カレイドスコープ・ライフ 藤の花が散ると、あっという間に梅雨になり、そして燦燦と輝く太陽が姿を現すようになった。ぐんぐんと上がる気温に、季節が移り変わったことを気付かされる。 季節は、夏。 既に世間の学生は夏休みに入っている。それは勿論、幸村も変わることは無い。早々に課題を終えた幸村は、殆どをアルバイト先である和カフェで過ごしていた。 ――サァァァァァ 朝早くにカフェの周りに水を撒いていると、あたりの木々が光を受けてきらきらと光り出す。それを眩しく見つめながら、幸村は中に入って行った。 カフェの中に入ると、入れたばかりの冷房が、それでもひんやりとした空気を幸村の汗を掻いた肌に触れさせてくる。 「ふぅ…今日も暑くなりそうでござる」 幸村は中に入ると、既に汗で濡れてしまったシャツを脱ぎだし、替えのシャツに着替える。そしてその上に制服でもある作務衣を着てから、入り口のレジ横に置いてあった臙脂の鉢に近づいた。 「今日も見事。愛らしいものだ」 開店時間まではゆうに1時間ほどある。幸村は近くの椅子を持ってきて、レジ横に陣取ると、指先で鉢植えの中で咲き誇る深紅の花を突いた。 「花びらは小さいけど、金平糖のような…」 ふと指先で花弁を突く。すると、ふる、と花が揺れたようにみえた。終わりの近い花が、ほろりと下に落ちているが、それはそれで紅く咲いて綺麗なものだ。 ――ぬぅ。 「だーんな……」 幸村が身を屈めて鉢植えの花を構っていると、背後から大きな手が伸びてきた。そして背中にひんやりとした感触が触れて来る。幸村は振り返らずに――手だけを、廻ってきた腕に触れさせる。すると背後の彼はぴったりと張りつき、幸村の頬に自分の頬を押し付けてきた。 「佐助…相変わらず綺麗な華よ」 「でしょう?今年はより一層紅いからねぇ…」 間近で一緒に同じ鉢植えを眺める。頬に佐助の瞬きする感触が触れるほどだ。普通、百日紅は白や桃色、それに少し赫が濃い桃色が一般的だろう。しかし佐助のこの鉢植えは深紅の花だ。 「花びらがころりとしていて愛らしゅうての。まるで金平糖のようで…」 「俺様、食べられないからね。食べちゃ駄目だよ?」 「何を言うか。其処まで食い意地は…」 幸村が反論しようと振り向くと、佐助の碧の瞳にぶつかった。視線が合う――鼻先が触れ合ったと思うと幸村は視線を反らして再び鉢植えに向けた。程なくして、ちら、と背後に抱きついてきている佐助を伺い、ぱっと視線を戻す、というのを数回繰り返した。 「旦那…」 耳朶に囁くようにして佐助の声が触れて来る。微かな吐息が幸村の肌を震わせてしまう。佐助に甘く囁かれ、呼ばれて、押し黙っていることも出来ない――背に感じる彼の冷たい肌の感触に、より深く身体を預けるようにして振り向くと、自然と唇が触れて行く。 「――…ッ、ん」 触れたと思った瞬間、一度顔を離してから見詰め合った。佐助の腕がするりと下降して、幸村の腰に絡まる。そして腹の前で長い指が組まれた。 「佐助…――だめ、だ」 「ん?何が…」 唇を何度もつけては離す――啄ばみ続けながら、幸村は腕を持ち上げて彼の後頭部に当てた。すると心得ているとばかりに、ぴったり寄り添っていた筈の佐助が、少しだけ力を緩めた。本当に僅かだが、そうすると身体を回転させる隙間が出来る。 「こ、のような…――っん」 「このような?」 「破廉恥な…事は…」 「うん」 言いながら両腕をぐいと佐助の首に絡める。言葉で言うのとは裏腹に、行動はもっと深くなることをせがんでいるものだ。 先ほどまで幸村の腹の前に組まれていた佐助の両手は、今は腰に添えられているし、胸元はぴったりと着いてしまっている。 「旦那、言ってることとやってる事がちぐはぐだよ?」 「ん?…そのような事は」 触れていると離れ難くなってしまう。単に佐助の身体が冷たくて気持ちいいのもあるが、やはり人肌に触れているという安心感が強い。彼と身を寄せている事に、ずっとこのままでいたい、と思ってしまうのも事実だ。 「旦那と肌を合わせてるとさ、俺様すごく幸せ〜て思うんだよね」 ――驚いた。 幸村が思っているのと同じようなことを佐助も感じていたらしい。幸村はほんのりと口元を笑ませながら、彼の肩口に頬を寄せて寄りかかる。 「離したくないなぁ。このまま、融けちゃいたい」 佐助の言葉と同時に、腰に触れていた手がもっと下に向かい、ぎゅっと臀部を鷲掴みにしてきた。幸村は即座に顔を起して頬を膨らませる。 「それは駄目だッ」 「なぁんで?」 ついでに佐助の頭を、ぺん、と叩くと幸村は首に回していた腕を解き、佐助の両肩に添えた。そして、こほん、と咳払いしてから彼を見上げる。佐助は長い前髪をピンで無造作に留めていたが、小首を傾けた際に、はら、と一筋零れ落ちる。 そんな些細なことにも、動悸を感じながら幸村はしっかりと伝えた。 「これから仕事だ」 「たまには良いじゃない?ね…――」 ごそごそ、と佐助は再び腕を背に回してくる。ぎゅうと抱き締められると逃げる事も難しくなってきてしまう。 ――する。 「あ、馬鹿者…ッ」 佐助は幸村の作務衣の裾をたくし上げ始める。彼の手の動きが、感触が、さらりと肌に滑りこみ、幸村はぞくりとした震えを感じた。肌に触れる彼の手に、ぎゅっと瞼を引き絞る。 「Hey、お二人さん!元就の雷落ちる前に押さえとけよッ」 不意に背後から大声で声を掛けられる。幸村は背伸びをして佐助の肩越しに顔を向けると、食材の入った籠を手にした政宗が――既に辺りには煮物の香りが漂っているのだが――眉根を潜めて此方を視ていた。籠の中の茄子とトマト――その合間に、ちょこんと小十郎が一緒に入っている。 「政宗殿…あ、こ、これは失礼したッ」 「家でやれ、家で」 いー、と歯を見せる政宗は中央にあるカウンターに向う。その背中に向って佐助が眉根を潜める。佐助は未だに幸村を腕に抱き締めたままだが、この隙にとばかりに幸村は衣服を正していた。 「何さぁ、自分だって右眼の旦那が花期の時にはいちゃいちゃしてるくせに」 「Shut up!俺はお前ら程、いちゃついていねぇッ!」 ぐわ、と政宗が佐助に反論する。するとカウンターに置かれた籠の中から、小十郎もまた小さな三頭身の身体で、精一杯に胸を張って佐助に人差し指をビシッと向けた。 「そうだぞ、佐助!いちゃいちゃしているんじゃねぇッ。政宗様は俺の花の香りを嗅がれるのがお好きなだけだッ」 ――がく。 小十郎が胸を張って叫んだ直後、背後で政宗が膝を折ってしゃがみ込んだ。すると小十郎は「いかがなされた!」と籠から飛び降りていく。政宗は駆け寄ってきた小十郎の頬を指先で突くと、少しだけ眉を顰めた。 「oh…小十郎、お前に言われると…それだけじゃねぇっての」 「は…――政宗様ッ?」 くりくりと大きく瞳を見開いた小十郎が、小首を傾げる。 「どっちもどっちであろう。まったく色ボケおって」 「暑ぅ、よう皆、おはようさん」 涼しげな顔をして、カウンターと入り口の合間に元就が現れた。足音をあまり感じさせず、手には花の終わった藤の鉢を持っている。そして元就の肩には銀色の髪と、紫紺の瞳を持つ元親が胡坐をかいて座っていた。そして挨拶をしつつ、右手を元気に振り上げる。 緑色になっている藤を、元就は静かに窓辺に置くと、流れるような視線で佐助を一瞥した。そして、フン、と鼻を鳴らしてみせる。 「佐助が花期になり戦力としては使えるが、べたべたするのは後にせよ。視ていて暑苦しい。今日も、きりきり働け、駒よ」 「酷…ッ」 佐助が腕の中に幸村を収めたままで顔を顰める。そして幸村の方を見下ろしてから大仰に溜息をついた。 「旦那、お願いだからあまり笑顔とか客に向けないでね」 「何をいうか!お客様には笑顔で接客だッ」 じたじたと腕を動かして幸村が佐助の腕から逃れる。拳を握り締めながら佐助に叫んでいると、佐助は掌をひらりと動かして幸村の頬に添えた。 「だって俺様、妬けちゃう…」 ぱし、と佐助の手を弾きながら、顎を引いて幸村は佐助を見上げる。 「そういうお前こそ、鼻の下を伸ばして…」 「あ〜らら、旦那ってば焼きもち?」 「ちちちち違うわッ!」 ――ばちんッ。 盛大に幸村の平手が響くと、政宗は耳に小指を突っ込みながら「くそ熱いぜ」と呟く。カウンターの上ではトマトを手にした小十郎も同じように「全くでございます」と大きく頷いていた。 「あー俺、今日はうーめんしか茹でたくねぇぞ。朝から暑苦しいの観ちまったからなぁ…」 「そう言うな、後で涼果でも出してやる」 カウンターに寄りかかった元就が、佐助と幸村を遠巻きに眺めながら、はああ、と溜息を付いた。 幸村と佐助は傍から見ても楽しそうにじゃれている。彼らを眺めながら、外に出すボード用に元就がメニューを書いていく。書いている間に、ボードにチョークを持った元親が落書きをしていたが、元就は消さずにそのままにしている。そしてそれを佐助と幸村の方へと差し出すと、出して来い、と促がす。 「さあ、開店だ」 元就の声で皆が持ち場に向う。外は今日も夏の強い日差しを降らせていた。 一日が終わると皆で食卓を囲む。その瞬間になると自然と幸村の腹の虫は、盛大な音を出すようになっていた。 「今日は何ぞ?」 元就がテーブルに付きながら聞く。卓上にはフォークを手にしながら駆け回る元親がいる。それを掴みこんで、元就は背後にぽいと放り投げた。だが直ぐに戻っていて同じ事を繰り返していく。 「今日は太刀魚の塩焼きを細かく切って、薬味風にした。飯と掛け汁あるから冷汁もできるぜ。あと生姜ご飯の残り、湯葉の香味和え、それから薬味各種…って事で、うーめんだな、今日のメインはッ」 「うーめん…か。昨日は素麺…麺付いているな。ちなみに今日は西瓜か水羊羹で迷ったが…デザートはカキ氷よ」 「SO Good!今日暑かったもんなぁ」 「政宗様、私も一口欲しゅうございます」 「解ってるよ、小十郎」 とてとてと小十郎は歩きながら箸置きをセッティングしている。そして程なく出来上がった――大皿に乗せた麺を手にしてきたのは佐助と幸村だった。目の前に山盛りのうーめんを見て元就が流石に瞳を見開いた。 だが一度、箸を付け始めるとあっという間にそれらはなくなっていく。 ――ほろり、ほろり 「そういえば、佐助って結構花期長いよな」 「百日紅でござる故。金平糖みたいな可愛らしい花びらでござるぞ」 もくもくと口を動かしていた政宗が、箸をくるりと動かした。すると細切りになっていた太刀魚を手にした小十郎が「お行儀悪うございます」と諌める。 それぞれに隣り合って座る姿を幸村は見回してから、店内の植物を見上げた。 ――此処は居心地がいい。 昼にはきらきらと光が射し込む店内で、花々が咲き誇る時には店員も増える和カフェだ。 「秋頃になったら里帰りしようと思うのだが…」 不意に元就が口を開いた。そして手に古い――横に車輪のついたカキ氷機を持ってくる。そして合わせてシロップも手にしてから、しゃりしゃり、と氷を削り始めた。 「皆もそれぞれ休みを取るがよい」 ことん、と大きなカキ氷を作り終え、元就が幸村と政宗に視線を流す。そうしている間にも、元親は元就の手伝いとばかりに黒蜜をかけ始めた。 出来上がった大きなカキ氷に、黒蜜とミルク――それを政宗の前に置く。 「偶にはご母堂に顔を見せてはどうだ、政宗」 「うーん…それなら俺、のんびり温泉に行く」 ――勿論、小十郎も一緒な。 カキ氷を口にしながら、そっと小十郎にも分けると、早々に小十郎は額を押さえて呻いていた。 再び、しゃりしゃり、とカキ氷を作る元就は、今度は苺と練乳をかけたカキ氷に、凍らせてあった苺を乗せてから、幸村の前に渡す。 「幸村もな…実家に帰ってみるもよかろう」 「そうですなぁ…兄上やお館様に顔見せするのも良いやも」 言うと直ぐに背後から肩を引き寄せる佐助がいる。勿論、連れて行け、という意思表示なのだろう。 そして三つ目のカキ氷には、抹茶をふんだんにかけ、さらに小豆、白玉を添えて自分も元へと元就は引き寄せた。 「我もこやつの本体に逢いに行ってくる。皆、銘々休暇を楽しむが良い」 「元親に逢いにいくのか〜。って俺も元親だけどさ」 ぶつぶつと呟く元親が白玉を手にして齧り付く。ふくふくした頬が動くのを見つめながら、幸村はくすりと咽喉を鳴らして笑った。 「Ah?どした、幸村。何か可笑しいことでもあったか?」 「あ、いや…」 「言うてみよ」 目の前のカキ氷を崩しながら、三人で頭を寄せ合う。そしてそれと一緒に大きな頭一つと、小さな頭二つも寄り集まってきた。 「此処は居心地が良うござる。毎日がキラキラしていて、まるで万華鏡のような…」 そして夫々の手にしているカキ氷もまた、光を浴びてきらきらと氷を光らせていく。 「某、学校を卒業しても、此処で働きとうござる」 一大決心のようにして幸村は言った。しかし、直ぐに元就はスプーンを口に引き入れて応えた。 「勿論そのつもりよ…のう、政宗」 「まぁな」 頷く政宗もまた、微笑んでいく。幸村は彼らを見回してから、深々と頭を下げる。そして「精進いたします」と告げていった。 「休みが済んだら再び、よう働けよ、捨て駒共よ」 「元就、それキツイぜ…」 おかわりのカキ氷を作り出す元就に政宗が突っ込みをいれる。それに負けじと皿を差し出しながら、幸村は佐助の耳元に唇を近づけた。 「店名は真であるな」 「えーっと…何だっけ?」 佐助は小首を傾げて見せた。毎日通りかかっていても彼ら花の精にはあまり関係のないことだ――幸村はそっと彼に告げていった。 「カレイドスコープ。万華鏡だ、将に名に違わぬ場所だな」 幸村の答えを聞いてから佐助が微笑む。そして苺で真っ赤になった唇に、指先を当てると、ふふ、と笑っていった。皆、口元をシロップの色に染めながら、夏の夜のひと時を楽しんでいった。 了 100801 逆転花の精・終了。 yuki様のリクエスト お花ちゃんの花組と人間組が立場逆転したお話(佐助、小十郎、元親が花、幸村、政宗、元就が人間) お花を決めてから花言葉がぴったりで驚きました。梅・忠義、藤・貴方の愛に酔う、百日紅・敬愛。 本編のお花ちゃんとの違いとして「樹になる花」「最初の出会いは大きな姿」などなど対比させて書いて見たり、本編と季節を全て同じにしたりもしました。まだちょっとネタはあるので、ちまちま書きたいと思います。遅くなりまして申し訳なく、しかし楽しめました!リク有り難うございました! |