ご飯を食べよう





 給料日前ともなると食卓が乏しくなる。佐助は帰って来てから手を洗ってうがいをしながら、冷蔵庫を開けた。そして中を眺めてから、うーん、とひと唸りする。
 そして冷凍庫から保存していたご飯を取り出すと、レンジの中に入れる。

「おかえりでござる」

 ふと部屋の方から幸村が大声を上げた。見れば定位置のローテーブルの上で、ぴょんぴょんと跳ねている。今日は職場に連れて行かなかった。
 なかなかに彼は物覚えがよく――というか、慶次と過ごしていた際に覚えていたのか、PC前でDVD鑑賞に夢中になっていたのだ。
 朝に、海外ドラマのDVDを数枚出して置くと、幸村は瞳を輝かせていた。

「ただいま、旦那。何、全部観たの?」
「観ましたぞ、時間があったので二回ずつ」

 両手を佐助に差し出して、まるで抱っこを強請るかの様子に、佐助はすとんと腰を下ろした。そして手を差し出すと、ぎこちない動きで掌によじ登る。

「面白かったでござる!続きが気になって、気になって」
「でもあれ英語だろ?解るの?」
「じまくは読めるでござる」
「そっか。じゃあ、後で借りに行こうか」
「本当でござるか」
「うん、俺も観たい映画あるし」

 こくこくと幸村が頷く。だがその前に佐助の腹の虫が限界を訴え始める。今日は昼から何も口にしていない。まずは腹ごしらえだとばかりに、幸村をテーブルの上に置いてから、冷蔵庫を開けていった。










 目の前にほかほかと湯気を立てるご飯を置き、その横に小鉢に入った納豆を置く。さらにインスタントの味噌汁だ。給料日前は大抵こんな食卓になりやすい。
 佐助はローテーブルの上にそれらを置くと、グラスに水を注いだ。そして両手を合わせる。

「頂きまーす」
「――――…ッ」

 箸を持って、茶碗を抱える。だが佐助は食事を口に運ぶ手を止めた。
 佐助をじぃと見つめている二つの目――くりくりとした大きな、葡萄のような瞳がこちらを見つめている。

「………」
「――――ッ」

 ぼたた、と小さな幸村の口元から涎が流れ出る。幸村は何時の頃からか、佐助が食事を取る時に興味深々で見つめてきていたが、今日もまた釘付けになっている。
 ことん、と箸を置いて佐助は幸村に苦笑する。

「あのさ、旦那」
「な、何でござるか?」

 じゅる、と幸村は零れていた口元の涎を拭いながら、ハッと我に返って佐助に向き合う。

「食べにくいんだけど」
「……?」
「見られていると、食べにくいんだけど」

 ――だからあんまり見つめないで。

 指先を伸ばして佐助が幸村の頭を撫でる。すると幸村は慌てて、佐助の指先を掴むと、頬をぷっくりと膨らませたまま、佐助とご飯を交互に見る。

「あ、いや…その、佐助殿がいつも食されているものが」
「うん?」
「どうにも美味そうに見えて…」
「そうだね、涎で海できそうだもん」

 佐助に促されて幸村は自分の足元を見た。観れば其処には涎の海が出来ている。だら〜と出ていた先ほどの名残だ。
 幸村は、ぼふ、と紅くなると、こっくりと頭を下げた。三頭身なので頭の方が大きい――そのままよく前に倒れないものだと佐助は、頬杖をつきながら思った。

「でもさ、お花なら食べなくても大丈夫でしょ?」
「確かに、本体に水を頂ければ…」

 本体の鉢の方には、朝にたっぷり水をあげている。時々、グラスに注いだ水に花の精のほうの幸村が飛び込んでいるときもあるが、その他には普通の花と同じで肥料を上げているだけだ。それで今のところ問題はない。
 佐助は、うーん、と一度唸ると、ぺたりと座ってしまった幸村に提案してみた。

「――食べてみる?」
「いいのでござるかッ!」

 ぱあ、と幸村が表情を変える。本当に喜怒哀楽が解り易い。幸村の笑顔を見ると、釣られて笑ってしまう自分がいる。

「一口ね、どんな変化あるか解らないし」
「ううう、嬉しいでござるぅぅぅ」

 幸村は両腕を上に伸ばして、やりましたぞぉぉぉ、と叫んでいった。










 佐助は自分の茶碗を見てから、流石にそのままあげるわけにはいかないと気付く。

「今あげるから、ちょっと待ってて」
「―――-…?」
「熱いから、冷ましてからね」

 辺りを見回してから、佐助はぐい飲みを一個持ってきた。ぐい飲みは会社の忘年会での出し物で貰った一品だ。それを一度幸村に渡すと、調度彼の膝の上に乗った――幸村にとっては少し大きな丼という感じだ。佐助は再びぐい飲みを取り上げると中にご飯をいれ、その上に小鉢から納豆を掬い上げ、置いていく。そして幸村の前に差し出す。

「食べられるかなぁ…?」
「いただくでござるッ!」
「はいはい、ゆっくりね」
「――むぐ?」

 米粒を手に取り口に運ぶ仕種がちまちましていて、佐助は箸を止めてそれを見ていた。すると、幸村は白い米粒を口に含んで頬を膨らませる。まるでリスのようだった。

「――ぁ、甘い」
「へぇ、大丈夫そうだね」

 びっくりしたかのように、米粒に瞳を輝かせる。確かにご飯は噛めば甘く感じる。佐助も同じように自分の分を食べながら、良かったね、と頷く。

「これ…美味しいでござるッ!」
「それはご飯だからさ、納豆食べてみ?本当はちゃんとしたおかず作ればよかったんだけど」

 膝の上にぐい飲みを抱えた幸村が、そろそろと納豆に手を伸ばす。すると、べた、と糸を引いた。べたりとする感触に、口元がいーと食いしばられ、眉根が寄っていく。

「――…何か、べとべとするでござる…」
「まぁ、確かにね」

 ――でも美味しいから。

 佐助の一言で、幸村の咽喉が小さく、こくり、と動いた。そして手元に納豆を見つめ、意を決したように一度、ぎゅっと瞼を引き絞る。

「いざ…――ッ!!」

 ばく、と幸村が納豆の粒を三つ口に入れる。その間、ぎゅっと引き絞った瞳が、徐々に緩んで見開いた瞳がきらきらと輝いていく。

「どう?」
「う……」
「う?」
「うまい…ッ!!これ、これなんでござるか?」
「納豆だよ、納豆。今日は中に葱と、味噌、それに少し砂糖を入れているから、ふわふわでしょ?」

 口の周りをべたべたにしたままの幸村が、もっと、とぐい飲みを差し出してくる。見てみれば其処は既に空になっていた。

「でもさ、納豆ご飯食べるお花ってどうなのさ?」
「――某らは雑食でござるゆえ、お気に召されるな」
「そう?」

 佐助がじっと幸村を見つめている間に、三回ぐい飲みを開けて行く。ほほえましいのだが、少しばかり心配になる。佐助は味噌汁を啜りながら、明日になったら慶次に聞いてみよう、と思った。













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