「僕に触れるなんて、考えないで欲しいな」

 伸びてきた手に向かって冷ややかに言い放った。その手が意図を持って自分に向かってきているのは解っていた。
 久方振りに外に出て、暴れ狂う様そのものに戦い続けた。その反動かどうかは解らないが、無事に到着できた瞬間から崩れ落ちるようにして倒れてしまった。
 情けないとか、不甲斐ない、とかいう感情は当に捨てている。
 これも運命と受け入れるしかない。
 そして寝込んでいる間に、いつも彼の気配がしてきていた。障子の向こうで家人が中に入るのを押し留める――素直にそれに従っていく彼の声が届くだけで精一杯だった。

 ――ならば半兵衛にこれを。

 毎日、毎日、飽きもせずに黄金色の粒が転がってくる。彼が持って来てくれたのは初夏の果実――枇杷だった。
 熱のある咽喉に、甘く、潤う果実が染みて、染みて、何度なきそうになったか知れない。
 それでも、伸びてきた彼の手に触れることは出来ないと思った。

「どうしてだ、半兵衛」
「大丈夫、僕は平気だよ。自分で出来るから」

 ぐい、と顎先に垂れてしまった枇杷の汁を手の甲で拭う。それをみている秀吉の咽喉が、ごくり、と鳴ったのが解った。
 そして、再び彼の手が伸びてくる。

「駄目」
「――……」

 静止の声に、ぴたり、と彼の大きな手が止まった。

「君が穢れてしまうから。だから、触れないで」

 生き場の無い手は、その場にばたりと落ちて、二人の間にあった枇杷に向かっていった。無言の空気の中で、それ以上入ってこないでくれ、と胸の内で思った。

 ――此処に誰か、有刺鉄線を。

 刺のように間に隔たりがあればいい。そうすれば、この波打つ胸を知られなくて済むのに。
 手に付いた枇杷の甘い汁を舐めながら、そんな風に思った。








2007/06/20(Wed)
当初これで長編考えていて、はんべが徐々に身体が腐っていって…っていうネタを友人に披露したら「やめてー」と言われたので、ここでお終いにした話です。