Kiss me,please





 朝から晩までよく働くと自分でも自負しながら、慶次は遅めの昼食をとることにした。それでなくても先程から腹の虫が、けたたましく大音声を響かせていた。
 しかしながらこの店は慶次一人で切り盛りしている――バイトを雇っている訳でもない。だから休憩中と言えども慶次はレジのカウンターに居座っている状態だった。

「はぁ、つっかれた〜」

 どん、と弁当を取り出してレジの椅子に座る。椅子に座るだけでも結構違うものだ。足がぱんぱんになって来ており、慶次は拳で叩いていった。
 すると頃合を見計らったように、ととと、と幸村が近づいてくる。

「お疲れ様でござる!」
「慶次、今日も弁当食いながら観るのか?」

 同じようにレジ脇からは政宗が顔をひょこりと出した。そして幸村と一緒になってPCの前に座り込む。

「勿論。だって今レンタル安いんだよ〜。今のうちに見ておかないとさ」

 ――シリーズ物は。

 かぽ、と弁当の――タッパにご飯を詰めているものだが、蓋を外してレジ台に置きながら慶次はDVDを取り出した。客が来れば他の花の精たちが教えてくれる。だから気を赦しながらPC画面を操作して行く。

「本日もよい日和ぞ…」
「あ、元就。今DVD観るけど、こっち来いよ」
「何?例の続きか」

 そう、と慶次が応えると、日光浴していた元就も急いでレジ台に飛び込んでくる。そしてPCの前で三匹は正座して画面を見つめていた。

 ――そうか…こいつらにしてみれば映画を観るようなもんか。

 もぐもぐ、と口を動かしながら――昨日の残りのカレーライスを食べながら慶次が彼らの、小ぢんまりとした後姿を見守る。
 DVDは海外ドラマなのだが、字幕で観ている――それを理解している彼らに、字読めるのか、と感心しながらも慶次はストーリーにのめり込んでいった。

 タッパ一つにご飯、もう一つにカレーのルーを入れて、弁当にしてきた慶次が食後の茶とばかりに、ずず、と熱い麦茶を飲んでいると、画面の中では主人公のキスシーンが繰り広げられているところだった。
 すると空かさず幸村が目を両手で覆う。だがそれを引き剥がしに政宗が乗り出す。

「ははは…破廉恥な…――ッ」
「Hey!幸村…お前、いい加減慣れろよ」

 ころん、ころん、と幸村がPCのキーボード付近で転がりだす。それを笑いながらも政宗がからかい出す。幸村は真っ赤になっていた。

「しかし、某には刺激が強すぎるでござるぅぅ」
「静かにせぬかッ、わっぱども!」

 ぴしゃ、と元就の一言が響く。すると二人とも動きを止めた。

「す、すみません…――」
「解ればいいのだ、解れば、な」

 静かに元就が頷く。そして、そろそろ、と幸村と政宗が再び定位置について行く。

「――キス、かぁ…どんな感じなんだろう?」
「政宗殿、したこと無いのでござるか?」
「当たり前だろうが。誰とするってんだよ?」
「そ、某もまだでござるなぁ…」
「――……」

 ぽつん、と三匹が画面を見上げていく。それを頭上から見下ろして、慶次はくすくすと笑い出した。その笑い声に三匹が揃って首をめぐらせて振り仰ぐ。

「笑うなよな、慶次」
「ごめん、ごめん、政宗」

 ふくくく、と笑いを堪えると慶次は指先で三匹の頭を順番になでて行く。するとそれだけで、彼らはきゃっきゃと嬉しそうに手をぱたつかせた。

「いつか、貰い主にしてもらうといいよ」
「――…ッ」

 三匹が身体の向きを変えて慶次を振り仰ぐ。

「見えても、見えなくても。貰われる先は、恋した先だからね」
「どういう意味でござるか?」
「相思相愛、好きな人とする口づけは気持ちいいからねぇ」

 ――良いもんだよ、恋はさッ!

 そう言うと三匹は何を思ったのか、俯いて真っ赤になっていった。それを横目で見ながら慶次が弁当箱を洗っていると、入り口からかすがが「客だ」と教えてくれた。







「そういえば…あいつら、殆どDVDとかで人間の知識覚えてなかったっけ?」
 彼らが貰われていってから、ふと慶次は水撒きをしながら呟いた。その一言に、子どもだな、と入り口からかすがが話しかけてきていた。

「今頃、キスして貰えているといいねぇ…」

 そんな事を、彼らのいた日々を思い出して、ふくく、と咽喉の奥で笑いながら慶次は呟いていった。











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