水中花





 細工物で水の中にいれると花が咲くように開く――工芸品を貰ったことがあった。

「けいじ これを」
「うん?何、これ…――お茶?」

 ころん、と休憩時間の謙信は病院内のラウンジでコーヒーを飲みながら、慶次に手を差出してきた。促されるままに手を差し伸べて、受け取る――すると、掌に小さな丸い塊が乗った。

「こうげいちゃ というらしいです」
「良い香りだなぁ。これ何茶?」
「じゃすみん だと」

 ふわ、と謙信が笑いながら話す。慶次は時々、花屋の目の前のこの病院に訪れていた。仕事という時もあるし、ラウンジを利用したりもする。最近の病院はカフェまで併設されている処も少なくなく、便利なものだ。

「ありがとよ、早速飲んでみるわ」

 貰った工芸茶をエプロンの中に押し込めると、慶次は目の前のケーキに手を伸ばしていく。それを眺めて、謙信はほっこりと微笑んだ。










 ――しゅんしゅん。

 小さな給湯室をもったこの花屋の一角で、慶次は売り上げのチェックや、花のメンテナンスを行いながら店内をゆったりと歩いていった。
 長い髪の毛の先に今日は政宗がぶら下がり、びよん、びよん、と動かして遊んでいる。もともと腰まである髪だ――その先が動きに合わせて揺れるのは仕方ない。
 すると、慶次の視界の先で、赤く丸い塊がぴょこぴょこと動いてた。

「前田殿、湯が沸き申した!」

 見れば幸村が給湯室の方へと身体を乗り出して、様子を知らせてくれる。

「ああ、ありがとう。さてと、お立会い〜ってか、政宗いい加減やめろよな」
「いいトレーニングになるんだぜ?」

 ぶらーん、と政宗は慶次の髪につかまりながらも、そのまま今度はよじ登ってくる。構わずに慶次は給湯室から薬缶をもってくると、ころん、とカップの中に小さな玉を入れた。

「何だ、何だ、何が始まるってんだよ?」
「いいからさ」

 肩に飛び乗った政宗が伸び上がる。するとレジ横の鉢植えから元就が出てきて小首を傾げて、カップの中を覗きこむ。覗き込んでから、慶次を振り仰ぐ。少しだけ元就の服の先が白く変化してきていた――それを見て、花期が近づいたな、と少しだけ頭の隅に思っておく。じっと見つめていると元就もその気配に気付いたのか、自分の足元や袖元を見て、ふむ、と頷く。そして再び慶次を見上げると、小首を傾げてみせた。

「それは何ぞ?」
「謙信に貰ってきたんだ。良い香りだろ?」

 顔を近づけてカップを指差す。すると、レジ台の端っこから駆け込んできた幸村が同じようにカップの中を覗きこんで、慶次を振り仰いだ。

「おお、これは茉莉の香りでござるな?」
「ジャスミンか」

 肩に乗った政宗は、慶次の肩の上に胡坐をかいていた。三匹がカップに集中したのを見てから、慶次は手にしていた薬缶を持ち上げる。

「いいから、いいから。ほら、見てて」

 ――こぽぽ。

 カップから少し離れて彼らが見守る。慶次が湯を注いでいくと、中の工芸茶がゆっくりと解れてきた。
 ふわり、ふわり、と外側から開きだし、まるで菊のように大きく開いていく。すると元就が楽しそうにカップの淵をくるくると廻りだし、覗き込んでいく。

「おお、綺麗な…――」
「前田殿、開き申したぞ?これ、花みたいでござるッ」

 幸村は大興奮で手をばたつかせていた。肩口の政宗は、というと――鼻先をふんふんと動かして「良い香りだ」と開いた花よりも香りに興味が向かってしまっていた。

「面白いでしょ?これ」

 慶次が聞くと三匹は頷く。すると、くすくす、と肩口で政宗が笑った。

「Hey!幸村、そこの水盆に手前ぇ、飛び込んでみたらどうだ?」
「でもあれはウォータープランツの…」
「お前も今すぐ咲けるんじゃね?」

 ふっふっふ、ところりとした身体を動かしながら政宗が云うと、幸村は小さな拳を握って、ならば、と助走をつけていく。

「うおおおお、見ていれくだされ…――っ」
「はい、そこまでね」

 ――ひょい。

 走りこみかけた幸村を――幸村の首根っこをつかんで慶次が止める。すると肩口で政宗が、ち、と舌打ちをしていた。

「ふざけないの、いい?」

 慶次が二匹を止めている間、元就は只管カップの周りをくるくると回っては、瞳を輝かせていた。












090814 web拍手