あの夏には還らない



 明々と燃え広がる火の粉が、空に舞って、黒い煙がまるで竜の鱗のように駆けていく。皮膚を突き刺す熱さはもはや痛みとしか感じられず、それでも熱気の中を彷徨いながら駆けた。

 ――山が、燃えている。

 咽喉が涸れる程に彼の名前を呼んで、叫んで、渦巻く火の中に飛び込んだ。行慣れた道を伝いながら社を目指す。ざわざわと辺りを取り巻く木々が――紅い花を、はらはら、と落とそうとしていた。

「旦那、どうして来た?もう…本当にどうしようも無いんだから」

 もう肌に熱さは感じない。彼の周りだけ冷気があるようで、ばきばきと崩れ落ちる樹木の音が遠くなる。目の前の彼は腕を広げて抱きしめて、幸村を包み込んだ。

「大丈夫、旦那は俺が護るから」

 彼の背後にただ燃える様な赫が映えて、美しいのに怖いと思った。腕を伸ばしても触れるのは何もなくて、ただ彼の冷たい身体だけが自分を護ってくれているのだと知った。

 ――はらはら、はらはら。

 視界を覆う紅い花。
 佐助の背後で、紅い花が散り始める。あんなに満開になっていたのに、その赫は火を消すようにして蠢いて、そして払っていく。その紅い花に、焔の赫が混ざっている。

 ――燃えてしまう。

 佐助の背後には紅い花――そして焔に捲かれる光景が広がっていく。
 このままでは佐助を失ってしまう。それだけは嫌だ。嫌だ。嫌だ。もがきながらも彼の冷たい腕に抱きしめられて動けない。

「旦那、好きだよ」
「ずっと、ずっと好きだった」

 ふ、と頬に触れた手が、冷たく感じた。でもその手が透き通り始めていた。目の前の佐助が、ふわりと紅い花を散らしていく。茜色の髪も、碧色の綺麗な瞳も、全て幸村を蕩けさせるだけのものだ。

「愛しているから」

 歪んでいく視界の先で、佐助はそう言うとそのまま幸村を抱き締めた。そして視界を遮るように手で覆い隠すと、優しく包み込むようにして抱き締めてくれた。

 ――もう二度と、お前を手放したくないのに。

 伸ばした手は、するりと佐助をすり抜ける。それと同時に彼の笑顔が遠くなる。離れたくない、触れていたい、一緒に連れて行ってくれ。何度もそう告げて来たのに、いつも彼は困ったようにはにかんで、そして口元に人差し指を立てて、何かを呟く。

 ――何を、言っていたのだろう。

 すう、と身体が浮いて、一気に突き落とされる。目の前の佐助が優しい笑顔で此方を見ていて、でもその背後には煌々と照る焔と、燃えるように咲く赤い花があるだけだった。





 ――ピピピピ…
 アラームが鳴っている。それには随分前に気付いていたが、止めるたびにスヌーズ機能でもって鳴り続けていく。幸村は目蓋を落としたままで腕を伸ばすと、音の主を握り込んだ。そして画面を開いて、ぴ、と大元のアラームを止める。
 最初からそうしていればよかったのに、どうしてそうしなかったのか――いつも思うが、起きなくてはいけない、という気持ちに元を止めるのが遅くなるというものだ。

 ――怠い。

 燦燦と部屋には夏の日差しが差し込んできている。
 それは目蓋を閉じたとしても解るもので、幸村は深くため息を吐きながら、うつぶせになった。枕を抱え込んで、このまま二度寝もいいなと思い始める。
 今日の勤務は確か昼からだった――それに、今は独り暮らしといっても完全な一人ではない。いざとなれば起こしてくれるだろう。

 ――すぅ。

 呼吸を穏やかにして再び眠りに入ろうとする。すると、するり、と肩に手の感触が触れた。音もなく、気配もなく、それなのに触れてくるのは確かな実体だ。
 剥きだしの肩に、ふう、と熱い吐息が触れる。ぎしり、とベッドが音を立てて傾き、端の方に人が座っているのが解る。そして背中から覆いかぶさるようにして、ふ、と唇の感触が肩に触れてきた。

「旦那…」

 優しく呼びかけられる。耳心地のよい声にうっとりとしながら再び眠りの底に落ちようとすると、再び呼びかけられた。

「旦那…――起きて」
「――…」
「起きてってば。俺様をいつまで一人にする気?」

 甘えるような声に、枕を抱えたままで手を伸ばして、肩に触れる彼の髪に手を絡めた。くしゃりと髪をなでると、まるで大型犬のように鼻先を擦りつけてくる。

「ふっふふ…くく、擽ったい」
「だぁんなぁ〜、早く起きてって」

 幸村は枕に顎先を乗せながら、彼の茜色の髪をわしわしと撫で続けた。そして小さく口の中で呟いた。

「夏が、終わるな…」
「うん?」
「お前の花も、もう少しで終わってしまうのだな」

 幸村はそう言うとうつ伏せのままで枕に噛みつく。彼は「どうしたの」と問いながら俯せたままの幸村を覗き込んできた。そのまま素肌の肩をひっくり返されて仰向けになると、見慣れた顔が一つ其処にあった。

「佐助…」

 腕を伸ばして彼の首に掛ける。素直に引き寄せられる佐助は、背中に手を差し込むと幸村を抱き起して、耳元に「変な旦那」と囁いていく。そして幸村が身体を起こしたのを見計らってから、夏の夜の熱気で湿っている髪を指先で撫でてから、シャワー浴びる?と聞いてくる。それに頷いて立ち上がると、赤い器に植えられている彼の百日紅が目についた。

 ――赤かった。あの夜も、赤くて、赤くて。

 思い出す度に切なさが蘇る。だけども、あの時に決めたこともたくさんあるのだ。
 幸村は一度、瞠目するとぺたぺたと裸足の足をフローリングの床に付けて、バスルームに向かって行った。

「目、覚めた?」
「ああ…」

 バスルームから出てくると、マグカップに紅茶を淹れた佐助が此方を振り返ってきた。世間は夏真っ盛り――冷房が苦手な百日紅のために、この部屋が冷えることは少ない。そのせいもあって幸村は風呂上りにそのままの格好で出てきたりしている。

「もう、髪くらい乾かしなっていつも言ってるのに」
「ふふ…お前に乾かして貰おうと思ってだな」
「そういう言い訳は却下―っ」

 口では駄目出しだが、屈んだ位置から佐助が手を伸ばしてタオルでふき取ってくれる。いつもと変わらない日常のようでいて、少しだけ幸村の様子がいつもと違う。
 ごし、と幸村の髪を拭きとりながら佐助は次第に黙り込んだ。さもすれば会話が成り立たなくなる。

「佐助、お前の花期はあとどれくらいだ?」
「だいたい2週間ってとこ?」
「そうか」

 晩夏だ――急激に気温が変わる訳ではないが、満開だった鉢植えの赤い花は零れ始めている。蕾を毎年多くつけていても、この時ばかりは仕方ない。
 幸村は鉢植えの傍に行くと、零れ落ちた赤い花――金平糖にも似た小さな花を手にとって、それをそっと口元に引き寄せる。

「だぁんな」
「――…」

 するりと背後から近づき、彼の腰に手を当てる。佐助はそのまま肩を引き寄せた。

「俺様がここに居るのに、どうして花にキスすんの」
「――愛しいと思って」
「それは嬉しいけど、出来れば今はこっちにしてよね」

 何処かいつもと違う幸村は、そうだな、と頷くと、瞼を静かに閉じた。柔らかく触れる唇を、苦く感じるのは珍しい。重ねるキスが、外の熱気と対照的に冷えていく気がした。





「なんか変なんだよねぇ」
「うるせぇ、惚気は後にしろッ!」

 仕事先の「和カフェ・カレイドスコープ」の従業員は三人という少数だ。しかし季節によって少数の追加がされる――それが全て花の精だというのは、秘密だ。
 昼から働き通しの幸村は、臙脂色の作務衣の背中を、少しだけ汗に染めていた。それをカウンターに寄りかかりながら佐助が見つめて、これまたカウンターで一人汗を掻きながらじゅわじゅわと揚げ物をしている政宗に声を掛ける。
 政宗が料理を作っている時は真剣だ。
 取りつく島もなく返されて、でも誰かと話したくて、佐助はカウンターに身を乗り出す。しかしそれを察したのか、三等身の小十郎が佐助の眼の前に、ぴょこ、と現れた。
 先ほどまで野菜の籠の中で、野菜たちと会話していた筈だが――今は佐助を見上げている。しかし周りの人間たちには小十郎は見えない。

「俺にはいつもと変わらねぇように見えるが」
「右目の旦那…でもさぁ、勘っていうの?なんか違うんだよね」

 籠の中から熟れたトマトを取り出す。それに齧りつきながら、ばたばたと動く幸村を眺めていく。政宗が作り上げた料理を運びながらも、幸村の様子を見ながら佐助は彼の様子を窺っていった。そうして時間は過ぎて、まかないが出る頃合いになっていった。

「やはり政宗殿の御飯は絶品でござるなぁ。天ぷらも然ることながら、うーめんはするする入っていかん。食べ過ぎてしまう」
「そうだねぇ。あの梅だれ最高に美味かった」
「元就殿のかき氷もまた…絶品」
「杏子ソースがねぇ」

 大抵仕事空けには直前に食べていた夕飯の話になる。色事よりも真面目な話よりも、なによりも食い気に走る辺りが可愛い。幸せそうに腹を撫でている幸村の後ろから着いていくと、彼がぴたりと足を止めた。

「旦那?」
「――…」

 幸村は空を仰いでいた。幸村が何を観ているのかを確認しようと、同じように見上げてみると、其処には少し欠けた月があった。
 佐助がそれを見上げていると、今度は歩いていた方向と逆に幸村が動き出す。

「どこに行くの、旦那?」
「還るぞ」
「え…?」

 焦って彼の後ろについて駆け出す。幸村は手首にある時計を観て、まだ間に合う、と呟く。最終の電車にぎりぎり間に合う、と彼は続けた。急に駆け出した彼がくるりと振り返った。後ろ向きに走りながら、佐助に満面の笑みを見せる。

「里帰りだッ」
「今から?」
「そう…このまま、夜行に乗って行けばいい」

 追いついて、背後にぐらつく幸村の身体を引き寄せる。どこのメロドラマだ、と突っ込みを入れたくなるが、このままくるくる回れそうな勢いだ。しかし体勢が整うと再び幸村は前を向いて――駅を目指して走り出す。ぐん、と開いてしまう。

「え、ちょっと…マジ?」
「勿論だっ!――佐助ッ」
「――…なんだよ、もうっ」

 佐助もまた足に力を入れて幸村の背中を追った。すると、彼の背に揺れる長い髪が、左右に動いて、肩越しに強く言われた。

「ついて来い」
「…はい」

 足を止めて、汗の浮く背中を見上げた。月明かりに揺れる髪と、うっすらと染みる汗の痕。駆け出す人の背中を見つめて、佐助は「仕方ない」と呟くと、口元に微かに笑みを浮かべて幸村の背中を追って行った。










 駅に着いたのは早朝だった。人通りの少ない駅で、それでも大きい駅だと聞いて、其処から更に在来線で目的地へと向かう。
 ぽーん、ぽーん、と鳴る時計の音に、知らず無口になりながら、幸村の手に引っ張られて佐助は歩いていた。どうせ誰も見ていない――誰かいたとしても、実体じゃなくて花の精の姿になればいいだけ――そんな風に思いながら幸村と手をつないでいく。
 二人の故郷に到着して直ぐに、幸村は両手を天に伸ばして深呼吸をした。
 山に囲まれたこの場所は、標高も高いせいか空気が澄んでいる。まだ晩夏とはいえ、太陽は照りつけるほどなのに、空気は冷たい。昼にかけてこれが、肌を焼く様になるのだが、朝は本当に心地よいものだ。
 まだ起ききらない住宅街を歩きながら、こんもりとした山のようになっている高台を目指した。表から向かえばそこは石段が続き、見上げる先には鳥居がある。
 ざく、ざく、と石段と砂利を踏み込みながら登って行く。辺りには細い、少しだけの赤い花があった。これが昔はぎっしりと視界を埋める程にまであったかと思うと、その違いは歴然だった。
 鳥居の傍にくると、幸村が足を止めた――視線を追うようにしてみれば、鳥居の下の方に、焼け焦げた跡が残っている。

「覚えているか、此処を」
「――…忘れる筈なんてない」

 幸村は新しい社の前に立って、肩越しに振り返ってきた。表情の変わりやすい幸村にしては珍しく、真顔――無表情に近かった。

 ――ぎゅう。

 佐助は隣に立って、彼の手を握り込んだ。握り込んで、指を絡めて、その手を持ち上げてから手の甲に唇を寄せた。

「お前はあの木の、下から芽生えた」
「うん」

 社の直ぐ横に、真っ黒になった幹が、途中から切り倒されて存在していた。根は付いたままだ。しかし既に根は精気を吸うだけの力もない。その黒い切株になった横から、新しい芽がほんの少し出ている。
 幸村は佐助の手を引っ張って、その切株の元に行くと、するりと佐助の手を離れて膝を付いた。優しく、切株の断面を撫でていく。

「俺は、この…朽ちた樹の、佐助と恋仲だった」

 膝を折って、まるで覆いかぶさるようにして幸村は黒い朽ちた樹にすり寄る。それを見下ろしながら佐助は少々複雑な気分になっていった。

「…知ってるよ」

 身体を起こした幸村の背中しか見えない。だけどこういう時の幸村は、今目の前にいる佐助を観ながら、その背後の「佐助」を求めているのだと思い知らされる。
 同じ株から生まれた同じ花の精でも、傍の神社の神様の力を借りていた佐助は、神通力もあった。それを全て使い切って、ただの花の精になって、忘れた事や、出来なくなったことは多い。

「お前は同じ佐助だ。でも」
「違う、って言いたいんでしょ」
「――…」

 ゆっくりと幸村が見上げてくる。肩越しに見上げてくる瞳が、既に濡れていて、佐助は小さく舌打ちをした。そして項を掌で撫でて俯く。

「大丈夫。俺様、過去の俺に嫉妬はしない」
「――していいのに」

 ふい、と視線を逸らした幸村の背後から、腕を回して抱きしめた。抱きしめると直ぐに佐助の手に手が触れ、先ほどまで切株に触れていた彼が、切株から離れる。

「しないさ。だってあんたは今、俺様が好きだろう?」
「――あ」

 振り返った幸村が、腕をぎこちなく動かして佐助の脇の下から差し込んできた。そうされると向き合って抱き合う姿勢になる。触れる胸元、吐息、温もり、絡まる腕――今感じているのは過去に幸村と一緒に居た佐助ではないけれども、今確実に幸村を想っている佐助だ。

「違うって思ったら、絶対にあんたは俺様を受け入れないと思う」
「――佐助」
「面倒くさいけど」
「――…」
「今、もし前の俺が居たとしても、負ける気はないね」

 片眉を吊り上げて笑う。

 ――あんたにゃ、旦那はやらないよ。

 胸裡で真っ黒に焦げ付いた切り株に告げる。あれも自分だ――だけど、今は――今、彼を愛しているのは此処に居る、鉢植えの百日紅の花の精だ。

 ――俺はただの花の精だけど。

 神様の力を貰って、幸村を守った百日紅ではないけれども。それでも、愛して、愛されている。それを疑うつもりはない。

「どこから来るのだ、その自信は」
「だって旦那は愛してくれるでしょう?」

 あまりに自信にあふれて佐助が言うものだから、幸村が唇を尖らせる。膨れた頬が可愛くて、其処にキスを落としてから自分の胸元に彼の頭を押し付けるようにして抱きしめた。
 そうしていると、緊張していたらしい身体から力が抜けて、ふふ、と幸村が胸元で笑った。

「佐助…」
「はーいよ」

 抱きしめあった身体を離して、立ち上がって、土に汚れた膝を払った。じわじわと夏の名残のように蜩が啼きだしている。
 幸村が俯いて、それから手招きをしてくる。なんだろうかと少しだけ身を屈めると、耳を引っ張られた。そして小さな声が耳元を擽る。

「此処で、抱いてくれぬか」
「え」

 ぴし、と動きを止めると、幸村は少しずつ赤くなりながら俯いてく。耳に触れていた手が離れ、するりと肩に落ちて、それから離れる。だけど再び、心許なく佐助のシャツの裾を抓んできた。

「――前のお前とも、此処でよく抱き合った」
「うわ〜、大胆…」

 ――どんなことしたの?

 意地悪で聞くと、今度は眦を上げて睨みつけてくる。

「したくないのなら、いいぞ」
「します、しますっ!旦那からのお誘いなんて珍しいしッ」

 機嫌を損ねてはいけない。そんな風に思いながら、離れそうになっていた幸村の腕をひぱってキスをした。それから、真新しい社の戸をあけて、こっそりと中に入ってから、外の明るさと対照的な暗さに、しい、と二人で声を潜めていく。
 かくれんぼみたいだ、と言ったのは幸村だった。幼い時のような戯れではないけれども、どうしてか目が合うと笑ってしまうくらいには、この状況を受け入れてしまっていた。

「気にはならないのか?」
「うーん…そう言われると複雑」
「だろうなぁ」

 外ではふわふわと年数浅い百日紅の花の精たちが浮いている。実態も何も、人型を得ることも出来ないでいる、小さな光だけれども、それが命の光だと思うと綺麗なものだ。
 佐助は外の光を見つめて、それから隠れるようにして身を屈めて、幸村を敷き込んでいく。広がる水紋のような髪は、昔も見た――以前の佐助の時から観てきた光景だった。

「見せつけるつもりでしようか」
「そんな破廉恥なこと出来るかっ」

 ――べし。

 幸村の平手が額に当たる。

「いでっ」

 反射的に声を上げると、今度は両手で頬を包まれる。引き寄せられるようにして顔を近づければ、幸村の黒い瞳がじっと佐助を見つめて来ていた。背後にいる誰かではない、目の前の佐助に向けられる瞳には迷いがない。

「…大丈夫だ、間違えていない」
「なに?」

 小首を傾げて見せると、幸村は眉を下げて微笑んだ。外の陽光に負けないくらいの、綺麗な笑顔だった。

「――佐助、夏が終わる」
「そうだね…」

 仰け反る咽喉元に舌先を這わせて、徐々に熱くなるであろう外の気温を想う。だけども、触れている人の方がもっと熱いのは知っている。触れる素肌と、触れられることに、熱は高まって行く。

「終わって、欲しくない…な」
「俺様もそう思うよ」

 気怠そうに言う幸村に柔らかく微笑んで、それから甘く唇を重ねていく。
 どんなに愛しても、もう還らない日々。甘さに浸って咽喉が焼ける程に浸っていたけれども、もう戻れないのは知っている。だけど戻りたいと願う必要もない。

「佐助、俺はお前が好きだ」
「知ってるよ」
「――知らぬ癖に」
「ええ?知ってるよ」
「今のお前が、俺の佐助だ――俺だけの、佐助、だ」
「俺様はあんただけのものだよ」

 くすくすと笑いながら身体を絡めあう。快楽に浸るだけでなく、時々こうして戯れる。手に、指に、全て絡まり合うように触れて、浮き出る汗に「暑いね」と繰り返していった。



 佐助と再会してから、ずっと傍に居られるようになった。さみしさは小さな傷を与えてくれたけれど、それよりも大きな喜びを目の前の彼がくれた。
 だから、戻りたいとは思わない。

 ――貴方も確かに愛していた。

 もう居ない佐助に語りながら、幸村は揺らされる熱波に身を預けて行った。何度も繰り返す記憶の中の夏に、もう還らない、と決めた日だった。







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逆転お花ちゃんずのカップルが実体化してる時の 甘いお話(特に佐幸)