Order? darling.



 佐助はいつも幸村を喜ばせるものを手に帰ってくる。

 ――偶には佐助を喜ばせるものを。

 そんな思い付きだった。だが、佐助が好みそうなものがよく解らなかった。いろいろと考えて、それでも解らなくて直接本人に聞いたら――佐助はにこにこと笑いながらキッチンに立って、旦那は笑ってて、などと云う。

 ――それでは気が済まぬ。

 昔から一緒に過ごしてきているとはいえ、知らないことは多い。幸村は薄着になって心許なくなった胸元をきゅっと握った。
 そん中で佐助と買い物に出かけたとき、幸村が買い物を終えてくると、佐助は棚に積まれた、とあるものをじっと見つめていた。

「あ、旦那、もう買い物終わったの?」
「ああ…佐助は?」
「俺様も終わったところ。帰ろっか」

 佐助はあんなに熱心に見つめていた商品から、くるりと踵をかえしてしまった。だがもう一度だけ、ちら、と彼が首だけを廻らせたのを幸村は見逃さなかった。
 そして今に至る――今と云うのは、夕飯時である訳だが、目の前には佐助の手製のハンバーグにサラダ、味噌汁、ご飯、ついでに言えばたぶん冷蔵庫には冷たいデザートまであるのだろうことは予測が出来ている。それらを次々と平らげながら、幸村はふと目の前でご飯を食べる佐助を見つめた。

「佐助ぇ…」
「んー?お代わりは二杯までだからね」
「それは解っておる。そうではなくて、明日から帰りが遅くなる」
「そ…って、え?ええええええ?何で?」

 がたん、と音を立てて佐助は立ち上がった。佐助の顔には動揺が走っている。幸村はそれを見上げながら、両手をきちんと揃えて「ご馳走様」と告げた。

「アルバイトをすることにした」
「バイト?何でさ…」

 ――お小遣いなら間に合っているでしょ?

 それはそうだと頷くが、幸村は断固としてバイトをすると言う。しかし佐助も引き下がらずに、あれこれと辞めさせる方向へと話を持っていこうとした。

 ――バンッ。

「何でも何も、もう決めたのだ。夏休みの間、アルバイトをするッ」

 幸村は埒が明かないとばかりにテーブルを叩いた。すると今度は佐助が、すとん、と椅子に座ってしょんぼりと項垂れて見せた。

「…旦那、夏は俺様と遊ぼうって…」
「暫し待っておれ」
「えええええ?」

 懇願するように見上げてくる佐助に、つん、と鼻先を背ける。すると「そんなぁ」とただ頼りなく呻く声だけが聞こえていった。











 夏休みの間のアルバイトは、実は慶次の代打だったりする。彼の勤めるカフェでウェイトレスをする訳だが、其処には制服があった。
 短い――太腿も殆ど見えてしまっているスカートに、フリルのあしらわれたエプロン、それに胸元は、ぎゅっと寄せて上げられてしまう。
 最初はその制服になれずに居たが、数日すると既に馴染んでしまっていた。仕事の内容も、代打と云うわけで難しいものは回されない。幸村はそれでも真剣になって働いた――というのも、目の前を大好きな甘味が通りすぎていくものだから、ついつい視線を奪われてしまうのだ。だから緊張しながらではないと難しいだけだ。

「ご注文はお決まりでしょうか?」
「だ…旦那、そのカッコ」
「え…?」

 テーブルにメニューを置きに行くと、見知った顔が其処にあった。

「さ、佐助?なぜ此処に…ッ」
「って、旦那此処でバイト?ちょ、待て待て待て!足、出しすぎだから!パンツ見えちゃうってばッ!てかその胸、何か詰め込んでる?」
「なななな失礼なッ」

 ――べちんッ。

 佐助が幸村のほのかな――それでも寄せてあげているだけあって、丸丸とした胸を、人目も憚らずに触れようとしたものだから、思わずメニューで叩いてしまった。

「あ…す、済まぬ」
「もう…旦那、ほんとに何破廉恥な姿かましてるのさぁ。見せるのは俺だけにしてよぅ」

 はああ、と深い溜息をつく佐助を前に、幸村はぷうと膨れるばかりだった。すると佐助の目の前に座っていた長曾我部元親が、噴出し始める。

「お二人さん、俺の存在忘れてるだろ?」
「ここここれは失礼致したッ」
「元親ちゃん、俺のだからね。見なくていいから!足とか見たら、マジで殺すッ」

 佐助は本気で殺しかねない視線をぶつけていった。
 そして注文を取り終えてから、くるりと踵を返すと、即座に佐助から「見えるッ!」という駄目出しを貰ってしまった。










 それから何度となく佐助の駄目出しをくらいながらもバイトを続け、夏休みもあと1週間で終わりと云う頃合になって、幸村は大きな包みを持って帰宅した。

「佐助、佐助、これをやろう!」
「何さぁ…」
「アルバイト達成記念だ!お前にプレゼントだッ」

 にこにことしながら大きな包みを向けると、佐助はそれを受け取ってから、幸村ごと抱き締めた。急にそんな風に抱き締められるとは思っていなかったので、幸村は正直戸惑ってしまう。

「旦那、もしかしてコレの為?」
「うん?」
「俺に、これ…くれるためにバイトしたの?」
「まあ、そうだな。お前ときたら、欲しいものといっても教えてくれないではないか」

 ――だからだ!

 ふん、と鼻息あらく告げると、佐助は「参ったな」と嬉しそうに微笑んだ。包みの中身は先日佐助が見上げていたもの――ル・クルーゼの鍋だった。

「これでまた私に美味しいものを作ってくれ」
「それ、プロポーズみたい」

 くすくす、と腕の中に幸村を閉じ込めたままの佐助が、ほわりと碧色の翳る瞳を眇める。そしてこっそりと耳元に「俺が欲しいのは、旦那だよ」と告げてきた。

「は…?」

 幸村が大きな瞳をまんまるにしていると、佐助は幸村の手を取って、指先に口付けた。それだけで幸村は、ぶわああ、と真っ赤になる。

「教えろって言われて直ぐに告げられる訳なかったからさ。でも、ちょっとだけ…」
「――…?」
「ね、旦那。俺を意識して」

 言われるたびに胸がどきどきと高鳴り始める。

「お願い、俺を男として観て」

 ――恋愛の対象として観て。

「は…ッ」

 見つめてくる佐助の瞳が、幸村を捕らえて離さない。そして佐助は流れるような動きで、すい、と幸村の腰を引き寄せると、顔を近づけてきた。

「破廉恥なぁぁぁぁぁぁッ!」

 ――ばち――んッ

 瞬間、幸村は思い切り佐助の頬を平手打ちしていった。

 ――そんなの当にしている。

 そう胸の中で呟きながら、今はまだふぐのように膨れるしか出来なかった。














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この二人、実はまだつきあっていません