幸村観察日記





 自転車に乗って坂道を下り降りる。加速されて風が気持ち良いくらいだった。

「旦那ぁ、大丈夫?飛ばされてない〜?」
「だだだ大丈夫でござるぅぅぁぁぁあああああッ!」
「あははは、楽しんでるみたいねぇ?」

 びゅん、と身体を浮かされながら、旦那が籠の上でじたばたしている。今日は休日ということで、近くの公園にピクニックに行くと事にした。
 自転車の荷台の上には弁当箱の入ったリュックと、その取っ手に捕まる旦那――正直、飛ばされないか心配だけれど、本人は自転車初体験のようで、先程から漢前な絶叫を轟かせている。

「ふおおおおおおおおおおっっっ」

 取っ手に捕まっていると、びゅん、と身体が浮いた。小さな身体が軽く風に舞ってしまいそうで、心なしスピードを緩めた。それでも心配で自転車をとめた。

「マジで落ちないでよ?」
「佐助殿、何をなさるか!」

 あまりに浮かれている――いや、浮いているものだから、旦那の鉢巻を解いて胴体とリュックの取っ手を縛り付けた。

 ――うん、これなら飛ばされないよね。

「だって飛ばされそうなんだもん。こうしておけば大丈夫でしょ?」
「く…屈辱でござる…ッ」

 くぅ、と俯いて悔しがる旦那の唇が、アヒルみたいになっていた。

「はいはい、わがまま言わないの」

 調度、横断歩道の信号が変わった。俺様はそのままスピードを上げて自転車を漕いでいった。










 流石に久しぶりの自転車は腿に来る。公園内は芝生が気持ちよくて、思い切って寝転んだ。鼻先に草の香りがしていた。すると旦那が、もさもさ、と草を――芝生を掻き分けていく。

 ――探検かな?

 旦那の葉はちゃんとポケットに入れている。だから旦那が居なくなることもない。寝転んで、草のにおいを嗅ぎながら小さな後姿を見送った。

 ――ちまちましてるなぁ。

 紅い服が緑に映えている。じっと寝転んでいるとそのまま寝入ってしまいそうで、思い切り起き上がった。そして弁当を拡げる。

 ――旦那の胃袋って、たぶん四次元だよね。

 何処に収まっているのかがいつも判らない。食べるのだから、出すのは――と下世話なことを考えてしまった時もあったが、特にそういう素振りもなく、慶次に言わせると「本体に吸収されてるんじゃない?」というものだった。

 ――謎だらけだよ、旦那…

 ま、それも楽しいからいいかなぁとも思う。タッパに詰めてきたおかずを出し切ると、ちょうど草をもさもさと掻き分けて旦那が戻ってきた。だが後ろに腕を組んで、のたのた、とぎこちなく歩いてくる。

 ――いつもみたいに、腕振ってくれば良いのに。

「旦那、何処行ってたの?食べよ?」
「佐助殿ッ、これを!」

 もじもじしていると思ったら、後ろ手にしていた腕を、ぱっと前に突き出した。
 旦那の手はシロツメクサみたいに小さい、そして、その手にクローバー。

 ――四葉の、クローバーだ。

「それ、俺様に?」
「幸せを呼ぶのでござろう?某、佐助殿が幸せになってほしいと…」

 にぱ、と頬をふっくりさせて微笑む旦那が、俺様のために取って来てくれた。そう思ったら嬉しくて小さな身体を抱き締めた。

「ありがとう、旦那」

 頬を摺り寄せるといつも、破廉恥、とか言うけれど、今日ばかりに言わなかった。

「俺様今すごく幸せだよ?」
「――…?」
「旦那が来てくれて、俺様すっごく幸せ」

 嬉しくて、嬉しくて、思いっきり笑い顔になっていると、旦那は小さな手で自分の顔を隠してしまった。

 ――お礼に、たっぷりおかずをあげよう。

 服の赤よりも真っ赤になる旦那の前に、唐揚げや卵焼き、お握りなんかを積み上げると、今度は涎を口元から、だらり、と流しながら瞳をきらきらさせていた。

「ほんっとに、旦那って…」
「――…?」

 呟くと、もちもち、と口を動かした旦那が首をかしげた。頬がご飯で一杯になって膨れている。この可愛い花の精とこれから一緒だと思うと、にやけて仕方ないんだよね。

「またピクニックに来ようね?」
「勿論でござるッ!」

 唐揚げを両手に抱えた旦那が嬉しそうに笑った。それに釣られて俺も笑っていった。










091108up