Fake 戦装束に身を包むのは慣れた事だ。いつもよりも強く、頑なに、胸元の晒しを巻きつけていく。男の強い力で、ぎゅ、ぎゅ、と巻きつけられていく。 「苦しくは、ございませぬか」 「いいや…達っちまいそうに、気持ちいいぜ?」 気遣った小十郎に対して軽く答えると、彼は眉根を寄せて溜息をついた。 ――ご冗談はほどほどに。 背に晒しが巻かれる瞬間には、小十郎の身体が密着してくる。そして離れて、近づいて、の繰り返しだ。ただ見つめていると脳裏に昨晩のことが浮かびそうになって、政宗は艶めかしく溜息を付いた。 「Ah〜、冗談なんかじゃねぇぞ?」 「政宗様…ッ」 「だってよ、やってる時みたいじゃねぇか」 「これから戦に出るというのに、貴女様は…」 ――どうしてこうも口が悪くおなりで。 がっくりと肩を落とした小十郎に、あはは、と笑いながら彼の肩に手を添える。そのまま、膝立ちになっている小十郎の頬に、するり、と手を滑らせた。 「お楽しみは此れからだぜ?小十郎」 ふふふ、と口元に笑みを携えると、困ったように彼は眉根を寄せて、そして再び手を動かし始めた。 膨らみを現すこの胸を強く締め上げ、平らに見せる――それは自分の性別を押し隠すが故だった。そして、幼い時から側にいた彼がいつもその役目を追う。 彼は変わらず今尚、こうして側に居てくれる。公私共々、小十郎無しではと思うのは大仰だろうか。 一通り身支度が済むと、襖が静かに開けられる。その先には愛姫が低頭していた。緩やかな動きで入ってくると、目の前に盃を指し示してくる。 「さ、政宗様」 薦められるままに盃を手にし、愛に向けると、とと、と酒が注がれる。それを一気に煽ると、政宗は手にした小刀で盃を割った。 「出陣るぞ、小十郎ッ」 「御意」 後ろを振り向く必要はない。歩を進める先には戦が待っている。先程までの女の顔を捨て去り、此処からは伊達の当主たる姿を纏いながら行くだけだ。 事の起こりは朝稽古の際だった。最近北の方で山賊が出て困っているとの話を耳にした。 季節は秋――これから冬に差し掛かるこの地では、極寒の冬に備える時期だ。そんな時に山賊とは迷惑甚だしい。 少数精鋭での掃討を決めたのはつい先日のことだった。馬に揺られながら目的地へと向う。被害にあった者達の証言はまちまちで的を得ないものばかりだった。不安要素は沢山ある筈だが、政宗は今にも口笛を吹きそうな様相だった。 「何やら楽しそうでございますな」 「Um…だってよ、雪に閉ざされちまえば暴れることも出来ねぇ。今年最後の肩慣らしだぜ?」 「全く、貴女様ときたら…」 「おい…――」 規則正しく駆ける馬の蹄の音が、ばらばらと揺れてきた。何か起こりそうな予感に、政宗は顎先を小十郎の方へと向けた。 ――来やがったか…。 辺りに不自然なまでの霧が立ち込めてくる。ぶわりと沸き起こった霧に政宗は、ふん、と鼻を鳴らした。 「歓迎してくれてるみたいだぜぇ?」 「ご油断めされるな」 「解ってるって」 聞いていた山賊の特徴を思い出して、馬上から前を見据える。ざわざわとした厭な霧に、政宗は静かに口笛を吹いて見せた。 たかが山賊――だがそれだけではない相手のようだ。気付けば此方の勢力は分散されてしまっている。誘い込まれるままに、ばらばらに動いてしまっている。 ――油断したつもりもないが、これは…まずい。 敵の思う壺に嵌ってしまっては元も子もないが、既に誘い込まれてしまっているのだから、四の五の言っている場合でもなかった。だが、焦りだけは募る。 ――まずいな。 途中で政宗たちと別れたのは、間違いだったかもしれない。この霧と云う視界の不安定さを如何することも出来ない。これでは味方が側にきても解らないかもしれない。 ――政宗様はご無事だろうか。 離れてからどれくらい経つだろうか。木々の鬱蒼とした中に誘い込まれてから――いや、冬近いこの時期だ、曇り空からは時刻を計りきれない。 幾許かの不安を胸に抱きながらも、小十郎は辺りの気配を窺っていた。此処に来るまでに数人の山賊は倒してきている――しかし霧が晴れてはいない。 ――まだ敵はいる。 ざく、ざく、と草を掻き分けながら先に進んでいく。すると、ぶわり、と視界が揺れた気がした。瞬時に腰を低くして刀に手をかける。 呼吸を押し殺して迫ってくる気配に気を向けた。足元の小枝が、ぱき、と音を立てるのに顔を起すと、見知ったシルエットが其処まできていた。 「小十郎…其処か?」 「政宗様、ご無事で」 聞き馴染んだ声に、落としていた腰を伸ばす。手に構えていた刀を納めこみ、政宗が近づいてくるのを待った。近づいてくると、政宗は目の前で足元を見つめて溜息をついた。 「ああ、こっちはもう片付けたぜ」 「ですが、この霧…やはり妖術を操るものがおったようですな」 「そうだな…」 言うや否や、そっと政宗が肩を寄せてくる。濃霧の中だ――近づかねば相手の表情を見るのも難しい。 「政宗様?」 怪訝な響きで問い直すが、寄せてこられた身体を、いつものように腕に絡め取ってしまう。すると政宗は微かに、ふむ、と頷きながら腕を伸ばして小十郎の方へと向けてきた。 「なぁ、小十郎…これで全部だと思うか?」 「いえ…まだ残っているでしょうな」 ――霧が消えていないのがその証拠。 静かに分析しつつも、なぜ政宗が一人で此処にいるのかと思考をめぐらせる。此処に来るまでに馬の蹄の音さえしなかった。僅かな違和感に――政宗に悟られないようにと、首を捻っていると、政宗は小十郎の耳元に唇を寄せてきた。 ――するり。 瞬時に触れてくる政宗の身体を抱きとめる――だがその瞬間に、違和感の正体に小十郎は気付いた。しかし政宗は構わずに身を寄せてきた。 「――――…」 「いつも、しているみたいに」 政宗は静かに耳元に囁いてきた。 問いかける間もなく、政宗の顔が近づく。触れてくるのは柔らかい感触――口唇の感触に他ならない。だが次の瞬間、小十郎は強く身体を引き剥がした。 「小十郎…?」 不思議そうな顔で政宗が見上げてくる。相手の腰を片腕で支えながらも、小十郎は口元に笑みを作った。咽喉の奥から嘲笑の笑みが零れ出てきそうだった。 「似ても似つかねぇ…」 「――…チっ」 小十郎の気配の変化に、政宗は――いや、相手は即座に危機を感じたのだろう。舌打ちが響いた。 ――ばっ。 小十郎の腕を振り払おうと、腕を大きく動かした。勢いに乗りながら振り払っていく相手の背に、小十郎はぐっと視線を見定めると、愛刀に手をかけた。 「この片倉小十郎、主を見誤るほど落ちぶれちゃいねぇッ」 「――――…ッ」 青い背中が振り返ったのが見えた――だがそれは直ぐに霧散して、別の形を成していく。悲鳴さえ出す隙を与えずに、相手を倒していくと小十郎は直ぐに踵を返して霧の中に入り込んでいった。 静かに進む中で、そっと空気が揺れる気配がした。足元の木の葉を踏み荒らしてから、顔をあげると目の前に忍装束の女が一人立っていた。 「女か」 「――…ッ」 政宗の呟きに相手が瞳を見開く。すると女は手にしていた印を振り解いた――しかしこの濃霧はまだ晴れなかった。 「手前ぇか、山賊の妖術者ってのは」 ――忍の術だったなんてな。 鼻で政宗が笑うと、女は厭な笑みを口元に浮かべた。そして手を再び組みながら政宗を見据えてきた。 「お前、笑っていられるのも今のうちよ」 「寝言は寝ていいな」 ――かち。 手に刀の鍔の音が響いてくる。相手が攻撃を仕掛けてこようとしているのは気付いていた。ぶわりと視界が余計に濃くなる――だが此処で逃がしてしまっては意味はない。 ――ヒュッ。 霧を割く様にして刀を振り払うと、直ぐに身体を躍らせて敵の懐に入り込んだ。 「あ…――ッ」 「悪いな、俺は女だからって容赦しねぇ」 間近に迫った瞬間、がん、と刀の柄で女を弾き飛ばした。 「――ッぐ」 弾き飛ばされ、地面に倒れ付した女を見下ろしながら、政宗が溜息を付く。大して面白くもなさそうに小首を傾げてみせてから、ざく、ざく、と木の葉を踏み込んでいく。 「何故、貴様…ッ」 「ああ?格が違うんだよ、格が…な」 「な…ぜ、術が…効かぬ…――?」 身体を起こそうとしながらも、政宗は相手の背に脚を乗せて動かないように固定した。そのまま縄で縛ってしまってもいい。しかしこのまま生かしておくのも面倒になりそうだった。そんな事を脳裏で考えていると、相手は「何故」と繰り返してくる。 ――予想がつきそうなもんだけどな。 このまま相手に間を持たせたら、取り逃がしてしまうかもしれない。そしてまた被害が増えるもの面倒だった。 見るからに抜け忍――それが山賊と利害の一致を見て、結託したという処だろう。そしてくの一が得意とすることを想像すれば、先程の術の内容など予想できるというものだ。 「Hm、大方、媚薬的な術だろう?お前らくの一の得意とするのは」 「――――…ッ」 びく、と足元の女が揺らめいた。政宗は、再び腰に帯びた刀に手を向ける。 「それで皆だまくらかされて来たって訳だ。だがな、俺に効くはずねぇんだよ」 「まさか…――ッ」 ハッと気付いた相手に、ふん、と笑ってみせる。相手が悪かったな、と皮肉って言うと、政宗はすらりと白刃を空に掲げて見せた。 「その先はあの世で確かめな」 ――――…ッ。 ひゅん、と刀を一閃させた後、ざああ、と霧が晴れていった。 止めを躊躇うことなく刺してから、木の葉を踏み込みながら馬の元へと戻る。するとその途中で小十郎が駆け込んでくるのが見えた。 「政宗様…ッ」 「小十郎か、お前、遅いぞ」 はは、と笑って見せると、小十郎は困ったように眉根を下げて見せた。だが此処まで走ってきたのが解るほどに、額に汗まで浮かべている。それを見上げていると、小十郎は安堵したかのように政宗の前に立った。 「申し訳ありませぬ。ご無事で」 「ああ、何処も何ともないぞ」 「本当でございますか?」 「確かめてみるか?」 ほら、と両腕を広げてみせると、いつもは窘める小十郎が、じっと政宗をみつめて立ち尽くした。そして徐に手を伸ばすと、政宗の胸元に両手を添える。 ――むに。 「――何、俺の胸触ってんだよ?」 「いえ…――」 ハッと気付いて小十郎が手を離す。その離した手を再び掴み取って、ほらほら、とからかうように自分の胸に押し込めると、彼は居心地悪く視線を泳がせていった。 「あ〜、解った。お前、男の俺に迫られたろ?」 「――お恥ずかしい限りですが」 はあ、と溜息をつく小十郎に、苦笑するしかない。だが今回の出向が期待を裏切る結果で、どうにも身体が燻るのも事実だった。 ――皆無事なのはいいんだけどよ。 手強いと聞いていたのに、と不謹慎にも不満を述べたくてならない。この熱をどうにか収める方法を考える間もなく、ふと政宗は彼の首に腕を伸ばした。 「どうする?」 「はい?」 少しだけ背伸びをして身体を寄せると、するり、と小十郎の腕が腰に回ってくる。そのまま、片足を彼の腰に絡めて、にやり、と口元に笑みを作った。 「さっさと還って、確かめてみるか?」 「また貴女様は…」 はあ、と溜息をついたままの小十郎が、少しだけ身を屈めて、政宗の脚を片腕で掬い上げた。 ――ひょい。 「え…――?」 軽々と横抱きにされてしまうと、間近に小十郎の顔が見える。彼の撫で付けた髪に――髪の流れにそって手で撫でると、小十郎は「早く帰りましょうか」と耳元に囁いてきた。 「此処は寒うございます。早く戻って温まりましょうか」 「勿論、お前が暖めてくれるんだよな?」 耳元に囁かれるままに聞き返すと、小十郎は少しだけ意地悪く口元を歪ませてみせた。そんな風に笑む小十郎は今まで観たことがなかった。 「おい、小十郎?」 「はい?何でございましょうか?」 彼に横抱きにされたまま、運ばれていく。ざざ、と足元に木の葉が鳴っていた。少々の疑惑をこめて政宗が小さく問うてみた。 「お前、本物だよな?」 「さあ?」 小十郎はくすくすと笑いながらも脚を薦めていく。何が彼に火を点けたのかは解らない。政宗はそんな小十郎の額を指先で小突いてから、ふう、と嘆息するだけだった。 了 まーめ様のリクエスト 小×にょ政で。シリアスで最後はハッピーエンドなお話を。または、裏板にょ政の続きで。 20091209 up シリアス…にしたら、こんなテイストに。汗。 |