花咲く宵も



 この花街に連れて来られる子どもは一つの目的で売られてくる――此処は花街、遊里の一つだ。周りをぐるりと塀に囲まれ、外にはお歯黒どぶがあり、逃げることは出来ない。ここを抜け出せる時は、落籍されて――身請けされていくか、はたまた死体になるしかないとさえ言われている。
 唯一の出入り口である黒門の前には、若衆が陣取って、中と外を仕切っていた。
 そんな黒門の前に、いつも小さな子が立っていた――何処の店の子どもか解らないが、禿とするにもまだ幼すぎるのではないかという、そんな小さな子どもだった。

 ――随分と真剣な。

 佐助は門前の宿舎でよく見かけるその子に、そう感じていた。
 きりりとした眉を、きっと門に向けて睨みつけている。出ようとする気配はないが、ただ門を睨みつけてから、ぐっと手を握りこんで、そして踵を返してしまう。
 幾度目かの冬、少しだけ大きくなった子どもが――少しだけ成長して、辛うじて少女と呼べるほどになった彼女が、黒門の前に来た。
 今日は稽古の合間なのであろう、手には風呂敷を持っていた。

「あのさ、あんた…」
「何か」

 気付いたら声を掛けていた。冬の始まりのある日のことで、返って来た澄んだ声に、びくりと肩を揺らしてしまった。

「いや、あんた…いつも此処に来てるけど、何してんの?知ってるだろ、この門は」
「出られない」
「そう…だから」

 佐助はいつものように――諭すように口を開きかけた。しかしはっきりとした声にそれを遮られてしまう。

「明日、某は水揚げされ申す」
「え…」
「この意味、貴殿には解りますまい。いずれ某はこの門を越えて見せます」

 きつく眦を上げて言う彼女に、ぞくりと背中が震えた。彼女は細い腕を、ぎゅっと握りこみ、そして紅い着物の裾を手繰り寄せた。

「この二の腕で、掴めるものならば」
 ――これは度胸がいい。肝が据わってんね。

 こんな禿見たことはない。佐助は少々の興味を引かれて、彼女に声をかけた。

「あんた、名は?」
「今は、弁、と」
「明日からは…?」
「さあ…気になるのでしたら、甲州屋においでくださいまし」


 そう言って微笑んだ彼女の鼻先が、赤くなっていた。そして彼女は踵を返して、そして姿を消した。
 それから幾年――花魁道中の際に、人混みを掻き分けて見つめた花魁の顔が、あの時の少女そのものだった。
 彼女は見事に道中を張りながら、門前にいた佐助に気付いて、ふ、と軽やかに口元だけを笑ませた。

「なんてこった…」

 目の前に過ぎ去った道中、そして熱気に逆らうようにして、佐助は黒い空を見上げていく。空には星が瞬いており、手を伸ばしても届かない。

「あの時、俺が攫っておけば良かった」

 幼い時から見守ってきた少女――いつも気になっていたのは、この胸に恋があったからだ。それに今更ながら、婀娜花に姿を変えた彼女にさえ自覚してしまった。

「赦されやしねぇけど…」

 この花街には掟がある。
 それを思い出して、佐助は叶うことの無い思いに、ただ自嘲するだけだった。








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