あるんだからね!





 じっと幸村が見つめてきていた。その視線が痛い。見つめてくる気配に気付かない訳はない――だが、どうしたものかと思ってしまう。

 ――俺様を睨んだりしているのなら解るんだけどなぁ。

 これじゃあ嫉妬してしまうではないか。佐助は自分の背後に立って、じとりと見つめてきている幸村を振り向いた。

「旦那ぁ、そんなとこで睨んでないでこっち来たら?」
「う…うむッ!」

 呼ばれて、ひらひら、と長い髪を揺らして幸村が駆け込んでくる。そして佐助の背後から腕を押さえると、隠れるようにして立ち、さらに前を覗き込んできた。

「おい…佐助、その後ろに隠れいているのは…」
「うん、これ俺様の主。旦那、こっちが同郷の、かすが」
「うん、うん」

 幸村が、じい、と見つめている先には金色の髪を靡かせたかすがが居る。そして先程から幸村の視線はかすがに向っていた。だがその視線は明らかに憧憬を含んだかのように煌いていた。

「そなたが、かすが殿か…?」
「そうだが…」
「なんと素晴らしい身体付きをされておられるのかッ!…何をしたらそのようになれるのだ?」

 幸村は佐助の背後から顔を出しながら、興奮気味にまくし立てる。彼女の様子にかすがは首を傾げながら佐助を振り仰いだ。

 ――だからさ、どうしてかすがになんだよ…。

 頭を抱えたくなる。嫉妬の対象が自分に向けられていたのだ。というよりも、かすがに対して憧れを抱いているかのような素振りに、どうしたものかと思ってしまう。

「某…某、実はここなる佐助にの…」
「――?」

 急に口篭った幸村に、佐助は背後を振り向きながら、これは!と胸を躍らせた。幸村からもしかしたら自分を想い人だとか、そんな風に紹介する言葉を聞けるかもしれない。そんな期待に身を躍らせたが、幸村はぶうと頬を膨らませて続きを口にした。

「先日、まな板だ、洗濯板だと言われてしまって…お願いでござるッ!どうしたらそのような胸になれるのか、お教えくだされッ」
「ええええええ、気にしてたの、旦那ッ!」
「佐助…貴様、なんて無礼なことをっ!」

 流石のかすがも幸村の言葉に、ぐわ、と鬼のように瞳を吊り上げた。そして佐助の背後から幸村の腕をさらりと引き、自分の方へと抱き寄せてしまった。その際にかすがのたわわな胸に鼻先を埋めた幸村は、じたばたと腕を動かしながら真っ赤になっていく。

「ふおおおおお、何と云う柔らかさっ!かすが殿、後生でござるッ!」
「乙女心の解らぬ部下を持つと不憫だな…よし、私が一肌脱ごう」
「えええええ、ちょっとかすが?旦那――ッ?」

 かすがはべえと舌を出して幸村を抱き締める。幸村は自分よりも背の高いかすがに抱き締められて、きゃっきゃと嬉しそうだ。見ている分にはなんとも羨ましい光景で、ぎりり、と歯噛みしたくなってしまう。

「佐助、貴様少しは反省しておけ」
「俺のせいかよ――ッ?」
「当たり前だ。さあ、行こうか、幸村殿」
「うむ!」

 かすがに手を引かれていく姿は見ていて微笑ましい。だが佐助はぐったりと項垂れるだけだった。










 幸村と想いを通じ合わせたのはつい最近の事だ。まさに蜜月――でれでれしたい処なのに、そうも行かない。お互いかなり緊張して――隙を見つけて、肌を重ね始めた時に、ふと幸村の胸元に手を添えて「可愛い」と思った。

 ――だって手にすっぽり収まって、気持ちよかったんだ。

 小さな、ささやかな胸は、掌が余るくらいで――でもそれが余計に擦れていなくて嬉しくなった。

『旦那ぁ、可愛いねぇ』
『え?』
『ちっちゃい胸って、俺、初めてなんだけど…良いね。可愛い』
『ちょっと待て、その言い分は大きな胸なら触ったことがあると?』
『いやぁ、旦那に比べたらどんな子だって大きいさ』
『――何が言いたい?』

 不穏な空気に成った幸村に気付かず、ただ思うままに喋ってしまった。勿論、その先は平手が待っており、結局その先には進むことも出来なかった。

 ――俺が悪いって解ってるんだけど、そんな旦那が可愛くて堪らないってだけなのに。

 膝を抱えて達磨のように、ころころ、と転がる。そして閨に来る幸村を待った。
 未だに彼女の身の回りは自分が整えることになっている。彼女が食事をしたり、よそ事をしている間に、さっと掃除をして布団を敷いて置く。寝様に咽喉が渇くこともあるだろうから、水差しも用意する。

 ――かた。

 そうしていると戸が開いて、幸村が姿を現した。すっかり寝間着に着替えて、とたとたと布団の元にやってくる。

「旦那、今日は遅いね」
「うむ…かすが殿と語り合ってしまっての」

 ふあ、と欠伸をする幸村が可愛らしい。口から覗く小さな舌が、桃色に染まっており、佐助を誘っているかのように見えた。
 幸村は布団の上に座り込むと、ころん、と仰向けになった。それにあわせて布団を引き上げるだけだ。だが掛け布団を手にした瞬間、幸村は佐助を手招いた。

「――?どしたの」
「佐助、見てみろ」

 ころ、と幸村は珍しく横になった。そして手招きを繰り返す。身体を屈めて近づくと、きらきらと瞳を輝かせた幸村が、ぎゅっと肩を寄せた。

「な?」
「え…えっと、旦那?」
「どうだ、谷間だってこうすればしかとあるッ!」
「――――ッッッッ!!!!」

 言われて見れば確かに襟元から幸村の胸元が覗いている。横になっているお陰が、しっかりと谷間が出来ており、ささやかな胸でも、柔らかそうにたわんでいる。

 ――くっそ、食らいつきてぇッ!

 ぐ、と口元に手を宛がって胸元を覗き込むように凝視しいていると、バクバク、と鼓動が跳ね出した。だが其れを知ってか知らずか、幸村は更に続けていく。

「それに、私がぺちゃんこの胸でも、お前がいればそれも安泰と聞いたぞ?」
「――…だ、だんな…?」
「ほれ、佐助ッ」

 幸村は両手を伸ばして佐助の手首を取ると、ぺた、と自分の胸に当てた。そして期待に満ちた顔をしながら――目尻をほんのりと桃色に染めながら、ぎゅう、と胸元に押し付ける。

 ――うわわぁぁぁぁぁぁ、柔らかいぃぃぃぃ!!

 心裡でかなりの動揺をしている佐助に、幸村は無防備に瞳を輝かせる。そして見下ろしてくる佐助を、きらきらと瞳を輝かせながら見つめて言った。

「しかと揉めッ!そして好きな大きさにするが良いッ!」
「――――…ッ!」
「佐助?」

 ぶわああ、と身体に熱が走る。目の前がくらくらとしてくる。佐助は、こくり、と頷くにあわせて、ふるふると肩を震わせた。それを訝しんだ幸村が、覗き込んでくると「ぼた」と盛大に赤い液体を鼻から落とした。

 ――ぼたぼたぼた。

 立て続けに鼻から鼻血を吹く佐助に、幸村が慌てる。だが佐助はばたりと幸村の上に突っ伏した。

「ぎゃああああ、佐助ぇぇぇえっぇぇぇぇ??」
「――も、駄目。旦那に殺される…」

 ――悔いなしッ!

 そんな風に呟きながら、佐助は幸村の細い身体を――鼻血を流しながら――ぎゅうと抱き締めつつ、失神していった。






 ――後日、件の暴言について幸村に謝ったとか、謝らなかったとか。












100228 横にならないと谷間が出来ない旦那。でもちゃんとあるんだからね!