お寿司を食べよう





 ――なんでこんな状況になってるんだっけ?

 佐助は思わず暗くなったフロアを見ながら、はあ、と溜息をついた。薄暗い骨組みだけの家の中で、がさがさと買って来た惣菜を取り出す元親を見上げながらも、図面を見ながら電話をしている小十郎のほうへと耳を傾ける。

「ほらよ、佐助。お前、細巻きどれ食う?」
「あー…納豆とかんぴょうで」
「――トロとか言わねぇのな」
「なんですか、その憐れみのような眼差しは!」

 パックを受け取りながら、ついでにちらし寿司を取り上げる。元親は「お前、高いネタ食ったことある?」と冷やかしながら言った。

「失礼な人だなぁ、主任ってば」
「何とでも言えや。片倉さんよ、どれ食います?」
「握りの方がいいな。そ、長曾我部、お前が今持ってる奴」
「これ?――はい」

 取り出したままの格好で元親がパックを差し出すと、ぱたん、と携帯を閉じて小十郎が、ふう、と息を吐きながら佐助の横に座った。

「で、どうです?これ。凄ぇでしょ?」
「確かにな…お前が見せたいって言う意味が解ったよ」

 小十郎が骨組みを見上げながら、ふふ、と口元に笑みを浮かべる。
 此処には元親の勧めで、仕事帰りに立ち寄った。何でも彼が世話になった棟梁の作っている家だという。

「俺の家もこうやって作ってもらったんだぜ?」

 ぱく、とイカを食べながら元親が話す。まだ骨組みだけの家の床――というか、土台に腰掛けてこうして夕飯にありついている訳だが、壁のない家と云うのはとても不思議な感じがする。
 佐助が感心しながら、細巻きを口に咥えた。かなり長い細巻きを齧りとり、手に持ちながら息を吸い込む。すると木の素材の香りが鼻にくる――まるで山の中で食事をとっているような気がしてしまう。

「元親よ、我にも何ぞ寄越すが良い」
「おい、人が浸ってる時に水を挿すなよな」

 不意に皆が上を向いていた顔を元に戻した。すると約10cmの大きさの花の精――元就が元親の腿に乗りながら両手を彼に差し出していた。
 元親は箸でがりを掴むと、ほれ、と渡す。元就はがりのにおいを、くんくん、と嗅ぐと、かり、と齧りついた。

「――――…」
「あ?元就、お前……それ食えるのか?」

 元親が箸を止めて見下ろす中で、元就は大きなガリから滴を垂らしながらも、かりかり、と齧っていく。

「何か問題でもあるのか?甘酸っぱくて、少々刺激もある」
「ええええ?俺てっきり噴出すものと…」

 元親が思わずもらすと、元就が空かさず元親の腿を足でだんだんと踏み鳴らした。そのまま箸の入っていた袋を掴み、ばしばし、と元親に打ち付ける。

「貴様、沈むが良いッ!我を虚仮にしおってッッ」
「お前の攻撃なんざ、きかねぇよ」

 ふはは、と元親が笑いながら今度はマグロを口に運んでいた。佐助の横では小十郎がパックの蓋の上に卵を置き、それを箸で小さくすると中に入っていた爪楊枝を突き刺す。

「政宗も食うか?」
「おうっ!卵だな?――俺、小十郎の作った卵焼き好きなんだよなぁ」
「これは市販のだぞ?」
「解ってるって。後で作ってくれよぅ」
「え、片倉の旦那、ご飯作るの?」

 いそいそと政宗が小十郎のスーツの上着から出てくると、ととと、と歩み寄ってくる。そして政宗は用意された爪楊枝を手に取ると、嬉しそうに大きく口を開けて放り込んでいた。
 だがその横で佐助も元親も瞳をひん剥いて驚いていた。

「何だ、お前ら…その顔は」
「俺、片倉さんって自分で料理しない性質だと思ってたぜ」
「俺も…こう、彼女とかに作ってもらってるイメージが…」

 手を止めて元親と佐助が小十郎に注目すると、彼はぶっと噴出した。小十郎の膝の上では政宗が「こいつの料理は美味いぞ」と指を指して言っている。

「お前らの幻想は捨てておけ。一人の生活長いからな、一通り出来るぞ」
「へぇ〜…!」

 佐助が感心しながら、手元に置いていた納豆巻きを取り出して咥えた。

 ――ずしん

「ん?」

 自棄に納豆巻きが重い。持ち上げた先を見やってから――勿論端っこは齧り込んでいるので、咀嚼はし続けている――佐助はがっくりと額を押さえた。

「ふごごご、ごご」
「――旦那…」

 観れば反対側に幸村が齧りついていた。そしてそのまま納豆巻きごと釣られている。

「あんた何やってんだよ――ッ?」
「ふごごご、ごご―ッ」

 ぷらん、と身体を宙に浮かせながらも、もごもごと齧り進めていく姿が可笑しい。佐助は腹を抱えながら、その場に転がって笑いたい気持ちに駆られていった。












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