Please, call me. 奥州の伊達政宗を好敵手として、幸村は一層鍛錬に磨きをかけるようになった。その事自体は喜ばしい事だが、幸村はしきりに政宗について語るようになった。 それも本人には自覚がないままに、少しの間でもあれば「政宗殿は…」と物思いに耽る有様だ。政宗との仕合いを楽しみにし、時折赴いては手合わせしあう二人は、少しずつその距離が埋まっていく。 ――面白くない。 だがその変化を快く思わない者も居る。佐助は縁側で隣に座る幸村が、団子を食べながら先程から彼の話を聞いていた。 内容は言わずもがな、伊達政宗についてだ。 ――どうして俺様が竜の旦那の趣味とか、日課を聞かなくちゃなんねぇの。 それも隣に居るのは、かけがえの無い主――そして、所謂、恋仲の相手だというのにだ。何が悲しくて、他の男の――それも自慢にしかとれない話を聞かなくてはならないというのか。 佐助が縁側に座る幸村の隣で頬杖を付きながら顔を背けていくのにも気付かず、幸村はふと団子の串を手にしたままで空を振り仰ぎ、呟いた。 「政宗殿は今頃…」 「五月蝿いなぁ」 思わず佐助はどう毒づいていた。 佐助の言葉に流石に幸村も首を廻らせて見せた。何故そんな風に言われたのか気付いていない幸村は、きょとんとして瞳を瞬かせている。 佐助が頬杖を付きながら――口元には掌が添えられていて、あまり明瞭には聞き取れない。だが幸村に向ける視線は少々冷たいものがあった。 「旦那、あんたさ、今日何回竜の旦那の名前言った?」 「はて…そんなに言っておったか?」 指摘されて気付いたとばかりに幸村は団子の串を皿に置いて、尚首を傾げる。佐助は肯定するように「言ってたよ」と頷くと、両手を後ろ手についていく。 「まるで奥州の竜に恋しているみたい」 「斯様なことは」 「ないって言える?」 即座に問い直すと幸村は口をつぐんだ。そして訝しく「佐助」と呼びかけてくる。 「お前、何を不安になっておるのだ?」 「旦那に思われている竜の旦那が羨やましてくて、妬ましいだけ」 ――気にしなくていいよ。 佐助は、あはは、と渇いた笑いを零した。すると幸村も何かを感じたのか、茶で咽喉を潤すと、身体の向きを変えて佐助の方を向く。そして口元をきゅっと引き絞ってから、むにむにと不思議に歪め、俯き始めた。 たどたどしく話し始める間に、徐々に彼の耳が色付いていく。たぶん顔はもっと赤くなってきているに違いない。 「お前が何故、そのように思うのか…俺は、お前の事を…」 ごそごそ、と幸村が告げている間にも佐助はさらりと指先を組んだ。そして俯く幸村の顎先を持ち上げた。 「この姿なら、どう?愛してくれる?」 「な…――っ、政宗殿?」 「そんなに似てる?」 「佐助、なのか?」 目の前に迫った顔を見て幸村が驚愕の声を上げる。 それもその筈だ――幸村の目の前に居るのは佐助だった筈、しかし今彼の眼に映るのは隻眼の青年だ。 幸村の目の前に、奥州の竜そっくり――見紛うことなき伊達政宗が居た。だが話し口調が違うことに、其れが真実彼ではないと伝えてきていた。幸村は身を乗り出してマジマジと眺めたが、目の前の政宗は「へへ」と――彼には似つかわしくない笑い方だ――笑って見せた。 「そ、俺様。どうよ」 「すすす凄いぞ佐助!そっくりだ…ッ!」 目の前に居るのが佐助と気付くと、幸村は瞳を輝かせて乗り出してくる。 「そう?俺様、最高?」 「流石は日の本一の忍よ!」 しきりに頷き、拳を握りこむ幸村は、きらきらと瞳を輝かせるばかりだ。そんな幸村の姿を見つめながら、佐助が静かに――寂しそうに笑ったことになど気付かないほどに、幸村はしきりに絶賛の声を上げていった。 佐助が任務について数日、幸村は静かに床に入りながらも、不意に訪れた温もりに身を捩った。いつも寝ている最中に触れてくるのは彼と決まっている。そして柔らかく頬を包んでくれる筈だ。 「ん…還った、のか」 幸村は疑うこともなく――瞼を閉じたままで呟くと、身体の向きを変えて腕を伸ばした。そして寝ぼけ眼のままで、そっと顔を掌で撫でて確かめようとして、ふと手を止めた。 ――感触が違う。 そう思うといつも彼から感じる夜気もしない。手にふれる筈の長い髪はもっと柔らかかったようにも思う。そんな微妙な違和感に、ゆるゆると瞳を上げると、目の前には右半分を隠した奥州の竜が居た。 「目ぇ、覚ましやがったか、真田幸村…」 「政宗、殿…?」 政宗の肩に腕を回した格好になっていた幸村は、ぱっと腕を払って困惑した。何故目の前に彼が居るのか――それが全く解らない。身体を起そうにも上から覗き込まれていて、それもままならないのが現状だ。 幸村が口元を魚のように、ぱくぱくと動かしていると、政宗は、ふ、と口元を歪めて嗤った。 「Wake up…少し、楽しまねぇか」 「斯様な時間に、何を楽しむと…どんな御用向きでしょう?」 まさかこんな場所に政宗がいるとは思っていなかった。廻りきらない思考で幸村は彼に伺いを立てながら居住まいを正そうとした。だがぐっと上から押されて、背後の布団に仰向けに押し倒されてしまう。 「あ〜…そりゃ、決まってるだろ?」 「え」 「夜這い」 「――――…ッ」 「あんたを抱きに来たんだけど」 言われた言葉が脳に到達するまでにかなりの時間を要したように感じられた。この目の前の青年を前にして、そんな感情を持ったことなど今まで無い――いや、自分がそうした対象として彼に見られていたとは信じたくなかった。そのせいで反応が遅くなると、政宗は淡々とした動きで幸村を布団に推し戻して、ぐい、と胸元を肌蹴けさせてきた。 ――さら。 胸元に政宗の手の感触が触れて、これが冗談ではないのだと気付くと、幸村は途端に足をばたつかせて逃げようとした。 「なななななんと、破廉恥なッ!冗談も…――っ」 「冗談、なんかじゃねぇよ」 「わ、ちょ…お止めくだされッ」 「止まれる訳ねぇだろ」 じたばたと逃げようと動くのに、あっという間に帯で両手首を括り上げられてしまう。両手を持ち上げさせられて、勢い良く足を動かすが、ことごとくいなされてしまう。 「あ、…ッ、や…いや、しかしッ!」 「あん?あんたもこうして欲しかったんじゃねぇの?」 「な…――ッ」 ――ダンッ! 厭な音と共に、持ち上げられた腕の――手首を結びこんでいる帯に、小刀が杭として打ち込まれた。まるでまな板の上の魚のように身体を動かすしか出来ない幸村は、さあ、と血の気が引いていくのを感じた。しかしどうにかこの場から逃げなくては、という思いだけが先走って、思うように動けない。 「いつも俺の話ばっかりしているって聞いたんだけど」 「か、斯様なことは…」 暴れていると上から押さえつけるようにして政宗の身体が乗りかかってくる。そして反らした顔の、耳元に掠れた声で囁かれた。 「俺のこと、嫌いなのか?」 「嫌いとか…」 「じゃあ、好きか」 「――――…ッ」 「どっちだよ?」 苛苛とした刺を含む物言いに、如何答えたらいいのか思案に暮れる。咄嗟に答えなくてはと思うのに、彼を好敵手として失いたくないし、だからといって恋愛ではないとも思っている――その実、彼を前にして滾らないことはない――そう考えると、どれが一番適当な答えなのかが解らなくなる。 幸村はしどろもどろになりながら、精一杯伝えようとした。 「お、慕い、してはおりますが…その、好敵手として、と言いますか、男として、と言いますか…その、こ…恋、のようなものでは」 幸村にとっては並べられるだけの真実だ――しかし、政宗は圧し掛かる身体を退けるでもなく、嘆息するだけだ。 「まどろっこしいな…」 「すみませぬぅぅぅ」 伝わらなかった自分の語彙力の無さに思わず謝ってしまう。半泣きになりながら、ぐいぐい、と政宗の身体から逃れようと背中を動かした。すると直に間近の政宗が、にやり、と笑った。 「じゃー、身体に聞くか」 「は?」 「身体に聞くのが解りやすい」 ――ごそ。 言うや否や、圧し掛かる政宗の手が幸村の足を割るように動いて、ぐ、と中心に触れてきた。握りこまれた自身に、があ、と熱が一気に沸き起こる。慌てて幸村は腰を捻った。 「や…や、やめてくだされッ」 「――へぇ」 「厭でござるッ。お止めくだされッ」 幸村が拒否を伝える中で、政宗は感心すようにして手を動かしていく。しゅ、しゅ、と上下に扱かれ始めて幸村は腰に絡まる熱に、ただ抗うだけになっていく。それなのに羞恥を誘うように政宗の声が耳朶に響いた。 「反応してる」 「え…」 「あんた、男、知ってるだろ?」 「――――…ッ」 びく、と幸村の身体が揺れた。 ――男、知ってるだろう? そう言われたことに反論できない。揶揄されるのは解っているが、この身体は佐助にだけ開かせた身体だ――そこに思考が到達すると、彼に知られてしまったという羞恥と、佐助に申し訳ないという気持ちが沸き起こって、視界が潤んできた。 それなのに、圧し掛かってきた男の手によって、どんどん熱は高められていく。びくびくと揺れていく自分の身体に、ただ息を細かく吐き出しながらも、抵抗を見せるしかない。 「反応…してんぜ?」 「っ、わ…、そんな…事はッ」 「無いって言えるのかよ?」 「――…ッ」 ごくん、と咽喉を鳴らすと、彼の手が器用にも下帯を解き放って直に触れてきた。布越しでない濡れた感触が内腿に触れる。 ――くちゅん。 「まぁ、本命じゃなくても身体は反応するんだな。お前も男って事か。すげえ濡れてるぜ?」 「――…斯様な、…ッ」 「いいから楽しめや」 「――ッひ」 ぐちゅ、と陰茎の先の割れ目に指先が差し込まれた。びりりとした電撃のような感触に身体を引き攣らせると、より一層手を奥まで突き入れようと政宗の手が動く。だが幸村は只管膝に力を入れて、足を開くのを拒んだ。 「ほら、足、開け」 「厭、だ…ッ、――ッ、やめ…」 腕を縛り上げられながら、全て見せてしまうような姿で、足に力を入れる。しかし政宗の手管も容赦なく幸村を攻めてくる。 簡単には足を開かないと気付くと、政宗は胸元に舌先を這わせた。ぞくり、と背中まで突き抜ける戦慄に幸村の体から力が抜けかかる。そのまま腰を撫でながら、濡れた指先でもう片方の突起を捏ねられていく。 「止め…ッ、う、あ…――ッ」 「こんな時、あんたなら誰を思い浮かべる?」 「――…ッ」 ふう、と耳に囁かれた言葉に、幸村の視界が歪んだ。背けた顔の――見開いた瞳の先には、幼い時から側にいる忍――唯一自分が触れたいと願って、そして拓かせた相手が浮かぶ。幸村は言葉にならない声を出そうとした。 「そいつでも思い浮べてな」 「――…ぁッ」 次の瞬間、突き入れられた圧迫感に何もいえなくなってしまった。 ――佐助、佐助、佐助…ッ 強く引き絞った瞼の奥には彼の姿しかない。口から零れるのは嬌声ばかりで意味を成さない。ただ幸村は只管与えられる圧迫感に耐えながら、胸の内でずっと彼の名前を呼び続けた。屈辱の中で揺さ振り続けられる。前に絡まる彼の手によって、ぐちゅぐちゅと音がしきりに響き、打ち込まれる度に体が魚のように跳ねていく。 「――――っ」 ひくん、と咽喉が震えて背に戦慄が走ると、幸村の視界がちかちかと白くなり始めた。果てがくると気付いて体を硬直させていると、瞬時に政宗の手が根元に絡まって、ぎゅう、と引き絞ってきた。 「おっと。危ねぇな…まだ達くんじゃねぇよ」 「――…ッヒ、ィ…ッく」 「少し、我慢しな」 「――――ぅぐッッ」 根元を引き絞られたまま、先程よりも強く腰を打ちつけられる。仰向けのままで揺さ振られ、背中が擦れて行く――それも佐助が相手ながら、彼にしがみ付いて優しく撫でられる――その違いを思い出して、幸村は何度目になるか解らないほど涙を零した。 ――佐助、佐助ッ!佐助…ッ 汗ばんで熱くなる身体は正直すぎてどうしようもない。それでも心までは渡してなるものかと、只管佐助の名前を胸裡で繰り返した。 「は…――っ、キツ…」 「う、うぁ…ッ、厭…だ…――離し、て」 「出来るかよ」 「あ、あ、…――ッ」 鼻先にいつもは香るはずの佐助の匂いがしない――その代わりに焚き染めた香の香りが強く触れてきて、自分を抱いているのが紛れもなく政宗なのだと思うと、幸村は悔しいような感情のままに歯を食いしばった。それでも合間から零れるのは嬌声ばかりだ。 「――――ッ、は、あ」 滲んだ視界の先で、政宗が心地良さそうに咽喉を反らす。いっそこの手が縛られていなかったら、両の手で彼の咽喉笛を潰してしまいたいくらいだ。それなのに、下肢から響く快楽に力さえ出ない。 「――ッッ、…ッ!」 ひく、ひく、と咽喉が震える。背が撓り出す。再び果てが迫り出して、幸村はひきつけを起すようにして呼吸を繰り返した。すると上から覆いかぶさってきていた政宗が、きつく握りこんでいた幸村の陰茎を開放した。 「――良いぜ、達って」 「――ッん、んぅぅッッ」 途端に訪れた開放の瞬間に、幸村は背を弓形にして振るわせた。勢い良く放出される精液がぼたぼたと自分の腹の上に飛び散る。それが熱くて、四肢が思うように動かなくて、ただ布団の上に沈みこむだけだ。 はー、はー、と呼吸を繰り返していると、そっと政宗が上体を圧し掛からせてきた。そして幸村の肩に鼻先を埋めると、彼もまた腰を大きく震わせて達った。 「 」 「――…ッ」 体内に熱い飛沫を感じながら、幸村は耳元に掠った言葉に、瞳を大きく見開いた。だが弛緩する彼の背を支えることも出来ずに、ぐったりと仰向けに倒れるだけだった。 粗方支度が済むと、幸村がやっとの事で身体を起した。そして政宗の肩を掴みこんだと思った瞬間、ひゅ、と音を立てて腕を振り上げた。 ――ばちんッ! 「な…――っ」 「馬鹿者ッ!何故…」 政宗の左頬に思い切り平手を食らわせた幸村が、口調も変えて憤る。引っ叩かれた頬に驚いた政宗は幸村の肩を掴みこむと、正面を向かせた。 「おい、幸村…」 「佐助ッ!」 途端に幸村の口から忍の名前が飛び出す。びく、と政宗が肩を震わせると、正面の幸村は吊り上げた眉を徐々に力なく下ろし、唇を戦慄かせた。 「――――…ッ」 「佐助…さ、ひっ…さす…っく」 そろり、と政宗が手を伸ばすと、再び眦を上げて幸村が睨みつける。 「その姿で触れるなッ」 ――ばしッ。 触れようとした手を弾かれて、政宗は静かに嘆息した。そして右眼の眼帯を取りはすし、くい、と顔を彼に近づけた。 「いつ気付いたの…?」 言った瞬間、政宗の姿が消え、佐助が其処に座っていた。彼の姿を目視すると幸村の大きな瞳から、ぼろぼろ、と涙が零れ始めた。そして彼はそのまま佐助の肩口に額を押し付けた。 「この大うつけめ…」 「うん」 ゆっくりと腕を回して佐助が抱き締める。すると幸村は彼に腕を回してしがみ付いてきた。背をゆるゆると撫でながら、佐助は観念したように呟いた。 「俺、自信無くなっちゃってたの」 「――…」 「旦那、竜の旦那の話しかしないから」 幸村が無言で佐助の着ていた政宗の服を握りこむ。鼻先には政宗の使っている香の香りが未だに触れる。それが厭でならなかった。だが佐助は構わず話し続けた。 「心変わり、かなって…」 「斯様なことがあるはず無かろう!」 ばちん、と再び幸村は怒り顔で佐助の頭を引っ叩いた。佐助は自嘲気味に項垂れると、叩かれたところに手を添えて撫でる。 「旦那が、一度でも俺様の名前を呼んでくれたら…やめるつもりだった」 ――でも一度も呼んでくれないから。 だから最後まで続けてしまったのだと、悪ふざけで終らせられなくなったのだと、佐助は告げてきた。幸村は単衣を引き寄せてから、袷をぎゅっと握り込んだ。 追い詰めたのは自分かもしれない。でも政宗に抱かれると思ったときにあったのは恐怖と羞恥、そして屈辱だった。その最中でずっと呼び続けたのは佐助のことに他ならない。 「呼んでおった…」 「え…」 「ずっと、ずっと…俺には、お前しか」 小声になりながら告げていくと、ひく、と再び咽喉の奥から込み上げて来そうになる。泣いてなるものかと、そう思いながら佐助に背を向けると、ふわりと背後から彼の体温が触れてきた。 「ごめんね。赦して」 「――…」 「お願いだから、俺だけを呼んでね」 耳元に囁かれた言葉に頷いてから、幸村は暫くは赦さないでおこうと決める。そして、離れるな、と告げると小さく「佐助」と彼の名を呼んだ。 了 100829 up |