暖かい冬 寒波が押し寄せて、急に木枯らしが吹いてきていた。急な冷え込みに首を竦めてしまう。そんな中、長曾我部元親が毛利の邸に訪れた。元就の前にどっかりと座り込んで茶を飲み込むと、遠くに聞こえる波濤に耳を傾けてから言った。 「寒くなる前にと思ってたんだけどな」 ――だけどもう寒いなぁ。 肩を竦めて見せる元親は、いつもとは違い、洋装に身を包んでいる。いつもとは違う装いに知らず視線は彼に向かってしまう。 元就は正面に向かい合って座りながら、同じように茶を啜った。 「そうは言うが今日の冷え込みは格別よ」 「だよなぁ、外、息が白かったぜ」 「流石に貴様も寒いと見える」 元就が顎を軽くしゃくって示すと、元親は自分の服装を見下ろした。胸元にゆれる白いスカーフを摘み上げて、にやり、と微笑んだ。そんな姿さえも様になってしまうから困りものだ。 「ん?ああ、これ、似合うだろ」 「馬子にも衣装だな」 「酷ぇッ!まあ、いいか。今日訪れたのには訳がある」 ふん、と鼻を鳴らすと、元親は声を荒げた。だが直ぐに平常に戻ると、持っていた袋を引き寄せた。そして中からいくつかの筒状のものを取り出す。 ――ころころころ。 目の前でその筒状のものが転がり、広がっていく。広がると、其処には春のような絵が描かれていた。蝶も、花も舞っている。 「綺麗だろぅ?」 「この反物……」 元就が自分の元に転がってきたそれを手にし、じっと見つめる。元親は元就の様子を期待に満ちた眼で見つめていた――だが、すとん、と元就が膝の上に反物を置いて怪訝な顔をする。 「貴様、好いた女子でもいるのか?」 「あ?」 「これは女物よ」 とん、とそう言うと、元親の口元がへの字に曲がった。そして眉が力なく下がる。予想が外れてがっかりしたのだろう。 「そうなのか?俺、こういうの普通に着てたから頓着したこと無かったな。そうか…」 「貴様の真意は?」 元就が膝の上の反物を掌で柔らかくなでると、はあ、と大きな溜息を付きながら元親は後ろ手に身体を反らした。まるっきりやる気を無くしたような風体だ。 「――お前に似合うと思ってさ」 「そうか」 「うーん、でも受け取らねぇか」 ――持って帰るしかねぇかな。 ぽりぽり、と銀色の髪を掻きながら元親は残念そうに背中を丸めた。だが元就は膝においていた反物をさらりと巻きながら応えた。 「いや、受け取ろう」 「え?」 瞳を丸くして元親が顔を上げる。その前に手元にあった反物を軽くちらつかせ、拡げて見せた。 浅葱色の地に、白雲、蝶が踊る反物は、見ていても楽しいものだ。元就は、そうだな、と思案するように相槌を打つと、元親の肩にその反物を掛けた。 「これで貴様に一着、あつらえてやろう」 「は?」 「出来たら連絡を送るゆえ、取りに来い」 ――お前にならば似合うであろう。 しゅる、と反物を再び手元に巻きつける。元就はそうしている内に、誰か、と呼び声をかける。するとぱたぱたと下女が駆けつけてきた。下女に元就が一通り話すと、その反物を――両腕に抱えて下女が頭を下げていく。それを見送ってから、温くなった茶を元就は引き寄せた。 「――それってさ、暗にまた来い、って言ってる?」 「さぁな……」 元親は口元に拳を宛がって、じっと右眼で見つめてくる。彼の碧色の瞳をちらりと見てから、すす、と温くなった茶を咽喉に流し込んだ。 ――かたかた。 ふい、と寒風が吹き込む。瞬間、元親が「ひゃっ」と首を竦めた。よほどに寒がりなのかと、元就は彼の仕種に瞳を瞬かせた。両腕を摩りながら背を丸める姿からは、西海の鬼として胸を張る面影がない。 ――鬼の弱点は寒気か。 ふふ、と思わず笑いが零れる。だが元親は構わずに「寒い」と連呼していく。 「しっかし、本当に寒いなぁ」 「何だ、貴様は寒がりか」 「そういう問題じゃねぇよ」 ――海が時化る季節は嫌だねぇ。 皮肉るようにして元親が――右眼を細めて――嗤う。海が時化れば船を出すのもままならない。嵐の中でも航行する船でも、冬場はどうしてもその航路に限りが出てしまうというものだ。 水軍を構える身としては、それを重々承知している。故に、冬になる前に一通りの興行は済ませておきたいものだ。 其処まで考えると、元就は徐に膝を立て、元親の側に近づくと、彼の肩口に自分の肩を寄り添わせた。 「元就?――どうし…」 「寄り添っておれば暖かろう?」 びく、と肩を揺らして元親が驚愕する。それもその筈だ――だが、半信半疑ながら背に直ぐに腕が回ってくるのを感じると、慣れているのだな、と思わずにはいられない。 「――…お前、本当に今日はどうしたんだよ?」 「どうもせぬわ」 引き寄せてくる腕が、強くなってくる。背に這わせられた腕に――強く引き寄せられると、彼の胸元に倒れこみそうになった。 「勝手にこっちはお誘いと取らせて貰うけど?」 「好きにすれば良かろう」 両肩を抱き寄せられて応えた先には、暖かい口付けが待っていた。それを拒むことなく受け入れると、寒さなど嘘のように熱さに代わっていった。 着物の袂を割って、座った彼の上に腰を落とすと、ぶるり、と背中が撓っていく。これ以上奥には入り込めない。意地になったとしても、ぶるぶると自然と身体は震えた。 「――――…っ、ッん」 「お前、何度やっても馴れねぇな」 ――ぐちゅ。 下肢から濡れた音が響く。その音だけは何度聞いても耳心地の良いものではない。ぐぐ、と後孔に収めている元親自身を、より深く咥え込もうと眉根を寄せていると、熱い吐息を吐きながら元親は腰を支えてくる。 「馴れて、溜まるか…ッ」 ――ぐん。 急に強く押し進められて、びくん、と腰が震えた。口をあけて、はー、はー、と呼吸を繰り返すと、間近に迫った元親の肩口に額を押し付ける格好になった。 繋がったままで向き合って、足を絡めて、ただ縋りつくしかない。顔を起すと柔らかく、熱い吐息を吐きながら口付けられる。 「声くらい出せよな」 「男の、喘ぎ声など…肝が冷えるだけよ」 息も掠れ、声も掠れながらも、憎まれ口を叩くと、額に汗を浮かべた元親が、ははは、と乾いた笑いを零した。 「ばぁか。お前のだから聞きたいってのに」 耳朶に甘く噛み付きながら、そう囁かれる。それでも声を出すのは憚られた。手に触れる馴れない異国の服――それに指を絡ませながら、突き動かされる振動に、元就はただしがみ付いていくだけだった。 胡坐を掻いて背を丸めている元親の背に、背を預けて煙管を拭かした。ふう、と紫煙を吐き出すと煙草箱に元就は煙管を置いた。 「少しは温まったか?」 「ん?勿論。それにしても、お前ってさ、冷たいように見えて…」 肩に元親の頭が乗っている。首元に彼の柔らかい銀色の髪が触れてどうにもこそばゆい。 「何だ?」 「身体は熱いのな。子どもみてぇ」 嗤いながら元親が口にする。両腕を袖の中に通すと、元就はしれっとして応えた。 「日輪の加護の賜物よ」 「はははは、言うなぁ」 ひょい、と乗ってきていた元親の頭を押しやって、元就は腰を上げると、しゅんしゅん、と湯気を立てる釜から湯を掬い上げ、近場にあった茶箱を引き寄せた。 「長曾我部」 「うん?」 そのまま転がり始めていた元親が、背中越しに応える。のそ、と起き上がる彼の気配に気付きながらも、元就は湯飲みの中に匙で茶箱の中にあった小鉢の中身を落としていく。 ――こぽぽぽ。 湯飲みの中に熱い湯を注ぎいれる。そして、何だよ、と近づいてきた元親に差し出した。 「飲むがいい」 「何だよ、これ」 くん、と鼻を動かして元親が腕を組む。元就は茶箱の中身を見せながら、湯飲みを更に、ずい、と差し出した。 「生姜湯だ。温まるぞ」 「へぇ…有難く頂くかな」 おお、と元親が応えて湯飲みを受け取り、咽喉に流すと「熱い」と舌を出した。 ――寒がりで猫舌か。 彼の風体からは似合いそうにも無い。目の前で繰り広げられる姿を見るたびに、この男が鬼と呼ばれる所以が解らなくもなる。 ――だが、ひと度戦となればそれも頷ける。 元就がそんな風に観ているとは露とも思わず、元親は手元にある生姜湯に舌鼓みを打つ。飲み込んでから、ほわ、と息を吐いて身体の力を抜いていく。 「甘いなぁ…暖まるわ」 「だから、冬でも、荒波でも、乗り越えてまた飲みにくればいい」 手元にある自分用の湯飲みに、同じように生姜の摩り下ろしと、糖蜜をくべる。そして湯をその上から注ぎいれ、匙で掻き混ぜる。 閉口しかかっていた元親が、意地悪く左の口端を吊り上げて嗤った。 「お前…だからやっぱり俺に逢いたいんだ?」 「――――…」 「冬になると海が荒れるから、あまり逢えないって?」 「知らぬ」 ふん、と鼻を鳴らしながら、手元に包み込んでいた湯飲みを傾ける。熱に浮かされた余韻を更に煽るように、甘く、暖まる味だった。 「また来るさ。暖まりにな」 ずず、と元就の淹れた生姜湯を飲み込みながら、嬉しそうに元親が言う。その言葉に頷くことしかしなかったが、じんわりと胸に温もりが宿るような気がしていった。 了 コリン様のリクエスト 親就でたまにはデレるオクラさん。ちょっとR18よりで。 |