夜宴、密かな戯言 月夜に混じって影がひらりと舞い降りた。 その気配に気付いて障子を開け放つと、正面に来ていた彼が面食らったように瞳を見開いた。 「猿飛か…何だ、こんな夜更けに」 「あらぁ、気付いちゃった?折角夜這いにきたのに」 ――ちゃぷん。 手を持ち上げる先には酒の入った瓶がある。それを持ち上げて佐助は口元を吊り上げた。 それを観て小十郎は、入るか、と中へと進める。 「夜這いって、気配を消さないで来ておいてそれはないだろう?」 「まぁね。お邪魔しまーす」 ひょいひょい、と部屋の中に入り込み、佐助は回りを見回す。小十郎が先に座り込むと、その正面に彼は座った。 「ねぇ、器、ないの?」 「用意した方がいいか?」 「んー…いっか。はい」 手渡された酒瓶を傾け、一口飲み込むと、小十郎はそれを佐助に返した。座りながら佐助はそれを受け取り、こくん、と飲み込む。そしてまた小十郎に渡す。 「お前、ただ酒のみに来たとかじゃねぇだろうな?」 「そうだけど?」 「何も思惑も無しか」 「悪い?だってさ、武田の方々とお酒呑むと、大変なんだよ」 ――介抱するのがさ。 佐助は何度目かになる手渡しに、こくこく、と飲み込むと、酒瓶を抱えた。 「うちの旦那さぁ、ああ見えて大酒呑みだし、酔うと甘えて甘えて…」 「惚気かよ、馬鹿猿」 「そっちの、竜の旦那はどうよ?」 「ああ?」 酒瓶を、たぷん、と音を立てて渡し、佐助がごそごそと着けていた袋から摘みの乾き物を拡げた。それを観ながら小十郎は咽喉に酒を流し込んでいく。 「政宗様は静かに呑まれるぞ。皆が騒いでも、おひとりで…」 「あんたのお酌で?」 「まぁ、そうだな」 「酔ったりしないの?」 「時々は、酔われるな」 進められるままに、乾き物を口に含んでいく。乾燥した魚が、じわじわと味を舌先に染み込ませて来た。 「へぇ…俺さぁ、酔いたいんだよね」 「ああ?」 「でも、俺様が酔っても、無防備になれる場所ってあんまりなくて」 「主の元でいいじゃねぇか」 「ヤダよ、そんなカッコ悪い!」 はい、と佐助が咽喉に酒を流し込みながら、酒瓶を渡した。そして、ずず、と膝を寄せて小十郎に近づく。 「俺様は、旦那の前ではカッコつけてたいの」 「敵になり得る俺の前ではいいのか?」 「だって、あんたは義侠に熱いから」 ――闇討ちなんてしないでしょ? ふくく、と咽喉の奥で佐助が笑う。そして、再び渡される酒瓶を煽る。ぷは、と瓶の口から離れると、佐助は頬杖をついて小十郎を指差す。 「あんたなら、俺が酔っても介抱してくれそうだ」 「――潰れるまで呑みたいって訳か。仕方ねぇな、付き合おう」 「そう来なくちゃね」 何かあったのだろう事は窺える。だが佐助はそれを語らない。小十郎は徐に腰を上げ、部屋を後にすると、再び腕に酒を抱えて戻ってきた。 ひゅう、と佐助が口笛を鳴らす。 「解ってるねぇ、片倉の旦那」 「従者同士、主の悪口でも言うか?」 「惚気だけにしておこうよ?ね?」 手をぱちぱち叩いて佐助は微笑んだ。そして手にしていた――持参した酒をぐいと煽ると、小十郎の用意した酒に手を伸ばしていった。 了 091016up |