はじめての夜の話


一話:


 佐助が寝入ってしまうと、幸村はぴょこんと身体を縮めた。そして拳をきゅっと握りこんでから、大きく身体をそらせた。

 ――ふわっ。

 小さないつもの身体が、ぶわり、と大きくなる。
 そうすると佐助とほぼ変わらない大きさになった。幸村は今にもくらくらとしてくる頭を振ると、自分の手元をじっと見た。

 ――やはり、姿を保てぬか。

 視線の先の手は透けて下の床が見えている。触れると感触はあるのに、どこか頼りなげに透けてしまっている。

 ――時間がない、今のうちに…

 幸村はかすがに貰った小瓶を手にすると、そっと佐助の頬に手を添えた。

「どうか、どうか…」

 佐助には聞こえていないはずだ。だが幸村が口にすると、佐助が少しだけ動いた。びく、と肩を揺らすと、掠れた声がぼそぼそと佐助から聞こえる。

「どうしたの…?」
「貴殿と、話をしたいのでござる」
「今、話しているじゃないか」

 佐助が呟く――たぶん彼はまだ夢心地のままで話しているのだ。幸村は少しだけ困ったように眉根を下げた。

「貴殿が、某の姿や声が聞こえれば…」

 透ける手を佐助に伸ばして、彼の頬を包み込む。するとゆっくりと佐助の手が重ねられる。幸村はそっと彼の唇に――口で瓶のコルクを抜くと――滴を垂らした。

 ――ぽた…ぽたた…

 濡れた感触に佐助の口元が開く。幸村は指を伸ばして、そっと彼の唇に当てた。すると滴を彼は舌先で掬っていく。その際に幸村の指先も微かに舐められてしまった。

 ――うわ…ぁ…――ッ

 びくん、と幸村が指を引っ込める。そして覗き込むと佐助は、すうすう、と寝息を立てていた。

「どうか、効きますように」

 祈るように幸村が佐助の頬を包む。そして彼の額に自分の額を重ねる。すると長い髪が彼の上に、はらり、と降りて波紋を描いた。

 ――どうか、どうか、効きます様に。どうか、某に気付いて。

 祈りを込めて胸内で何度も繰り返す。そうしている間に、幸村の身体はすぅと消えていった。














090831/090928 up 第一話の夜のお話。