもまた変わるのだろうか。
 大事にされ、優しくされているのに、どこか切なくなる――元就が、もそもそ、と皿の上を綺麗に片付けていると、襟元を解きながら元親が近寄ってきて、元就の顔を見るなり、ふわり、と笑った。

「待たせたな、元就」
「待ってなど居らぬ」
「――ふふ、まあ、何でもいいや」

 ぷい、とそっぽを向くと、ひょいと抱えられる。抱えてくる元親の手が熱かった。その手にしがみ付きながら、元就は小さな手で、きゅう、と元親の指を抱き締めていった。
 その仕種に気付いているのか、いないのか、元親はふらふらとエレベーターへの道を歩んでいった。











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