はじめての夜の話 三話: 異変に気付いたのは、小十郎が寝入ってから直ぐだった。微かにうなされる声に、本体の中で休んでいた政宗が姿を現す。 「どうした…?」 声をかけても届くことはない。だが声をかけずにはいられなかった。小十郎は手を伸ばして、何かを掴もうとしていた。だがその手は空を切るだけだった。 「おい、大丈夫かッ?」 ――ふわんっ。 勢いで飛び出すと政宗は青い服の裾を翻して彼の元に寄った。あまりに心配で思わず身体が大きくなる。だがそれも透けていて頼りない。 ――ひやり 手を伸ばして小十郎の額に触れると、その額が熱い事に気付いた。 「冷たい…――なんだ?」 触れていると微かに小十郎が瞳を開ける。汗で額に髪がしっとりと付いてしまっていた。政宗はそれを払いながら、小十郎の顔を覗き込んだ。 「幽霊なんて、見たことなんてねぇが」 「直ぐ、治るから」 政宗が何度も小十郎の額に触れていると、ほ、と安堵したかのように彼が声を絞り出す。 「熱い…――咽喉、渇いた」 「お前の熱、俺がもらってやれればなぁ」 小十郎の切ない顔を見ながら、ぎゅっと胸が締め付けられる。政宗も幼い頃、病気をした経験があった――人と植物ではその程度は違うだろうが、その時の事を思い出す。 熱い小十郎の頬に政宗は冷たい両手を添えた。 ――ひたり。 そして小十郎の額に自分の額をつき合わせていく。政宗はふと服の中にあったかすがの滴を、口に含むとそのまま小十郎の唇に重ねていった。 「――――……」 する、と乾いた小十郎の唇に自分の唇を重ねる。すると、瞼が動いて小十郎が瞳を開けようとした。それに手を添えて視界を塞ぐ。 「気持ちがいい…――冷たい、気持ちのいい手だ」 小十郎がそう呟いていく。その声を聞きながら、政宗は自分の唇に拳を当てて、困ったように眉を下げていた――どんな表情をしたらいいのか解らない。 ――なんで俺、こいつに…? 気付いたら口付けていた。その事を考えていると、再び小十郎が政宗の手の感触に心地よさそうに溜息を吐く。 政宗はただ自分の姿が保つまで、ずっと小十郎の額に手を添えていった。 了 090831/090928 up 第一話の夜のお話。 |