おいしく食べて



 その日を迎えるに当たって、政宗は入念に食材を吟味してきた。あとは全て己の腕にかかってくる。散々、シュミレーションもしてきた。そしてこの日を迎える。

 ――あいつは滑りやがるからな。

 素早く裁くのは、勝負にでるようなものだ。
 政宗は食材を前にして、よし、と気合いを入れた。これからリミットは2時間以内だ。それまでに準備できなかったら全て水の泡になってしまう。
 ぎゅ、と手ぬぐいを頭に巻き付けてから、前を見据えた。袖をもう一度まくりあげ、そしてエプロンを締め直す。

「it's a show time」

 静かにつぶやくと、桶の中に入っていた獲物をつかみ込む。水から一気に引き抜くと、まな板の上に勢いよく押さえつけた。

 ――だんっ。

 頭に近い部分を縫いつけ、そこに包丁を差し入れる。するすると身がほぐれて開ききると、リズムよく裁いていった。
 そして三本の串を用意して、今切った切り身に差し入れる。もう一つ同じものをつくってから、用意していた備長炭の火鉢の上に其れを持っていった。

 ――ここからが勝負どころだ。

 あらかじめ、タレは用意している。じゅわじゅわと脂を滴らせる肉厚の身を、焦げないように注意しながら焼いていく。

 ――これの他に、卵とキュウリ、それから甘酢も用意しているし。

 さらには酢飯も作っており、準備万端だ。
 ぱたぱたと仰ぎながら焼いていくと、じわじわと熱気が伝わってくる。それと同時に汗が滴り落ちてきた。
 しかし汗を拭うこともせずに、そのままにしていると、火鉢の近くにぽたりと滴が落ちた。

 ――じゅわわわわ

 程良く脂が落ちて、表面がかりかりになってくる。頃合いを見て政宗は串を指先に挟んだ。
 三本の串を片手に、またもう片方も同様だ。

 ――ここからが勝負!

 ごく、と喉が鳴る。そして呼吸を止めながら、一気に両手で串を持ち上げてひっくり返した。

 ――じゅううううう。

 まだ焼けきっていない部分が、新たに焼け出される。そして脂との相乗効果で、火が上がった。

「――っと」

 ここで引いたら意味がない。政宗は収まるまでじっと様子をうかがい、今度は仕込んでいたタレを前に出した。
 二度目の焼きではタレを付ける。焦げ付きやすくなるから、ここからは勘に頼るしかない。
 ごくり、と喉をならしてから、一気にタレの中に串を放り込む。たぷん、と軽い音を立てて串に刺した身が中に入る。しかし漬けておく訳にはいかない。政宗は胸うちでカウントダウンを始めた。

 ――three,two,one…!

 カッと瞳を見開いて一気にタレの中に沈めていた身を引き上げ、下にタレが落ちる間合いも許さずに、火鉢の上に再びそれをおいた。

 ――じゅあああああっ

 先ほどの脂との非にならない勢いで音が鳴る。そして政宗は瞬きを忘れたかのようにそれを見つめた。

 ――ぽた…

 汗が再び滴り落ちてくる。それを合図とばかりに政宗は手にしている串を持ち上げ、再びタレに漬ける。あとは先ほどと同じ要領だ。

 ――気はぬけねぇ。

 じゃじゃじゃ、と音を立てる火鉢に向けながら、今度は一気に串を引き抜くことを考える。
 まな板の上は作業するためにあけてある。そちらにちらりと視線を向けてから、大きく腕を動かして両手をまな板の方へと向けた。

「one-eyes doragon!」

 ――すらっ。

 勢いで横になぐようにして腕を動かしながら、串を身から引き抜いた。そうすると政宗の手には六本の串が残るばかりだ。

「…I made it!」

 やり遂げた感満載につぶやく。だがまだ全ての行程を終えた訳ではない。政宗は手早く包丁を手にして、リズムを取りながら刻みだした。刻むのがリズミカルになっていくと俄然腕が鳴る。

「war dance!」

 楽しくなってきて政宗は大声で宣言しながら刻んだ。そうしている、たたたん、とまな板と包丁が良い音を立てていった。
 熱い身が脂をはじきながら細かくなっていく。

 ――半分はキュウリの中だ!

 ざざ、とキュウリの中にいれてから、菜箸で混ぜる。そして残りの刻んだ身も酢飯に混ぜた。さらに卵を焼き始め、そこにも刻んだ身を絡めていく。
 残り時間を気にしながらすべてを慎重に盛りつけ、さらにグラスを冷やしているかを確認した。

 ――ぴんぽーん

「あ、帰って来やがった」

 手をざざざと洗ってから、政宗は手ぬぐいを取りつつ、玄関に向かっていった。そしてドアを開けると、おかえり、と伝える。

「今日はうなぎだ。うなぎちらし、うざく、う巻き卵だ。残すなよ」

 開口一番にそう言うと、再び政宗は中に入っていく。しかし不意に足を止めて振り返った。
「なんで俺がうなぎ用意したか、お前、裏を読めよな」
「――」

 政宗の言葉に驚いていると、返答も聞かずに頬を染めた政宗がリビングに入っていく。その後ろ姿をおいながら、小さく口元で笑みを作るだけだった。




 政宗のお相手は、ご想像にお任せいたします。








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悪ふざけの一品。名古屋ぷちおんりー中にポメラでぽちぽち打っていました。