Cherry coke & sunset kiss 旅行から帰ってから、気分もそぞろに日々を過ごしていく。その日も慶次に逢って課題に取り組んで――結局全て終わらせてしまったのだが――アイスコーヒーを飲みながらのんびりと、エアコンで冷えた部屋の中でゲームをしていた。 「そう言えばさ、政宗ぇ…」 画面から視線を外さずに慶次が声をかけてくる。ぽり、と側にあったカリントウ――慶次が買って来たもので、金平ごぼうの味がする――を齧ると、慶次は更に続けて言った。 「片倉とはどうなのさ?」 「どうって……――?」 「もうヤった?」 「――――…ッ」 ――ぶほッ 政宗は思わず読んでいた雑誌の上に、盛大にアイスコーヒーを噴出した。ぼたぼた、と褐色の液が紙面にじわりと滲んでいく。 「わぁっ、ちょ…汚いッ」 コーヒーを零しながら固まっている政宗に向かって、慶次がティッシュを差し出してくる。それとのそりと受け取りながら、政宗は聞き直した。 「な…何、言った、今?」 動揺で言葉が途切れてしまう。慶次はゲームを片付けながら、政宗の前からカリントウを取ると、ぽりぽりと咀嚼していく。 「だから片倉と何処までいったのかなぁって」 「――どこまでも何も、逢ってねぇッ!」 かあ、と頬が熱くなってくる。政宗は、べえ、と舌を出しながらムキになって声を荒げた。すると慶次が瞳を見開いた。 「え?」 「あれ以来、逢ってねぇよ」 ふん、と胸を張って腕を組む。すると慶次が身を乗り出してきて、耳元で大音声を張り上げた。 「えええええええええええッッッ!!!」 「うるせぇな。何だよ、悪いかよ」 耳元で叫ばれて政宗は自分の耳に手を当てる。そして慶次の声に対抗するように大声になってしまう。慶次は身を乗り出しながら、信じられない、と云いつつも捲し立てていく。 「悪いよッ!何それッ!夏休みじゃんッ!じゃんじゃん遊んで、逢って、ぐっちゃぐちゃに乱れればいいじゃんッ!折角の夏だってのに」 「最後のは余計だ、馬鹿ッ」 ――ばしッ。 乗り出してきた慶次の頭を平手で叩き落す。だが其れくらいで沈み込む彼ではない。慶次は叩かれた頭を手で擦りながら、不服そうに頬を膨らませた。 「えー?だってさ、逢ってない…って、この隙に誰かに取られたらどうすんの」 「――ッ、大丈夫だって!」 いきなり不安になるようなことを言われて、政宗の胸元がざわりと揺れた。それくらいで揺れる自分もどうかと思うが、考えたくないが有り得ないとは言い切れない。 ――でも俺は信じてるし。 それにまだ付き合い始めたばかりだ。そんなに急に相手のことを全て把握できる訳でもない。政宗は噴出して半分に減ったアイスコーヒーを咽喉に流した。 ぽりぽりと慶次は暢気にカリントウを齧りながら頬杖をついてくる。 「大丈夫だって言う、その根拠は?」 「――――…」 「政宗ぇ?」 ――応えなって。 絶対に楽しんでる、と思いながらも政宗は咳払いをひとつしてみせた。 「毎日、電話、してる…」 ずい、と携帯を慶次の鼻先に突きつける。流石に履歴を見せたりはしないが、政宗にとっては其れも心躍ることの一つだ。 ――今までは、アドレス見るだけで、用事がなかったら掛けられなかった。 少し声が聞きたいとか、話したい、と思ったときに今は手を伸ばすことが出来る。それだけでも政宗には嬉しいことに変わりない。だが慶次は溜息をついた。 「そんなの当たり前じゃないの?」 「あいつの声、耳元で聞いてみろよ。なんかもう話してるだけでドキドキする…」 「あ〜?片倉、声、イイもんな」 にひひ、と歯を見せて慶次が揶揄う。政宗は両手に携帯を握り締めた。そして小声でぼそぼそと話す。 「朝とかも、出勤する時にメールくれるし」 「それなのに逢ってないの?」 「うん」 こくり、と頷くと、慶次は深く「はあああ」と溜息を付いた。 「それ、安易に片倉の方から、逢いたいって言ってるものじゃない?お前、気付いてなかっただろ」 「そう…なのかな?」 がば、と顔を起す。言われてみれば自分だけが舞い上がっていて、小十郎はどうなのかと考えていなかった。そもそも話の内容から会うという方向へとならなかった。指摘されなかったら、このままで新学期を迎えていたに違いない。 「メールして、電話して、少しでも声聞いて…今、何してるのかなぁって思ってるってことじゃないか。疲れててもお前の声聞きたいってさ。それなのに、お前、普通に受けてたの?」 ――若葉マークだねぇ。 呆れ果てたように慶次が肩を竦める。手に持ったアイスコーヒーが、からん、と音を立てた。慶次に何だか責められている気がして政宗は膨れっ面にになる。 「五月蝿せぇよ」 「貸して」 ひょい、と政宗の手から慶次は携帯を取り上げた。そして素早く開くと、ひとつのアドレスを出して政宗の目の前に突きつける。 「今すぐ掛けなさい。んで、誘え」 「誘うって…ええええええ?な、何をッ!」 「デートだよ、デート!逢って来いよ!」 ――俺なんかと遊んでないで。 ぐい、と携帯を押し付けられる。画面には小十郎の番号がしっかりと出ている。それを受け取って政宗はしぶしぶと電話をかけていった。慶次はその間ずっと、にやにやと口元を綻ばせていた。 夏休みなのは学生だけだ。教師はそれなりに出勤して仕事をしている。なので、会えるのは休日と云うことになる。明後日には新学期が始まってしまうという、最後の土曜日に待ち合わせて会うことにした。 小十郎の提案でその日はドライブになった――休みの日に人混みに出て行くよりも、のんびりしたい、という小十郎の要望からだった。 「元気にしてたか?」 「お、おう…勿論だッ」 助手席に乗りながら政宗は前だけを見つめて言った。すると、隣で小十郎がくすくすと笑い出す。 「伊達、緊張してるのか?」 「そんな事…ねぇからな」 意地になって応えたが、本当は心臓は破裂しそうなくらいに高鳴っている。告白して、振られて、泣き続けた日々が一転して、こんな嬉しい状況になっているのだ――だが、少しでも嫌われたら、と思うと緊張もするというものだ。 かちかちになっている政宗を横目で見てから、小十郎は口の中でくぐもった笑いを零し、あえて気付かないように前を見つめた。前を走行する車は意外と少なく、すいすいと進んでいく。 「伊達、今日は少し遅くなるかもな…」 「何処まで行く気だよ?」 「この間まで山に居たからな、今日は海とか…そこら辺かな」 ――寺社仏閣見て、海見て、甘い物でも食わないか。 小十郎が続けて言うプランに政宗は思わず笑った。何処の隠居だ、と聞きたくなる。だが小十郎の好きなものを知りたいような気もして、政宗は頷いていく。 隣で運転する顔をちらりと見やると、旅行の時よりも少しだけくっきりと――精悍な様相を見せている。とく、と細かく心臓が高鳴るから困ったものだ。 「片倉さぁ、少し焼けたんじゃねぇ?」 「お前は真っ白のままだな」 ははは、と声を出して笑う小十郎に、政宗は手を伸ばして耳をひっぱった。いだだだ、と今度は困ったように彼は笑う。 「何処にも行ってねぇからッ!」 「ずっと家に居たのか?浮気の心配はなさそうだな」 ふくく、と小十郎は楽しそうに笑いながら、政宗をからかっていく。からかわれていると解っていても反応してしまう自分が恨めしい。 浮気なんてするかよ、と内心で呟きながら、ぷい、と頬を膨らませる。 「…大体は家に居たよ。だから、浮気してる暇なんてなかった」 「浮気、する気だったのか?」 ――さら。 不意に小十郎の手が伸びてきて、政宗の耳に触れてくる。指にかかる髪が揺れて、耳朶を擽る。そしてそれよりも、久々に彼に触れられているということに、とくとく、と胸が高鳴って仕方なかった。 車が緩やかに停まる――信号待ちで停まったのだ。政宗は窓の外に向けていた膨れっ面をゆっくりと廻らせて、小十郎の方へと矛先を向ける。 「――お前は、どうなんだよ」 「浮気なんてする気だったら、毎日電話なんてしないさ」 優しく撫でてくる手が気持ちいい。この手に、気付けばいつも触れられていた――政宗はそれを思い出しながら、かあ、と頬が熱くなってくるのを感じていた。 「片倉ぁ…――」 「お前から今日、誘ってくれただろ?嬉しかったんだぞ、これでも」 それだけ言うと小十郎は前を向いて黙ってしまう。たぶん彼もまた照れているのだろう。政宗は内心で「ありがとう、慶次!」と切っ掛けをくれた慶次に礼を言った。たぶん今頃くしゃみでもしているに違いない。それを思いながら、政宗は小十郎の隣で旅行から帰ってからの日々を話していった。 神社を見て回り、遠くに潮騒を聞きながら歩いていると、お守り売り場に行き着いた。政宗が、たたた、と駆け込んでから小十郎を手招きする。 ――ばさばさばさ。 政宗が駆け込む端から、鳩が飛びたっていく。鳩の群れに政宗が隠れてしまうようで、小十郎は一瞬瞳を眇めて彼の背中を追った。 「片倉ぁ、早く来いよ」 「あ、ああ……」 ぶんぶんと手を振る政宗に、ハッと我に返る。小十郎はのんびりと歩いて近づくと、既に政宗は色々と物色していた。 「お前、どれ買う?」 「――しいて言うなら…」 ――長寿御守 小十郎がひょいと摘み上げたのは、黄色の地に刺繍された御守だった。それを見て政宗は盛大に笑った。 「Ha-ha!どこまで爺臭ぇんだよッ!」 「お前には此れかな」 「どれどれ…って、学業成就って、そんなの要るかッ!」 小十郎が摘み上げたのは、白地に金色の刺繍の御守だ。政宗は首を伸ばして奥のほうにあるストラップ型の御守を見つけると、くいくい、と小十郎を引っ張った。 小十郎もまた釣られるようにして覗き込むと、政宗が二つストラップの御守を摘み上げる。 ――ちりん。 小さな鈴が鳴った。群青と、空色の、小さな貝の根付のついたストラップだった。そして其処に小さな印が一緒にぶら下っている。 ――恋守り。 「――――…」 ちりん、と一緒についている鈴が鳴る。ふたつのストラップを手にして、政宗は俯いてしまった。だが片手は小十郎を掴んでいる。 「それ、欲しいのか?」 「欲しいって言うか…――」 「欲しいなら買ってやるぞ」 「あ、ちょっと待て!一つは俺が買うからッ」 財布を取り出しかけた小十郎を制止して、政宗が空色のストラップを手にし、群青の方を小十郎に渡す。 ばたばたと会計を済ませると、首を傾げている小十郎に政宗は手を伸ばした。 「携帯、貸せよ」 「ん?ああ、ほら」 ぽん、と小十郎の携帯を掌に載せられて、政宗は先程のストラップを取り出した。空色の方は政宗が買ったものだ――だが、政宗はそれを小十郎の携帯に付けた。そして今度は自分の携帯を取り出してから、小十郎に突きつける。 ――ああ、そういう事か。 可愛いことをする、と思いながら小十郎は彼の携帯を受け取ると、群青色のストラップを付けてやった。小十郎が付けるのを見届けてから、政宗は彼の方へと携帯を戻した。 「交換だ。プレゼントって事で」 「大切にするよ」 小十郎が自分の携帯を受け取って言うと、ちりん、と微かな鈴の音が響いた。それと同じように、政宗の携帯もまた軽やかな音を立てていく。 歩くたびに小さく、ちりん、と鈴の音がする。鈴の音にあわせて二人はまた歩き出した。 歩き出してから直ぐ、今度は小十郎が「少し休むか」と声をかけて、こじんまりとした菓子処に入っていく。 入り口には、紫色の暖簾が下がっており、中はさほど広くはない。奥の窓が広く、その窓からは池が望めた。 小十郎は慣れた様子で中に入ると、政宗にメニューを勧める。 「餡蜜も良いけれど、やはり上生菓子と抹茶がうまいぞ」 「Green-Tea!俺、結構好きッ」 「じゃあ、それで」 政宗が身を乗り出すと、小十郎は注文をすらすらと述べていった。出された麦茶が、咽喉に涼やかに下がっていく。 「此処、片倉のよく知っているところなんだな」 「ああ…この店、実は大学の時の恩師の親戚の店で。よく連れて来られていたんだ」 す、と小十郎が麦茶を咽喉に流して言う。窓の外の景色を眺めながら、政宗は頬杖をついた。 「へぇ…学生の片倉って、何だか想像できねぇな」 「そうか?」 「そうだよ。お前が制服着てたりしたのかなぁって…なんか違和感」 ふくく、と咽喉を鳴らすと、小十郎は「そういうものかな」と小首を傾げていく。だがそれと同時に政宗は、同じ時に生徒同士だったら、と仮定していく。それを口にしなかったのは、目の前のこの状況に満足しているからだ。 ――目の前に、片倉が居る。 それだけで胸が躍る。彼を思って、どきどきと早鐘を打つ鼓動が、消えてなくなる事なんてないとさえ思う。じぃ、と政宗が見つめていると、小十郎は手を伸ばして政宗の目元を掌で隠した。 「あんまり見るな」 「何だよぅ…いいじゃねぇか」 「恥ずかしいんだよ、お前の目に凝視されてると」 ――胸元が、ざわつくから。 付け加えるように告げてきた小十郎の言葉に、政宗はテーブルの上に額を押し付けて顔を伏せた。 ――反則だ。片倉もだなんて。 同じ事を考えているなんて思ってもいなかった。嬉しいけれど、あまりの甘さに融けてしまいそうな気がしていった。 日中、かなりの場所を廻ってみた。そして最後に海辺に足を踏み入れていく。 夕陽がオレンジ色の光を、水平線の上に乗せている。既に海には人が少なく――というよりも、8月も終わりとなれば人気はなくなっていても可笑しくはない――砂浜に足を踏み入れて波間に近づくと、海を独占しているかのような錯覚に陥る。 さくさく、と砂浜を歩いてみてから、防波堤の方へと駆け上がり、其処によりかかって夕陽を眺める。防波堤に背中を預けて、二人で並んで夕陽を見ていると、潮に混じって海猫のみゃあみゃあという声が響いていた。 「夕陽が、凄く綺麗だ」 「伊達…」 柔らかい潮風に、瞳を眇めていると、隣から声をかけられた。返事をする前に、小十郎の大きな掌が頬を包み込み、横に向けられる。 目の前に、夕陽に染まった彼の瞳が見えたと思った瞬間、ふ、と鼻先が触れた。 「――ッ」 「もう一回…」 掠れた声が政宗の耳に降りかかり、熱い吐息が唇に触れる。政宗が唇を薄く開くと、空かさず小十郎の唇が重なり、絡まっていく。 「ん…――ッ」 ぎゅう、と小十郎の肩に手を握りこませると、ふい、と唇は離れて、小十郎の胸元に引き寄せられた――小十郎が苦笑しながら政宗を片腕で引き寄せていく。 「そろそろ慣れてくれよ」 「……っせぇよ。そろそろって言っても、まだ二回目じゃねぇか」 「それもそうか」 ざざ、と細波が微かに耳に届く。無理に小十郎は事を進めていく訳でもない。政宗は小十郎の首筋に鼻先を埋めると、しがみ付く子どものように腕を回して、もう一回、と業と強請っていった。そしてそれに苦笑しながらも小十郎は、再びゆっくりと政宗の唇に触れて行った。 自宅に付く頃には既に日も落ちてしまっていた。どうせ帰っても灯りさえ見えない家だ。政宗は日中の幸せを想いながら、まだぼんやりとして助手席に乗っていると、横から小十郎が思い出したように後部座席に手を伸ばした。 「そうだ、これ、伊達にやろうと思って」 「なに?」 ほら、と渡されたのは、赤紫色のパッケージの缶だった。冷えている訳でもないから、ずっとそのまま置かれていたのだろう。 「お前、炭酸好きだろ?それ以外と美味いぞ」 缶を受け取ってから、政宗はそのラベルを見つめて眉根を寄せた。そして掌に乗る缶を見つめたままで、苦笑しながら小十郎に問う。 「――片倉、これって深読みした方がいいのか?」 「――――…?」 「これ、Cherry cokeって書いてあるんだけど…」 ――Cherryってさ… 其処まで言ってから、小十郎が今思いついたというように、はっと眼を見開いた。そしてその直後、ぶふ、と口元に手を当てて噴出していく。 「ふ…はははははッ!」 「何だよ、笑うなよっ」 ばしばし、と政宗は小十郎の肩を叩いた。だが小十郎は笑うことを止めない。あははは、と盛大に声を上げて笑ってくれる。 「だって、暗にそれ、お前が自分で告白しちまったようなものじゃないか」 「あ…――ッ」 はっ、と気付いて政宗の顔色が変わった。瞬時に――暗いせいで、はっきりとは判別できないが、真っ赤になっていく。そして口をパクパクと動かして、二の句を言えないでいる姿に、小十郎は手を伸ばして政宗の頭を撫でた――だが未だに笑いは収まっていない。 「深読みするお前が可愛い」 「――――…ッ」 うう、と政宗が唸る。小十郎は面白がって顔を近づけると、政宗の耳元に低く囁いた。 「お前が望むなら、捨てさせてやるぞ」 ――ばしッ。 言った直後に政宗の平手が小十郎の頭に降り注ぐ。だがそれも可愛いものだ――叩いてきた政宗の手を掴むと、小十郎は自分の方へと引き寄せた。政宗は彼の胸元に顔を埋めると、悔しそうに声を絞り出す。 「片倉なんて嫌いだ…」 「本心じゃないくせに」 「大人って汚ねぇ…」 余裕のある笑いを零す小十郎に、政宗は思い切り歯噛みしていった。だがこうして触れていられることに、ほわほわと暖かい気持ちになって行く。それを噛み締めながら、政宗は「また新学期に」と告げていった。 その日、小十郎から貰ったチェリー・コークは慶次が翌日に来て一気に飲み干してしまった。政宗が怒髪天を慶次に食らわせたのは、言うまでもない。 了 うさぎのしっぽv様のリクエスト 小政・学パロ・両思いになった後の2人の一日(デートしているところ) |