昔の、懐かしい、取り戻せない時間 





「ええと、間違っていたら言ってくれる?」

 慶次が桜の舞う樹の下で、目の前の女性に話しかけた。額に手を当てて、うーん、と唸る慶次に彼女は、いいわよ、と頷いてくれた。

「まず、花の精はほぼ全部の植物にいるよね。で、あんまり小さいと形が出来てなかったり、切花だと名残のようなキラキラしたのがまとわり付いてる」

 こくり、と彼女が頷いた。

「植物自体の大きさが、お花の精の大きさにも関わってて…その、何百年も存在していて、しかも土に根を下ろしている君みたいな場合は人と変わらない大きさでもいられる」

 そうよ、と彼女は木の根に腰掛けて頷いた。

「あと花期になると力が増すから、小さなお花も等身大の大きさになれたり、実体になれたりするけど…それは植物の種類によって色々違ったりもする…だよね」

 間違ってないわ、と彼女が手を動かすと、ざあ、と花びらが舞った。

「――夜は本体に戻っていることが多いし、花期以外でも大きくなれるけど、力が弱いから幽霊みたいな感じだったり…なんだよね?」

 くすくす、と彼女は笑った。二人の間に春風が舞って、彼女の髪を揺らしていく。

「…秀吉に、姿を見てもらって…そしたら、どうするの?」
「どうもしないわ」
「でも、庭の…君を伐るって」
「仕方ないわ。私が秀吉を好きでも、仕方ないことなの」

 彼女は両膝を抱えて、その上にころんと頭を乗せた。慶次はその横に座って肩を寄せた。

「俺、まだ自信ないな。花の精が見えても相談できるの、君くらいだもの」
「永く生きすぎたから…貴方だけじゃなくて、今までに何度か見える人に出会ったわ」

 ――楽しかったの。

 そう言った彼女の左の足が変色していた。それを隠すように彼女は服を寄せる。
 左の足の変色――樹が、終わりを迎えようとしていた。

「俺、忘れないから」
「桜なんて、何処にでもあるわ」
「違う!俺の桜は、君だけ…だから」

 彼女に逢えなくなるのが辛かった。好きだった。彼女の横で俯いていると、彼女は小さな頭を慶次の肩に乗せて、最期の夜には一世一代の花吹雪を見せましょう、と笑っていった。






 その年の春、桜は天に舞い上がるほどに花びらを煌かせて。
 そして彼女は消えていった。











09831/091204up