舞うは白雪 乱れる黒髪が絡みつく。ゆらゆらと揺れる灯火に彼女の白肌が浮き上がっては欲を煽っていく。両腕を上げた姿勢のまま、覆いかぶさりながら胸元に手を添える。 ――とっとっとっと。 強く押し付けるように触れてみれば、薄い胸元の奥で鼓動が跳ねていた。佐助は組み敷いた相手の胸元を探り、そっと頂を探す。柔らかい胸元にそれはまだ形もなく、摘み上げるようにして指先を動かすと、ようやく形を持ち始めた。 「――…っ、ぁ」 「あんた、初めてだよね?」 「え…――」 小さな呻きに近い声に、そっと顔を起こしてみると彼女は瞳を白黒させていた。大きな瞳に映るのは不安の色だけだ。優しく頭を撫でると、びく、と身を竦ませる。だが繰り返していくと彼女も緊張を解いた。 そのまま胸元から手を動かし、袴の帯を解きながら片足を開かせる。 「まあ、未通娘は面倒だけど…破瓜を貰うなら優しくしないとね」 「貴様、何を…っ」 しゅ、しゅ、と衣が取り払われ、身体の締め付けがなくなっていくことに、ようやく彼女は気付いて抵抗を始めた。足をばたばたと動かすのを、佐助は軽くかわして組み敷く。 「この期に及んで何をするか解らないとか言わないでね」 「――…ッ」 浮き上がった背を布団に押し付けると、彼女は頬を膨らませてそっぽを向いた。 「あれ?まさか、知らないの?」 「そんな事は…っ」 「いいよ、何も考えなくていい」 組み敷いている相手がやたらと幼く見えた。 ――あんなに強い剣捌きだったのに。 彼女の細腕の何処に力があるのかと疑うほど、その剣先は重かった。それなのに目の前にいる彼女は純真すぎる。 ――真っ白い、雪みたい。 誰にも汚されていない白い雪――それが脳裏に浮かぶ。だが同時に踏み荒らすのは自分だとも思った。 気付いたら顔を寄せていた。彼女は佐助のすることに予測がつかないのか、じっとしていた。だが頬に唇が触れ、唇を啄ばむと少しだけ瞳を眇めた。 ――つ。 試すようにして舌先を口腔内に差し入れる。そのまま歯列をなぞり、奥に潜む舌先を絡めた。だがその途端、彼女の顎が強く動き、咄嗟に佐助は指先を差し込んでいた。 「んっ!」 「こらこら、舌噛もうとしないの」 「んんー…っ」 「指、苦しいでしょ?抜いてあげるからさ、舌噛んじゃ駄目だよ。流石に猿轡とかはしたくないし」 「んっ…――」 諭すように話すと彼女はこくりと頷いた。面倒だとは思ったものの、強い眼差しから瞳を反らせなくなっていく。 ――この娘、俺の中の何かを掻きたてる。 いつもなら商売女を抱くのも厭わない。それにこんな風に時間をかけたりもしない。それなのに、この相手には違った。 ――懐柔したい、ってのかな。飼い慣らしたい? 視線だけを見れば今にも噛み付きそうな獣のようだ。だがその反面、まるっきりの幼子のようにも見えてしまう。 少女と女との相反する魅力にぐらぐらとしてしまう。しかし身体は正直なもので、反応しているのは確かだった。 ゆっくりと彼女の口から指先を取る。そして長い夜になりそうだと思いながら、佐助は彼女の唇に指先を触れさせた。 「教えてやるから…暴れないで」 「お前、その前に名を教えろ」 「なんで?必要ないよ」 佐助の指先を噛んで赤くなった口唇が、きゅ、と引き絞られた。薄い唇に指の腹を滑らせてから、佐助はもう一度顔を寄せて柔らかく触れていった。 自分では有り得ない所業だったと今更ながらにして思う。 翌朝にまで掛かって彼女の――巫女の身体を開き、寝てしまったのをそのままにして出てきた。何度も後ろ髪を引かれるような気がして、連れ出してしまおうかとも思ったが、自由を生きて欲しいとも思った。 ――俺なんて忍だしさぁ。 ふあ、と欠伸をしながら軍営に戻りながら、何度も彼女の透明な涙を思い出してしまっていた。 最中に、傷みに泣きながらもすがり付いてきた腕の強さ――しなやかな肌の感触が未だに手に残っている。 ――名前…聞いておけば良かった。 必要ないと、教えもしなかったし、聴きもしなかった。でも閨の中で名前を呼び合っても良かったかもしれない。 そんな小さな疼きを胸に残しながら、佐助は信玄公の元へと戻っていった。そして新たな沙汰を待つまで数日、忍隊としての任務をこなしながら過ごしていった。 「父上は勇猛なお方だった…なあ、猿飛」 「そうですね」 真田の城にあって昌幸の子――信幸と相対しながら、佐助は答えた。酒を重ねながら、暗くなった外に向けている瞳は優しい。そんな信幸を見詰めながら、隣で酌を繰り返す。 「お前もよく働いてくれた。父上を慕っておったのだろう?」 「まあ、拾ってくれたお方ですし」 「それだけではあるまい」 「――…」 ひらり、と向けられた視線が、何もかも知っていると告げているかのようだった。主との肉体関係など珍しくもない。だがそれを疑われているのだと気付いて、内心で笑うしかなかった。 「責めている訳ではない。お前も辛かったろうな」 「――誤解のないように言っておきますけど、昌幸様とは何もありませんでした。ただ幼子を労る父のような…そんな関係でしたよ」 信幸の言葉を訂正する。 初め、昌幸に拾われた時は、本当に稚児としてだとすら思った。彼の寝所で身を小さくしていた時もあった。だが昌幸はいつも子どもをあやすようにして扱うだけだった。 ――俺様をただの子どもだと言い張った人だもんな。 忍としてではなく子どもだと言ってのけた人だった。佐助にとっても父のような存在だった。そう思っていると、信幸は盃を空にしてから、ふう、と嘆息した。 「そうか…――」 「はい」 肯定をこめて頷く。己の茜色の髪が一緒にふわりと動いた。程なく、信幸は自分の膝を打つと、先程までの追想を一掃した笑顔を向けてきた。 「それはそうと…お前は聞いているか?私に兄弟が居ることを」 「え…」 「次男がおってな。これがとんでもない跳ね馬なのだ。だがそんなのでも可愛くて仕方ない。戦場になど連れて行きたくないほどにな」 徐々に語る信幸の鼻の下が伸びてくる。顎先に添えた指が何度も往復していた。溺愛している事だけは伺えたので、佐助は淡々と答えた。 「やんちゃなのは戦場には良いんじゃないですか」 「そうだな…しかし、あの子には笑顔でいてほしいのだ。笑顔になるとな、まるで陽だまりのような、愛らしい子でな」 「へぇ…?」 「お前をあの子にやろうと思う」 「は?」 聞き間違いかと思って腰を浮かせかけた。すると一瞬にして信幸の声音が真剣味を帯びて、凛と澄んだ。思わず背筋に震えが生じるほど、その変化は一瞬だった。 「真田忍隊を、我が弟に」 「それが主命であれば、従います」 「宜しく頼む」 「は」 浮かせかけた腰をそのままに、片膝を立てて頭を垂れる。 「あれを死なすなよ」 ぎくりとするほどの、冷たい声が佐助に降り注いできた。守りとして真田忍隊を渡す、しかし父のように死なせるな、との強い命令だ。 ――信幸様は怖いな。 笑顔の裏にいくつの恨みと怒りを潜ませていたのだろうか。それを慮ると震えがくる。佐助がそのままの体勢でいると信幸は再び場を和ませるような、のんびりとした声音を出した。 「今宵はお前の舞が見たいな」 「え…それは」 「父上に舞ってやると思って、舞ってはくれぬか」 さらり、と扇を目の前に差し出される。佐助はその扇を手にして、背筋を伸ばすと、彼の所望するままに舞始めていった。 ――真田忍隊は真田昌幸が第二子に。 その命が下って直ぐに戦が訪れた。結局主との顔合わせをせずに戦場に繰り出すことになった佐助は、伸びを一回すると信玄の傍らで嘆息した。 「大将、何の冗談ですか」 「冗談ではないわ。儂はここから動かぬ。先遣隊に此処まで誘導してくるよう命じておるわ。故に先遣隊の加勢に行くが良い」 「だから俺様まだ主すら見てないっての!先遣隊って…なんで顔合わせする前に生かせるかな?」 「お主なら上手くやるであろう?」 「大将、恨むぜ…」 にやにやとする信玄を前にして、ち、と舌打をする。咎められそうな行動ではあるものの、正直本心だった。それでなくても信幸に釘を刺されたばかりだ。 ――俺様が見てないところでくたばってないでくれよ。 佐助は疾く先遣隊のいる陣の先端を目指した。 ある程度いくと大鴉を消し、自らの足で戦場に繰り出す。だがその戦場の光景に息を飲んだ。隊列はほぼ変わらず、たった一人で先端を護っている人物が居る。 ――有り得ねぇよ。 赤い装束を身に纏い、両腕にある二槍がまるで舞うように捌かれる。 敵陣を誘いこむように指示されているとはいえ、こちらの損害は皆無に等しい。佐助は隊列の前に躍り出ると、一人で先陣で戦っている相手を視界に収めた。そしてその人物が、槍を大きく振り上げた瞬間、はっと気付いた。 ――あれは、あの時の。 赤い装束の背に六文銭――そしてひらりと翻る装束の合間からは、細い体躯。何より強い眼差しが其処にあった。 そして辺りに舞う、赤い雪――いや、血飛沫だ。 「あんた…――っ」 「何をぼさぼさしているッ。さっさと手伝えッ」 思わず声を出すと、相手も気付いたのか振り返った。そして忍装束の佐助に向って怒号を向けて来た。 だがこの現状に佐助は面食らっていた。だって、目の前にいるのは女だ――自分に与えられているのは、真田幸村という武将の元で働くことだ。 佐助が焦りながらも地面を蹴り、彼女の元に向う。 「ちょ、何戦場に居るの?女の来る場所じゃ…」 「黙れッ!」 ふわり、と長い髪が弧を描く。赤い、深紅の鉢巻が一緒に風に舞った。そして彼女は、自分の傍らに槍を突いた。 ――どんっ。 「――――…ッ!」 びりり、と辺りに振動が沸き起こる。そして彼女の大音声に皆が声を無くした。 「我が名は、真田源次郎幸村ッ。勇猛なる者はお相手致すっ」 「――…ッ」 「真田昌幸が第二子、しかと覚えておけ」 ぶん、と再び大きく槍を動かすと、戦場の怒号が戻ってくる。佐助は取り残されたような気分になって、自らの額を手で覆った。 「うっそだろ…」 「嘘ではないわ」 「じゃあ、仇って昌幸様の…?」 幸村の采配で後ろで控えていた足軽たちが前に突き出る。その列を掻い潜りながら、幸村が佐助の近くまできた。 「信幸様は弟だと…」 「私はこの焔の気を治めるが故に諏訪に預けられていた。しかし兄上はよく気にかけてくれていたが…やはりこの力、役に立てて然るべきと心得てな」 ――戦場に来た。 幸村は周りの状況を見つつ、佐助に告げていく。全ての糸がほつれていくのを感じながら、佐助は苦虫を潰した気分だ。 あの宴の一件を知っていたとすれば、信幸が妹可愛さに佐助に嘘をついたことも頷ける。信幸の仕返しだろう。佐助に語る昌幸は弟――この場合、幸村だが――溺愛している風だった。 幸村は構わず、頬に弾けとんだ血を手の甲で拭いながら、佐助の側でしっかりと言った。瞳には強い意志と、焔の揺らめきがある。 「兄上には、還俗してから直ぐに、お前が欲しいと願い出た」 「マジで…――っって、えええええ?」 「まさか、お前、某と添い遂げるつもりもなく、我が純潔を奪ったと申すか」 佐助の驚きように、ぷく、と頬を膨らませるのは、どうみても少女のそれだ。薄い唇が桜色に染まり、同じように頬が染まっている。 思わずあの夜の出来事を思い出しそうになるほどに、目の前の幸村は愛らしかった。こんな戦場にあって、辺りは血腥いというのに、彼女の周りだけは清浄な空気があるようだった。佐助が答えに窮して口篭ると、とん、と胸元に拳が当てられる。 「えっ、と…それは」 「責任は取ってもらうからな。それと、名前、教えてもらうからなッ!」 ひらり、と背を向ける幸村に、直ぐにでも腕を延ばしたくなる。 だが一息つくように空を仰いで、小さく毒づくと、佐助は皮肉ったように咽喉の奥で笑った。 「――聴いてねぇよ、信幸様…」 「人を傷物にしてこの修羅に落としたのだ。最期まで付き合って貰うからな」 背を向ける彼女の長い髪を、はらはらと風が舞う。それにあわせて見える六文銭の細い背中――ぐ、と力を篭めると浮き出る筋に、図らずも背に戦慄を覚えさせられた。 ――魅入られたのは俺だ。 佐助は覚悟を決めて腕を広げた。 「まずはこの場を、生き抜こうぞ!」 「お供します、この猿飛佐助――何処までも」 声を張り上げた彼女を、後ろから強く抱き締めて引き寄せた。戦場の怒号など耳に届かなくなる瞬間だった。 彼女を引き寄せ、強く背後から抱き締めると、自分の名前を幸村に告げながら、そっと薄い桜色の唇を奪っていった。 了 110121 up |