アムリタ



 ――甘く、甘く、朝露に溶けて



 布団に横になって、側に佐助を呼んだ――でも彼は何時までも線を引きたがる。

「もっと側に、来てくれぬか」
「此処で十分じゃないかな」
「もっと、近う…」

 手を繋いで、ぐいぐいと引き寄せても、同じ布団で寝るなんて出来ないよ、と佐助は腕を精一杯に伸ばして畳の上に転がった。
 繋いだ手が、二人を繋ぐ橋のようで、幸村は身体を横向きにして転がる。繋いでいる右手を、指を、握ったり離したりと佐助は忙しなく動かしている。

「そろそろ寝たら?旦那」
「――俺が寝たら、手を離すのではないのか」
「そんな事無いって」

 横になりながら、佐助は苦笑する。片肘を立てて、その上に頬を乗せて、足をくの字にまげて此方を見ている。彼の姿は冬を間近に迎えたにしては薄着で、手を伸ばして掛け布団を掛けようとするのに、それを再び圧し留められてしまう。

「佐助のいう事など、信じられぬ」

 圧し戻された布団の端を握って憎まれ口を叩く。すると彼は上半身を起して、風邪引かれたら嫌だし、と嗤いながら幸村の顎先にまで布団を引き上げた。

「佐助」
「なぁによ?お休みなさい、じゃないの?」

 瞳だけを上に向けて見上げていると、額にさらりと佐助の手が触れた。

 ――ひやり。

 佐助の手が冷たい。先程彼に揉まれていた自分の手は、それに比べたらどんなにか暖かいだろうか。ひんやりとする佐助の手を――薄っすらと瞳を開けたままで感じていると、溜息を漏らして――それじゃあ、お休み、と言って離れそうになった。

 ――ぐん。

 離れようとした佐助の手を、まだ離せてないでいると、彼は困ったように眉を下げた。

「添い寝、して欲しいって言うなら、此処から離れないよ?」
「――これは添い寝とは言わぬだろう?」

 ――ぐい。

 強く幸村は繋いだ腕を引き寄せていく。すると、上半身だけバランスを崩して佐助が布団の上に倒れこんでくる。

「もう、いつまでもやや子じゃないんだからさ」
「佐助、もっと…」

 ――ばさ。

 上半身だけ倒れこんだ佐助の上に、幸村は布団を捲り上げてかぶせる。すると、ごそごそ、と身体を動かして佐助が顔を出した。

「旦那、風邪引いちゃうよ?」
「案ずるのなら、暖めろ」

 布団に埋まりながら、足を伸ばして佐助の足に絡める。熱い自分の足とは正反対に、冷えた感触が触れていく。だが、そうなってくると――冷えると暖を取ろうと動いてしまう――佐助も自然と身体を動かして足を絡めては、ぐ、と身体を幸村の足の間に滑り込ませてきた。

「珍しい……誘ってるの?」
「一緒に寝たい」

 腕を伸ばして佐助の首にかける。すると腕を突っ張りながらも、重ね合わせるように――胸と胸とをつけて、佐助が身体を沈ませてきた。
 じわじわと幸村の熱が、佐助の肌に吸い込まれていく。徐々に佐助の身体が温まっていくのが、何故だか嬉しくなってくる。

「今宵は、共寝といこうではないか。なぁ、佐助」
「強情だねぇ」

 触れる寸前、微かに幸村の口元から、ほくそ笑むような笑いが零れていった。











「まったく強情にも程があるよねぇ」

 腕の中に閉じ込めたら、愛しくて離せなくなるのは解っている。触れる箇所の何処彼処も熱くなって来るのは解っている。だから、あえて線を――自分たちの立場を崩さないようにと、精一杯の努力をしているというのに、幸村はそれを直ぐに取っ払ってしまう。

 ――直ぐにほだされる俺様もたいがいだよね。

 他の何にでも冷酷になれる自信はあるのに、殊、幸村に関してだけは駄目だ。佐助は片腕に幸村の頭を乗せたままで、ころり、と仰向けになった。

 ――ひやり。

 頬にひんやりとした山気が触れてくる。薄く空いてしまっていた障子の隙間から、白い月が見えていた。

 ――釣られて、熟睡しちゃった忍ってのも、どうだよ?

 はあ、と自分自身に溜息を付きながら、佐助は隙間から覗く白い月を見上げた。
 確か、幸村を腕の中に閉じ込めた際には、まだ星が明るく瞬いていた。それなのに、今はもう薄明るくなってきているではないか――その間、勿論のこと、佐助も寝入ってしまっていたという事になる。自分の不覚さに涙も出ない。
 佐助は瞳だけを動かして、障子の合間に見える空を見上げた。

「――――…」

 ひんやりと、其処にある月は、何物も凍えさせてしまうような、夜の主だ――それが色をなくし、朝日に変わる瞬間のこのひと時に、いつも安堵と不安を覚える。

 ――闇が消えて、光が訪れる。

 慣れ親しんだ闇の空気――それが、薄れて居場所をなくす瞬間だ。夜闇に慣れ親しんだ自分の身体が、一度姿をなくして再構築されるかのような気分を味わうのが、朝の訪れの瞬間だ。

 ――ふぅ。

 口から大きな溜息を吐きながら佐助は身体を動かした。すると、もぞ、と幸村の背が佐助の胸元に寄ってくる。

 ――寒いのかな。

 布団を引き寄せて、隙間から吹き込む風から彼を守るように、佐助は再び横向きになると、腕枕をしている幸村の背を引き寄せた。

「ん…――…」

 ごそごそ、と動いていると、二人の素肌がすれる感触が蘇る。佐助の胸元に幸村の背が触れ暖かさを伝えてくる――佐助はそっと彼の背に手を這わせた。

 ――綺麗な背中。

 傷一つ無い、綺麗な背中だ。其処に形良く、均整の取れた肩甲骨が浮き出ている。佐助は首を竦めると、彼の首の付け根に吸い付いた。

 ――ちゅぅ。

 強めに吸い付くと、ん、と甘えたな声が幸村から漏れる。だが彼は眼を覚ます事はなかった。
 背中を見せて寝ている幸村の髪を払って、腕を前に回して引き寄せる。すると、彼の肩口に傷跡があるのに気付いた。布団から出てしまっていた肩は、汗が引けてひんやりと冷たくなっていた。それを暖めようと、自分の胸元に引き寄せながら佐助は腕枕にしている方の腕も使って、幸村の身体を引き寄せていく。

 ――さすがに、腕には傷あるか。

 いつでも彼に傷が付かないようにと、戦場では気を配る。だがこの主と来たら、そんな佐助の思いなどお構い無しに突き進んでいく。

 ――でも、そんな旦那の背中を見るのは嫌いじゃない。

 むしろ愛しくさえある。彼の背中を掌で撫で上げると、ひく、と自然に幸村の身体が動いた。

「――……旦那?」

 起してしまったかと声を掛けるが、幸村が眼を覚ます素振りはなかった。すうすう、と心地よい寝息が聞こえてくるだけだ。
 そうなってくると、今度は佐助の悪戯心が波打つかのように、ざわざわと沸き起こってきた。

 ――触っても、いいかな?

 無防備な幸村の胸元に手を滑らせて探り、ふくり、と膨れた突起に辿り着く。そっと其処に触れると、佐助の咽喉が、こく、と動いた。
 指先で突起を挟み込み、くにくに、と動かしていく。そうしていると、徐々に硬さを持って来る。

 ――さっきまで柔らかかったのに。

 そっと幸村の様子を窺うように背後から覗き込むが、眉根を動かしただけで起きる様子は無い。佐助は手をゆっくりと肌の上に滑らせていく。だが、むずがるように幸村が足元をごそりと動かしただけだった。
 腹部の――筋肉の上に掌を動かしても、呼吸に合わせて其処が動くだけだ。

 ――やばいなぁ、いけないって解ってるんだけど。

 一度火がついたら止めるのは難しい。殊、その相手が幸村となれば言わずもがなだ。
 佐助は胸元に腹部に這わせていた手を胸元に滑り上げ、もう片方の手で背中を撫で下ろした。傷も無い背中を――手を滑らせると、吸い付いてくるかのような質感が心地よい。するすると手を撫で下ろしていくと、腰の窪みに辿り着く。そのまま臀部の膨らみに沿って撫で下ろすと、臀部を掌で揉みこんでいく。

「ふ、……――っ」
「旦那?」

 びく、と動いた肩に声を掛ける。だがまだ幸村は唇から切ない吐息を吐きながらも、瞼を押し上げはしなかった。

 ――本当に、よく寝てるなぁ。

 まったく抵抗がないというのも味気ないものだが、なんだかいけない事をしているかのようで、逆に興奮してくる。佐助は片手で、揉みこんでいた臀部の割れ目に指をもぐりこませると、中にある――昨夜まで佐助自身を受け入れていた箇所に指先を触れさせた。

 ――ふに。

 少しだけ入り口がふくりと膨れ、摩擦によって擦れていたのを知らせてくる。其処を、指先で弄りながら、佐助は「はぁ」と吐息を吐いた。

 ――ごめんね、旦那。

 一応胸の内で謝っておく。佐助は布団の中に身体を少しだけ滑り込ませると、幸村の足に自分の足を絡めた。
 いつもは温度差を感じる場所だと言うのに、今は同じくらいに熱くなっている。幸村の背中に胸元をぴったりと付け、上になっている幸村の足を微かにずらさせる。

 ――くちゅ。

 足がずらされて触れやすくなった後孔に、佐助は自身を押し当てた。既に其処は触れさせると濡れた音がするくらいに、佐助の下肢は重くなっていた。其処にきて、幸村の後孔に何度も擦り付けていると、濡れた粘着質な音へと変わっていく。

 ――やばいなぁ、挿れたい。

 だが流石にそうしたら起きてしまうだろう。怒られるだろうか、とも脳裏に微かに思い浮かべる――だが、佐助は幸村の腰を自分のほうへと引き寄せると、そのまま腰を進めていった。

 ――ず、ず、

 ゆっくりと勢いをつけずに動かしながら進めていく。そのまま根元まで押し込めると、幸村の肩口に噛み付いた。かぷ、と噛り付いて舌先で肌の上を舐る。

「ふ、ん…――さ、すけ?」
「起きた?旦那ぁ…」

 流石に幸村は眠っていた瞼を起して、首だけを廻らせようとする――だが、すぐに佐助にがっちりと身体を固定されていることに気付いて、瞼をぎゅっと引き絞った。

「ア……ッ!」
「感じちゃった?」
「っ、何――…ッ、熱ッ」

 ――ぐん。

 幸村が寝起きに身体を震わせるにあわせて、佐助は腰をゆるゆると突き動かしていく。すると、訳もわからずに幸村は喘ぐ羽目になった。

「あ、や…、ッ、なに…――ッ」
「御免ね、寝ている間に、ちょっと…」
「ぁあ、ん…――ぅッ」

 緩やかな抜き挿しを繰り返すと、入れる時よりも出す時の方が、ぶるぶると幸村が震える。その事に気付いて、佐助は逃げられないように腰に腕を回しながら、ゆっくりと抜き始めた。

 ――ずる…

「ふ…――っ、は、」

 ぐぐ、と今度は押し込むと息を詰める。その変化に佐助は幸村の片足を持ち上げて後ろから連続で繰り返していった。

「旦那ぁ、抜くときの方が、感じるの?」
「んん――…ッ」

 がくがく、と動き出す背中を丸めて、幸村が自分の口元を掌で押さえた。背後から覗き込むと、瞼をぎゅっと瞑って涙を浮かべている。

 ――可愛いなぁ。

 眦も、頬も、ほんのりと色付いているのが、薄青く翳る朝と夜の中間の明るさに浮き上がらせられる。

 ――なんか、青い光っていつもよりも色っぽい。

 緩い動きで、挿れて、ゆさぶっていくが、幸村は耐えるように身体を震えさせていく。激しさは無いものの、いつもよりも敏感に反応するのが新しくて、佐助は動くのを止められなかった。

「ん、んん……ッ」
「旦那…――ッ」

 ――ぶるっ。

 大きく背中を弛緩させて幸村が身体を丸める。それに合わせて佐助もまた、彼の後孔に全て自身を収めたままで身体を震わせていった。











 抜くことも惜しいような気がして、そのまま自身を押し込めたままで、幸村の肩甲骨に口付けた。すると、幸村は肩越しに振り返りながら涙を――生理的な涙だろうが、つ、と滑らせた。起きた瞬間は驚いた様相だったが、一度達ってしまえば、彼は怒ることもせずに快楽に正直に身体を浸していた。

「佐助…その、抜いてくれ」
「んー…なんか惜しくて」

 ごめんね、と両腕を腰に回して離さずにいると、幸村は再び困ったように眉を下げた。ごそ、とそのまま幸村が自分から抜こうと動き出す。ず、と少しだけ佐助の陰茎が抜け始めると、びくん、と大きく幸村が反応した。

「あん…――ッ」
「――っ!」

 口を付いて出てきた高音の喘ぎに、当の本人である幸村が自分の口を塞いだ。佐助はというと、驚いて思わず上半身を起したほどだった。

「――――…ッ」
「なに、今の…すっごい、高い声」
「――……っ」
「やばいなぁ、ちょっと旦那?俺様呷ってどうするの?」
「し、知らぬわッ」

 ――だから早く抜いてくれ。

 顔を全て両手で覆いながら幸村が真っ赤になって行く。夜と違って徐々に彼の肌の変化も、手に取るように見えてしまう。

「誘ったのは旦那からだったでしょ?」
「それは…お前の身体があまりにも冷たくて」
「暖めてくれようとして?」

 ――もう随分と暖かいけどね。

 言いながら、ずる、と全てを抜くと幸村が安堵の吐息を吐いた。そして肩越しに、背中を摺り寄せてくる。

「――冷たいお前は、何だか遠くに行ってしまったようで、嫌だ」
「だったら、いつもこうやって俺様を暖めててよ」

 ――ね?

 承諾を得ながら、今度は幸村の肩を押して仰向けにさせる。足を絡めて――といっても、既に二人の下肢は濡れてどうしようもない。
 幸村の上に乗り上げながら口付けていくと、幸村は受け入れるように足を自分から開いていった。

「まだ一番鶏も鳴いてないし、もう一回してもいい?」

 ぬるぬる、と濡れている互いの陰部を擦り合わせながら、一応伺いを立ててみる。すると幸村は腕を持ち上げて佐助の背中に掌を這わせていく。

「――飽きないなぁ、お前も」
「飽きて溜まりますか」

 背中に這わせられた幸村の掌が、焼けるように熱い――だが、幸村の熱に侵食されたかのように、佐助の肌もまた熱くなっていく。昨夜までの温度差が嘘のようだった。
絡めた舌の味が、やたらと甘く感じながら、薄っすらとした蒼い光に照らされる幸村を見下ろしていくと、そのまま時間も忘れて互いの身体を沈めあっていった。













わかさ様のリクエスト
明け方の月とか星とかが描かれているお話。18禁で。