be my love ――告白なんて一生しないと思っていた。 紅い着物を着ている彼女を抱き締めた。馬から下りるのに手を貸して、そしてそのまま自分の胸元に閉じ込めた。 「好き」 「――…ッ」 びくん、と小さな体が震える。それでも離すつもりもなくて、ぎゅっと抱き締めた。掻き抱くように抱き締めるのは初めで、そして是が最後だと思った。彼女の温もりも香りもこの一瞬で覚え込むかのように抱き締める。 「ごめん、旦那…耐えられなかった。好きなんだ」 「ぁ………」 身じろぐ彼女をしっかりと抱きとめる。 あと少し馬で歩いたら城に着く。そうしたら、彼女は縁談の為に動くだろう。その前に、どうしても伝えておきたかった。 「身を引かなきゃならないってのは解ってる。でも理屈で解っていても駄目だ。俺は…あんたが好きだ」 「さ……すけ……」 「伝えるだけでもいい。知っていてくれるだけでいい。だから、言わせて」 「…――っ」 ぐ、と力強い力で押される。顔を起こしてみると、そこには真っ赤になりながらも、こちらに泣き笑いのような微妙な顔をした幸村が映った。 「旦那?」 「俺だって…いや、私だって……」 彼女はその先に、ずっと欲しかった言葉をくれた。そしてこの日から幸村と佐助の関係が変わっていった。 気付いた時には、幼い主である少女に恋心を抱いている自分がいた。 日々成長していく彼女は、真っ直ぐに、疑うことも知らないかのように美しく育っていく。それで居て武将としての働きは目を見張るものがあった。 ――女だてらに戦場に赴くなど。 周囲はそう嘲るものも居たが、彼女の戦場での姿はまるで一輪の花のようだった。それを思い返して「皆、知らないんだな」と僅かな独占欲に胸を満たす日々だった。 そんな日々に、そっと兄・信幸からの伝達があった。 信幸の元を訪れる幸村は楽しそうだった。そして信幸もまた妹を溺愛していたからこそ、こんな申し出をするとは思って居なかった。 ――お前に縁談がある。 部屋の外でその言葉を聞いた時、ずきん、と腹の底から痛みが沸き起こった。しかし佐助にはどうにもすることなど出来ない。 ――だって俺は忍だし。 畜生よりも劣るといわれるものだ。草とも呼ばれるものだ。だから、幸村を思うなどおこがましいと思っていた。それでも、その先のことを想像すると、どうしても伝えたいと思った。 そして幸村は佐助の告白に、直ぐに縁談を取りやめた。 部屋の中でくるりと振り返った幸村が、満面の笑みで問いかけてくる。 「佐助ぇ、これはどうだ?」 「んー?どれでも似合うよ〜」 佐助が鼻の下を延ばしていると、むっと唇を尖らせてから、別の打掛を羽織る。今此処に拡げられている打掛の殆どは信幸や信玄から贈られたものばかりだ。 緑色に染まる打掛を羽織り、くるん、と幸村が周ってみせる。 「どうであろう、この色は」 「旦那だったらどの色でも…」 「そうではないッ!」 「え?」 ばさ、と着ていた打掛を脱捨て、幸村が仁王立ちになる。贈られた打掛は彼女の婚礼衣装だったりする。既に婚礼日は迫っているのに、いまだ決めかねていたのだ。 幸村が珍しく少女のような顔をして着せ替えして見せるのに、佐助は一向に関心を寄せない。というよりも、幸村が居ればそれだけで十分といったところだろう。だが幸村はそれが気に食わない。 ぷっくりと頬を膨らませて幸村は佐助を見下ろした。 「お前と夫婦になるのだ、お前にも私の晴れ姿を…」 「だって旦那は何でも似合うし――…」 佐助は幸村の言葉を聞きながらも、彼女が脱ぎ散らかした打掛を丁寧に畳んでいる。 幸村は溜息をつくと、ふわ、と佐助の前に腰を下ろした。そして身を乗り出して彼の膝元ににじり寄った。 「あのな、佐助ッ」 「うん?」 彼女がにじり寄ってくると、佐助はそっと手を広げる。そうされて胸元に幸村を閉じこめてしまうと、心地よくて左右にゆったりと揺れた。そうしている内に幸村はぴったりと寄り添ってくれる。 こんな風に触れ合えるようになるなんて思っても居なかったから、佐助はそれだけで幸せに浸れるというものだ。 ――旦那が俺様の腕の中に居るなんてなぁ。 髪に結び付けている千代紙のような模様の組紐も、椿油の香りのするのも、柔らかく華奢な体も、全て自分のものになってくれているかと思うと、涙さえ出てきそうだった。 「さーすけ?」 「何?」 「ややは何人欲しい?」 「――…ッ!」 くわ、と思わず瞳を見開いてしまった。すると不思議そうに幸村が顔を起こす。きょとんとしている瞳は曇りがなくて、彼女が本気で聞いてきていると解る。だがしかし直接的にそんな風に言われると、今度は隠していた欲望がむくむくと頭を擡げてきてしまう。佐助は慌てながらも苦笑した。 「ちょ、待って!気が早い…」 「そんな事はなかろう?武家の女子として、やはり男児は設けねばな」 「は…ははは。それより…」 幸村は拳を握って笑みを浮べる。武家の女子――その心意気は認める。だが子作りの前にすべきことがあるだろう――まずは幸村がそうした行為を受け入れてくれるかだ。 佐助はそっと自分の顔を彼女の顔に近づけた。 「あ…っ」 「旦那…」 顎先に手を添えて、そっと仰のかせる。そして花びらのように色付いている唇にむかって、唇を重ねようとした。いつもはここで彼女の平手を喰らうのが常だ。 ――口吸いすら出来なくて、どうしてやや子なんて作ろうとできるってのよ。 佐助は試練を強いられているような気分になってしまう。鼻先から触れる呼吸で、彼女が息を詰めたのがわかった。だが平手が来ない。 ――行ける、か? このまま初接吻となるのかと、どきどきしながら顔を近づけた。頬に微かに、幸村の長い睫毛が触れた。佐助の手にも力が入る。 ――どんッ! 「だ、駄目だ!ややが出来てしまうッ」 「え…?」 「そのような破廉恥なことをしては、今すぐにややが出来てしまうではないか。ちゃんと祝言を挙げて、それからだ」 やはり予想通りに幸村に口づける事は出来なかった。それどころか、どうやら彼女はとんでもない間違いをしているらしい。ぬううう、と唸りながら佐助の胸元に顔を隠してしまっている幸村の耳は真っ赤だった。 佐助はしがみ付いて来る彼女の手に、自分の手をそっと添えると、耳元に優しく囁いた。 「あのさ、旦那?」 「なんだ?」 「接吻でややは出来ないよ?」 「――…え?」 がばりと顔を上げた幸村が、半開きの唇をそのままにして見上げてくる。大きな瞳が、睫毛をくるりと天に向かせている。ちんまりとしている鼻先に、思わず口付けたくなる。佐助は彼女の顔を見つめて、本当に理解していなかったのだと気付いた。 ――見事に未通娘い…って当たり前か。大切にしてきたんだし。 たぶん彼女の硬い精神の元では、下女たちのひそひそ話し合う色事も耳には入ってはいなかったのだろう。女同士でも、ましてや自分でも彼女に正しい知識を向けていなかった結果だ。 佐助はそれでも幸村が理解できるように、言葉を選びながら――だが口篭りながら、ぼしょぼしょと告げた。 「その…こう、男女がまぐわって…ね、それで…」 「そ、そうなのか?」 ぎゅ、と幸村が佐助の肩にしがみ付く。信じられないものを観るかのように瞳を大きくしている辺り、動揺しているのだろう。 「うん…たぶん、信幸さまにデマ教えられてたんでしょ」 「ぬおおおおお、某、ずっと接吻だけで出来るものと…」 「ははははは、旦那らしい」 今度は頭を抱えて真っ赤になりながら佐助の膝に顔を埋めた。恥ずかしい、としきりにぐりぐりと鼻先を佐助の腿に押し付ける姿が、子どもっぽくて可愛い。だが動きをぴたりと止めた瞬間、今度は幸村が真剣な面持ちで起き上がった。 「では、まぐわうとは一体どうすれば…」 「えっ」 「佐助は知っておるのか?」 ずい、と詰め寄られる。 勿論忍としても任務で閨事には通じている。初めてではないし、勿論彼女の予想を超えたことだってしてきた。それをぼんやりと思考の端においやりながら、ぽりぽりと頬を掻いて佐助は頷いた。 「勿論…うん、まぁ…その、知ってる、けど」 「では私に伝授してくれっ」 「う…っ」 「子作りに励もうぞ」 ぎゅう、と無邪気に抱きついてくる幸村に、今度は佐助が試されているような気分になった。触れている胸元に、そっとささやかな彼女の胸の感触がする。それでなくても好きな相手だ――柔らかい、華奢な体が触れてきて、彼女の声が聞こえて、それだけで十分に幸せだというのに、これは何の試練だろうか。 「そんな風に言われると…我慢できなくなるんだけど」 「何が?」 幸村は間近で佐助の瞳を覗き込んで来ている。たぶん今彼女に向けている自分の顔は切羽詰っていて、飢えた男の顔をしているに違いない。そんな顔を見せたくも無いが、佐助は眦を染めながら彼女に告げた。 「今すぐ、旦那を抱きたい。ってか、まぐわいたい」 「なああああああああああ破廉恥なああああああああっ」 きぃぃん、と耳元に大音声が響く。 いつもなら此処で手を離すところだが、佐助は離さなかった。それどころか、しがみ付いて来る幸村の腰を引き寄せて自分の方へと引き寄せる。 ――ばたばたばた。 「如何なさいましたか、幸村様、長……って、あっ」 「ごめん、なんでもないんだ」 幸村の大音声に控えていた忍隊の面々が駆けつけた。しかし抱き合う二人を見つけた瞬間、顔を伏せた。 「これは失礼致しました」 「うん、暫く……誰も来ないようにしててくれる?」 「承知しました」 慌てて忍隊が走り去る。礼儀正しく戸まで閉めていってくれたものだから、勝手がわかっているといえばそうか。 胸元に抱き締めている幸村が顔を伏せたままで唸っている。 「旦那…顔、上げて?」 「ぬううううう、佐助の破廉恥ぃぃぃ」 「知ってたことでしょ?男なんてこんなもんだって」 「知らぬわっ」 ぐりぐりと胸元に押し付けてくる姿が愛らしい。佐助はくすくすと笑っていたが、そっと幸村の耳を指先で弄びながら、声を潜めた。 「でも…その、少しだけ、していい?」 「え……」 「平手は、しないでね?」 顔を上げるように幸村の頤に手を添える。まるで赤子を抱っこするように片腕で彼女の背を支えて横抱きにしながら、顔を近づけた。 ――きゅ。 触れる寸前、幸村の唇に力が篭る。それに気付きながらも柔らかく触れると、佐助の唇の感触に驚いたのか、幸村の唇から力が抜けた。 ――可愛いな。 柔らかく、薄く、開かれている唇に、そっと触れる。そのまま、ちゅう、と音を立てて吸い上げて離れる。間髪いれずに直ぐに触れて吸い上げる。啄ばみ続けていると、幸村の瞳がとろりと伏せられてきた。 ――はふ。 鼻先から零れる吐息に、息を詰めていたのだと気付かされた。佐助は小さく口の中で笑ってから、もう一度彼女の唇に吸い付く。 ――少しなら、いいかな? 佐助は手をゆるりと動かして、すい、と幸村の背から腰に滑らせた。 「んっ!あ……さ、すけ?」 「少しだけ…」 「あ、っ……――ッ」 ゆるりと動かす手を、口付けながら胸元に伸ばす。そうすると、幸村の身体がびくびくと動いている。 ――小さい胸だと思ってたけど。 むに、と掌を動かして揉む。すると結構な質量が掌に触れてきた。着物で押し潰されている分、ささやかに見えていただけだったのだろう。 ――やーらかい。埋めたいなぁ。 唇に吸い付くのを止めて、そっと顎先に唇を這わせた。すると幸村が両手を持ち上げて佐助の頬を包み込む。 「佐助ぇ…」 「うん?」 「ん…――」 うっとりとした瞳にほっとしながら、引き寄せられるままに身体を折りたたむ。すると幸村の首筋に頭を引き寄せられて抱きかかえられた。 ――しゅる。 腰にある結び目を片手で解く。すると幸村が小さく呼吸をつめたのが解った。このまま押し倒して身体を拓いてしまいたい。此処で繋がれたって誰も咎めはしないだろう。 悪魔の囁きに突き動かされそうになって、ふと上体を起した。すると、かたかたと小さく手を震わせている幸村に気付いた。 ――あ。 戦場で槍を持っても震えない手が、かたかた、と小さく震えている。そのことに幸村が初めてだということを思い出す。 佐助は身体を起こしてから、ぐい、と幸村の背を起させた。 「佐助…?」 「この先は祝言の後で」 「え……」 「先走ってごめんね」 そっと囁いてから、耳元に告げる。そして頬に唇を押し付けると、ぷわ、と頬を桃のように染めた。 「う…うむ。あ、あのな、佐助」 「なぁに?」 「某ばかり恥ずかしい思いをするのは…戴けぬ」 「うん?」 「だから、触らせろっ」 「へ?」 むっと怒ったように唇を尖らせる幸村に、ただ笑うしか出来ない。腹の底から沸き起こってくる笑いに、佐助は破顔した。そして自ら襟元を寛げると幸村に向って両手を広げてみせた。 「どうぞ、ご存分に」 「うむ…っ、って、ええと」 「俺様の奥さんになら、何処を触られたって構わないよ」 「――…っ」 「心だって、触っていいから」 ぺた、と胸元に幸村の小さな手が触れる。幸村は初めて触れる男性の体に驚いているようで、きゅう、と唇を引き締めていった。 だがそれも直ぐに、はっと何かに気付いたかのように彼女の顔が驚きに包まれる。 「旦那?」 「佐助ぇ…その、好きだぞ?」 「うん、俺様も」 「この鼓動は嘘ではないな」 とくとくとく、と鼓動は強くなる。先程から幸村に触れられてから、どんどん早くなる鼓動に彼女も気付いていたらしい。 佐助は少しだけ弱味を握られたかのような気分になって、眉をさ下ながら、こくりと頷いた。 「勿論、この鼓動が旦那を思う証だよ」 「なれば、共に幸せになろうな」 ふわり、と花が開くように微笑んだ幸村を、そのまま胸元に抱き締める。そして二人でごろごろと床に転がりながら、只管笑いあっていった。 了 110321 up らぶらぶちゅっちゅな佐女幸というリクから |