You are my sunshine




 幸村が二度目の花期を終えた頃、夏も終わりに差し掛かっていた。既に季節は九月に入っており、それでもまだ蕾を付けるのだと、小さくなった身体で幸村は意気込んでいた。

「そんなに立て続けに花期になってたら、身体が持たないんじゃないの?」
「大丈夫でござるよ。今までが休ませられておったのだし、我らは七月から十月頃までは咲けるらしいのでござる」

 朝の身支度をしながら、佐助が髭を剃る横で幸村も顔を洗う。小さなタオルを手に、ごしごしと顔を洗う姿が、ちんまりとしていた。
 幸村は体長約15cm――掌に乗ってしまうほどの大きさだ。流石に彼に合う大きさのものは限られているので、今使っているタオルも佐助が彼の大きさに切っておいたものだ。
 ごしごし、と小さな手で顔を拭き終わると、幸村はおもちゃのカップに溜めた水で、口を濯ぎ始める。それを横目で見ながら、ばしゃばしゃ、と佐助は顔を洗った。

「ふうん…ていうか、その…身体、大丈夫?」
「――?大丈夫でござるが…」

 顔を拭きながら部屋に向かいがてら、支度を終えた幸村が肩口から小首を傾げる。佐助はベッドの上に幸村を置いてから、ばさり、と着ていたパジャマ代わりのシャツを脱ぐ。

「そうじゃなくて、一昨日の。花期の最後の日の…」

 其処まで言うと、ベッドの上に座っていた幸村が、カー、と顔を赤らめた。

「あ、あぅ…ッ」

 一昨日――それは二度目の花期の最後の日だった。どうしても離れがたくて、何度も腕の中に幸村を閉じ込めて離せなくなっていた。それを思い出すと、今でも顔が締まり無くにやけてきてしまう。

「抑えたつもりだったんだけど、あんまり抑え切れなかったからさぁ。旦那、辛かったんじゃないかと思って」
「それ以上言わずとも良いでござるぅぅううあああぁぁぁぁぁッッ」

 頭を小さな手で抱えて幸村はベッドの上に転げまわった。丸い、お手玉のような身体がころころとこれでもかと転げているのを上から見つめ、ばさりと新しい服を着込んだ。そして佐助はベッドのに膝を付いて、転げまわる幸村に顔を近づけると、にこ、と笑いかけた。

「だって可愛かったからさぁ」

 ――理性なんて吹っ飛ぶよね。

「破廉恥でござる――――ッ」

 大きな葡萄のような瞳が、佐助を見上げた瞬間、本体の花よりも真っ赤になって、幸村は枕の下に駆け込んで隠れてしまった。










 枕の下に隠れた幸村は中々出てこなかった。いい加減引きずり出そうと、枕を持ち上げるのに、ぴったりとしがみ付いて離れない。それなのに佐助が枕をくるりと回すと、空かさず反対側に逃げ込む始末だった。

 ――恥ずかしがり屋なのは解ったけどさぁ。

 一度臍を曲げると始末に終えない。最初の花期の時も、本体に逃げ込んでしまった。その時の事を思い出しながら、佐助は甘い香りをキッチンから上らせていく。

「旦那、ほらこっち来て、一緒に食べよ?」
「――――…」

 いつものローテーブルに持っていき、並べると直ぐにテーブルの上は一杯になった。

「今日はホットケーキにしたんだけど、おまけで生クリームと、ブルーベリーソースも用意したんだよねぇ」
「――――…」

 ことん、ことん、とメープルシロップと蜂蜜も出してくる。自分の方へは一枚だけ選り分けるだけでいい。皿の上にホットケーキを乗せてから、枕の下に声を掛けると、のそ、と幸村が這い出てきた――と言っても、うっすらと枕を持ち上げ、中から窺っている状態だ。

「食べないなら、旦那の分も食べちゃうよ?」

 ――じゅる。

 佐助が楽しげに言うと、枕の下から涎を啜る音が聞こえた。程なくして、んしょ、と幸村が枕の下から出てくる。だが、なぜかお尻から出てきたものだから佐助は噴出しそうになった。
 昔飼っていた子犬が、押入れの布団の中に嵌った時、確か同じ動きで出てきた。それを思い出して、腹が引き連れそうになった。

 ――に、似てるッ!頭が引っかかった子犬にそっくり!

 だがそれも次第に笑いから、どうやら不埒な思いに変化してしまった。ころんとしている幸村の身体全体が、左右に揺れて出てくる姿に手が伸びてしまう。

 ――がしッ

「ひゃああッ!」
「あ、ごめん。丸っとしてて可愛いお尻だったものだから…」

 思い切り幸村の後ろから片手で掴み込むと、びっくう、と幸村が身体を震わせた。後ろに流れる長い尻尾のような髪が、ぴん、と天井に飛び上がるほどだった。

「さ、佐助殿…最近、ちょっと破廉恥に磨きが掛かっておるような」

 幸村は涙目になりながら自分のお尻に両手を当てて、こそこそ、と佐助から隠すように動いてくる。

「そんなことないよぅ」

 ――旦那にだけだって。

 それはそれでどうなんだ、と突っ込みを入れる者は此処にはいなかった。ぽぽぽ、と頬を膨らませた幸村が、唸りながらもテーブルの上に飛び乗る。そしてホットケーキのタワーを見て、瞳を輝かせると口から、だらり、と涎を垂らした。

「はい、これ旦那用ね」

 ――ことん。

 幸村の前に、小さなホットケーキの山を差し出す。通常の四分の一の大きさで、それを10枚近く重ねたものだ。幸村の目の前に積まれたホットケーキに、彼は瞳を更に輝かせた。

「おおおおお、某の為に?この山のようなほっとけーきは、某のためでござるのか…ッ」
「うん、旦那用だよ。たっぷり食べてね」
「うううう嬉しいでござるぅぅぅ」

 小さな拳をぷるぷると震わせて幸村は力を込めると、滾るぅぅぅぅ、と叫びながらホットケーキに齧り付いていった。
 佐助は横で、ぱくぱく、と食べている幸村を他所に、TVを点けてから今日は何をしようかと考えていく。

 ――そういえば、この前旦那とやっていたゲーム、まだクリアしてなかったなぁ。

 ふとそれを思い出す。だがそれは彼がまた花期になった時まで待つのも良いかもしれない。それとも今の小さな幸村でもいいかと思い立ち、伺いを立てようと視線を下げた。

「ねぇ、旦那…」

 其処まで言ってから視界に入り込んだ幸村に、動きが止まる。べったりとブルーベリーソースの混じった生クリームをつけている幸村がいる。小さな鼻の頭にまで、ちょこん、とクリームが付いていた。

「あははは、旦那ってば顔に生クリーム…」
「ふえ?」

 本人は気付いていなかったのか、言われてから頬に手を当てる。そしてクリームが付いていることに気付くと「なんと!」と叫んで指先のクリームをぺろりと舐めた。

「――――…ッ」

 ――俺様、何て迂闊な…ッ!

 小さな幸村が指先をぺろぺろと舐めていく。その光景に身体が固まった。ただ笑い飛ばせている内はいい――だが花期の後で、しかもまだ余韻も残している自分の感覚が疎ましい。

 ――これが、大きい旦那だったら…嫌、駄目だ!そんな事想像しちゃ駄目!

 其処まで考えてしまうと、だらり、と背中に厭な汗が浮かんでくる。ぶんぶんと首を振って想像を掻き消そうと必死になっていると、ブルーベリーソースの中にあったブルーベリーの粒を口に入れて、頬を膨らませた幸村が小首を傾げた。

「どうかしたのでござるか?」
「――い、いや…その、」
「佐助殿?」
「ちょ、ごめ…――直ぐに元に戻るから。ちょっとだけ、俺の名前呼ばないでね」
「――うむ?」

 今、幸村の方を見るのは眼の毒だ。目元に手を当てて、幸村に「待ってね」と告げる。そして何度も深く深呼吸を繰り返していく。だがそんな佐助にはお構いなしで、幸村は自分の分のホットケーキを食べつくすと、佐助のほうに積み重なっていた大きなホットケーキにも噛り付いては、もくもく、と口を膨らませて動かしていた。
 すう、はあ、と何度も深呼吸をしていくうちに、気持ちも落ち着いてくる。

「よし、大丈夫。もう平気だよ、旦…――ッ」
「むぐ?」

 くる、と首を廻らせて幸村の方へと向く。それと同時に、大きなホットケーキに、小さな手を掛けて、齧り付いている幸村が視界に入った。
 まるで布団でも押さえているかのような、大きさの違いだ――幸村は両頬をリスのように膨らませており、頬はふっくらとしていた。

 ――ぷち。

 佐助の中で何かの糸が切れた音がした。

「――ぶっはぁ!駄目だあああああ、あああああもう、可愛いなぁ、もうッ!」
「ふんぎゃぁぁぁぁぁぁぁああああッ!」

 物凄い勢いで佐助は幸村を掬い上げると、ぐりぐりと頬を摺り寄せていった。










 さんざん佐助に可愛がられて――というか、頬擦りをされて、ぐったりとした幸村が、ふっくりと膨らんだお腹を上にして転がる。この膨れたお腹が、ものの五分くらいで引っ込むのだから不思議だ。
 佐助が指先で幸村の腹をなでると、ふきゃ、と声を上げて幸村が擽ったがる。その間に佐助は皿を流しに持っていくと、再び戻ってきた。

「佐助殿、某、お願いがござる」
「どしたの?」
「次の花期になった時、また、ほっとけーきを焼いて下され」
「――良いけど」

 持って来た水を咽喉に流してから、幸村の前にも水を置く。すると、よいしょ、と身体を起こして幸村は水を飲み込んだ。満面の笑みを浮かべて幸村は微笑む。

「某、佐助殿と同じ大きさで、向かい合って食べてみたいでござる」
「――ッ!」

 ふわ、と花が開くように微笑まれると弱い。佐助の胸に、どきん、と鼓動が高鳴り始める。この小さな花の精はいつもながらに、自分のツボを抑えていく。佐助の方が恥ずかしくて、嬉しくて、顔が熱くなっていく。

「旦那ぁ、なんでそんなに可愛いこと言うのさ?本体も可愛いけど、ホントに旦那ってかーわいい」
「某を可愛いというのなら、それは佐助殿の為にでござる」
「え?」

 幸村は再び水を飲み込んでから、仁王立ちになって胸を張った。ご丁寧に腰に手を宛がって、ふん、と鼻まで鳴らしてくれる。
 だがその直後に、へへ、と表情を綻ばせていく。照れているのを隠すように、指先で頬をぽりぽりと掻く姿がいじらしい。

「佐助殿に好かれたくて、某、綺麗に咲きたいのでござる。これはもう本当に…誰に見られるよりも、褒められるよりも、佐助殿だから…」
「だぁんな」

 ――ひょい。

 佐助は甘えたな声を出して呼びかけると、幸村を掌の上に乗せて持ち上げた。そして指先で額を撫で上げると、其処に微かに唇を押し付ける。
 小さな幸村が「ん」と声を堪えるのを耳にしながら、この嬉しい気持ちを伝えるにはどうしたらいいのかとさえ思う。

「旦那は俺様の太陽だね」
「え、何ででござるか?」

 きょとん、と葡萄のような大きな瞳を動かして幸村が不思議がる。そんな幸村に佐助は自然とこみ上げる笑顔を向けていた。

「俺が暗くなっていても、疲れていても、旦那はいつでも明るくて。俺様を照らしてくれるもの」
「――…」
「大好きだよ、旦那」

 ――小さな姿でも、大きな姿でも。

 一目ぼれした夏の、真っ赤な花は佐助の生活を、心を、全てを変えてくれた。彼が来てからの日々がいつも新しくて楽しみでならない。
 そう思っていると、幸村は目の前で一際綺麗に、満面の笑みを浮かべて、小さな両腕を佐助の方へと伸ばしていった。













うこ様のリクエスト
同じ景色を見ていたからシリーズの佐幸の、出来上がった二人が、部屋でごろごろ遊んでいるようなお話。幸村が小さいせいで佐助がもんもんとしているような感じの話。


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