醒めてみる夢 はらはらと零れ落ちる紅い影が視界に入る。それを見上げて政宗は瞳を眇めた。 ――色付いてきたか。 奥州の秋は短い。もう間もなく全てを閉ざす雪が迫り来る。それを肌で感じながら、城下からこうして検分している処だった。 「政宗様、お待ちください…ッ」 「追いついて来たか、小十郎」 「そう急かれますな」 はあ、と息を吐き出しながら小十郎が馬の手綱を捌くと、乗っていた馬が嘶いた。それを横目で見ながら口元で笑い飛ばす。 「もう息切れかよ、お前も年取ったなぁ」 「――だったらもっと労って下さいませ」 ――貴方様についていく方の身にもなって下さいませ。 小十郎は眉間に皺を寄せて困り顔だ。それもその筈で、特に冷え込んだ今朝の空気に、突然外に出ると告げたのは数刻前のことだ。執務はいつもながらにこなしていたから、溜まっている筈は無い。 だが、本来ならば外に出ることもなく、穏やかに過ごそうとしていた日だけに、駆り立てられるほうとしては、何事かと気を揉んでしまうのだろう。 ましてや、今朝は霜が降りていた――小十郎にしてみれば、丹精込めた畑の作物を観に行きたかったに違いない。 「Hum…ちょうど良い、このまま馬を走らせて行かねぇか」 「何処にでござますか」 ――秋保 ぽん、と政宗が口にする地を脳裏に思い描いてから、一呼吸置いて小十郎が声を上げる。今から其処までいくとすれば、一日が潰れてしまうというものだ。 「は、はぁ?何処までいくおつもりかッ」 「決めたッ!着いて来い、小十郎」 赤く染まる楓や蔦が映るのを視界に収めると政宗は、ひゅう、と口笛を吹いて馬の腹を蹴った。その背後から小十郎の叱責する声が響くが、全て蹄の音に掻き消されていった。 目的地に到着する頃には既に陽は傾いていた。最寄の湯治場に馬を止めるが、人影は疎らで忍んで来るには調度良い風情を醸し出していた。 「急に湯治でございますか」 「作法なんて糞食らえだ。ほら、お前もさっさと入って来い」 ばっしゃばっしゃと湯を弾かせて政宗が湯の中に入り込む。その背後から続きながら、小十郎が溜息を漏らした。彼は浴衣の裾を帯に挟み込み、桶に洗い道具を抱えている。どう観ても湯に入る姿ではない――むしろ、帷子に着替えている政宗の方が、湯に入る気満々だった。 「此処で失礼致します」 「労れっていうから来たのによ」 口を尖らせていると、小十郎が膝をついて桶を縁に置いた。 「――つまらねぇなぁ」 「何を仰いますか」 とぷん、と肩まで浸かりながら政宗は、すす、と湯の中を動く。露天になっているこの場からでは、湯に入ってしまうと小十郎を見上げる意外にない。 「ガキん頃は一緒に入ったのによぅ」 「それはそれ、これはこれ、でございましょう」 フン、と鼻を鳴らして威張られてしまうと、居心地が悪い。政宗は小十郎に背を向けて、両腕を縁にひっかけると、足をばたつかせた。 ――ばしゃばしゃ。 泳ぐように動かしていると、湯の上に、はらり、と紅葉が降りてくる。それに気付いて顔を仰のかせる。 調度上には楓があり、湯気に翳って、はらはら、と葉を躍らせていく。 「綺麗だな…」 「ああ、紅葉でございますね」 政宗が上を向いたままで話すと、小十郎もまた背後から同じように見上げた。彼の眼にも紅葉が映りこんでいく。政宗は視線を反らさずに、湯気の行方を追っていく。 「紅くて、透けてて、なんだか山全体が燃えているみたいだ」 「粋なことを仰る」 かたん、と小十郎が桶を傾けて湯の中に落とすと、湯を掬い上げて背後から政宗の肩にかけた。普通に座ると胸元くらいにしか溜まっていない――長く浸かるにはそれが調度良いが、肩が冷えてしまう。それを補うように、静かに小十郎は湯をかけていく。 「でもよ…燃えているといっても、紅葉なら良い。この地を、焔に焼かせるわけにはいかねぇ」 「――ええ」 頷く小十郎に首を廻らせると、政宗は腕を組んで縁に乗せる。組んだ腕の上に顎を乗せて、ふぃ、と吐息を吐き出した。 「俺が天下を取ったら、豊かな地平を見渡せるような、太平の世にしたいな。争いなんて、負の連鎖しか築けねぇ。そんな…――何だよ、小十郎」 淡々と語っていると、慈愛のような――柔らかい笑みで此方を見つめている彼の視線に気付く。あまりに柔らかく微笑まれるものだから、政宗は逆に気恥ずかしくなってくる。すると腕を回して小十郎は桶に湯を入れると、さらさらと政宗の背に流した。 「いえ、今日は殊に饒舌になられておいでで」 「偶には良いじゃねぇか」 「でも、本当にどうしたのですか?」 小十郎が静かに湯を掛け続けてくる。其れを受けながら、政宗はくったりと腕に顎先をのせていく。 頭上にはきらきらと光る紅葉がある――それが、湯の上に落ちてくるたびに、戦場の強い腐臭をも思い出す。 ――だが、戦いを望む気持ちも、俺の中にはある。 太平を望みながら、時に戦うことに身を溺らせる自身もいる――その存在を否めない。だがそれを悟られまいとして、政宗は口元に皮肉ったような笑みを浮かべた。 「湯に中てられたかな」 「然様で…?しかし、夢は持ち続けるに限りますな」 「夢のままで終わらせねぇよ」 ぱしゃん、と身体の向きを変えると湯が跳ねた。再び小十郎に背を向け、頭を彼の膝の上に乗せる。すると小十郎の手が伸びてきて、頬を撫でて来た。 「その言葉、しかと小十郎めの胸に刻みましたぞ」 「ああ。だけど刻むのは…」 ――言葉だけでなく、俺毎全部にしろ。 政宗が先を繋げると、小十郎は苦笑しながらも「御意」と口にする。だが撫でて来る手の動きは止まらない。 撫でてくる彼の手に指先を向けて絡ませる。そのまま彼の手を引いて、指先に口付けると瞳だけを小十郎の方へと向けた。口付けるだけでなく、そのまま咥内に引き入れると、政宗はゆっくりと指先に吸い付いていく。 ――ちゅ、ちゅる… 小十郎は指を一本ずつ舐める政宗の動きを――片方の手では湯をかけるのを止めずに、じっと見つめている。 「小十郎ぅ、お前、ちょっと爪伸びてるぞ」 指先を咥えて、にや、と笑むと、ごくん、と小十郎の咽喉が動くのが眼に入った。 「どうした?」 ――その気になってきたか? 揶揄うように言うと、小十郎は軽く首を振った。政宗の手管に煽られたのではないと言われるとそれなりに、かちんとくる。だが小十郎は至って真面目な顔つきで、政宗の肌の上の――湯に湿った帷子に指先を向けた。 「いえ…肌に絡まる布というのはかくも色っぽいものかと…」 「マニアックなことぬかすなッ」 ――そっちかよ! 政宗は眉根を寄せると、ぐい、と強く小十郎の腕を引っ張った。 ――ばしゃん。 「Ha−ha!ざまぁみろッ」 「――やりましたな?」 ぐっしょりと濡れそぼった小十郎が瞳を眇める。かすかに怒りにこめかみが、ぴくぴく、と動いていたが、政宗は気にせずに鼻歌を歌った。 ――ぱしゃん。 だが直ぐに目の前に小十郎が迫る。回避する前に、ざぶり、と湯が大きく揺れた。まだ濡れて湿りきっていない小十郎の浴衣の感触が、政宗の胸元に触れる。背に、腰に絡んできた腕に引き寄せられて、見上げる間にも唇を塞がれていく。 「――っん」 角度を変えて、ゆるゆると擦り合わされる唇から、僅かに口を開くと舌先が滑り込んでくる。大きく口を開いて彼の舌先を待ち構えると、上顎を擽られた。 「ふ…――っっく、ぁ」 尖らせた舌先が上顎を擽り、そのまま歯列と歯茎の合間を滑っていく。もどかしい動きに舌を突き出して絡めていくと、強く吸い上げられた。 ――ぬる。 口角から飲み込みきれなかった唾液が滴り出してくる。政宗が背を撓らせて唇を離すと、小十郎が背に手を回したままで耳元に囁いてきた。 「触れても宜しいか?」 「――そういうのは動く前に言えよ」 「確かに…しかし、帷子が肌に張り付いておりまして」 「Ah?脱ぐか?」 「いいえ、結構」 ――お前、趣味悪いな。 政宗が辟易として溜息を付くと、これも楽しみですので、と小十郎が嫌な笑い方をした。ほかほかと温まる身体とは真逆に、さあ、と背筋が凍っていきそうな予感がしていった。 縁に微かに乗り上げて、そのまま濡れた帷子越しに触れられていく。胸元から手が滑り、下肢に向かっても、直に触れることはせずに布越しだった。 ――ぐしゅ。 上下に緩やかに扱かれていく間、布から湯が伝わってきた。あわせて衣擦れがもどかしく刺激を与えてくる。 「あ、あ、…こじゅ…小十郎、ちょっと待て」 「――…待ちませんっ」 小十郎にしがみ付きながら、ふるふる、と肩を震わせる。小十郎は片腕で政宗の背を支え、もう片方の手だけで陰茎を扱いていく。濡れた布越しに、根元から包み込むように支え、爪先で先の割れ目を抉っていく。 ――びく。 括れの部分に指が絡まり、ぐりぐりと割れ目を指先が舐っていく。がくがくと足が震えてくると、足の間に小十郎の片足が入り込み、沈むのを塞いでいく。 「あ、ああぁ、ん…――、ま、待てって」 「政宗様…」 ずるりと身体から力が抜けそうになるのを揺すり上げて支えると、小十郎はこめかみに口付けを落とした。はあはあ、と息を乱しながら政宗が眉を下げる。 「駄目だって…そのままやったら」 「いいではありませぬか」 言いながらも小十郎の手は容赦なく動き出す。それを圧し留めながら、政宗はじわりと涙が浮かんでくるのを感じていた。 「――だ、めだ…――っ、ん、湯が、汚れる…」 「今更ですけれど、それならば」 はあはあ、と呼吸は荒い。政宗が涙で湿った視界を――瞬きを繰り返していると、背に回っていった筈の小十郎の手が、腰にしっかりと掴みこまされていく。 ――ぐい。 止めるよりも先に、腿に掛かっていた塗れた布が手で払われたのが解った。そして、小さく小十郎が「失礼」と言うと、熱い咥内に含まされていく。 「は…ァッ、あっ、や、やめ…――ッッ」 湯よりも何よりも小十郎の咥内のほうが熱い。腰を折り曲げて上体を畳みながら、政宗は彼の頭に手を向けた。 ――じゅ、じゅ、じゅっ。 強弱をつけて吸い上げられていくと、濡れた音が激しく響いていく。口元に手を当てて、漏れ出る声を抑えようとするのに、其れも意味を成さない。そうこうしている内に、一際強く腰が重くなった。 「あ、ぅうあっ!――っ、っく」 「――――ッ」 ぶる、と大きく身体を弛緩させると、政宗は小十郎の咥内に精を吐き出していた。 ふうふう、とそのまま肩で呼吸をしてから、ハッと気付いて政宗は正面の小十郎を見下ろした。すると彼は片手で口元を覆って、眉根を寄せている。 吐き出す瞬間に、彼の舌先が触れていたのを覚えている――更に言ってしまえば、その瞬間に強く吸われたのも覚えている。 ――全部、口で受け止めやがった。 かあ、と耳まで熱くなる気もしたが、同時に政宗は、さあ、と血の気が引く気がした。政宗は慌てて掌を小十郎の前に差し出す。 「――っ、小十郎、吐き出せっ」 「――…っん」 ――ごくん。 小気味良い音を立てて、小十郎の咽喉が上下に揺れた。それを間近で観ていると、彼はそのまま舌先で唇を舐めていく。 ――飲みやがった… ただ呆然としていると――目の前で小十郎が口元を手の甲で拭って――付いていた膝を伸ばして立ち上がる。 「政宗様?」 「My God!信じられねぇ〜…」 ――ざぷん。 政宗はその場にしゃがみ込んで、湯の中に肩まで納まった。恥ずかしくて顔を上げたくない気がする。まさか彼の口で達かされるとは思ってもいなかった。 「何を今更」 「っかやろう…。恥ずかしいぃぃ」 頭上で小十郎が、あははは、と笑ってみせる。政宗は湯で顔をばしゃばしゃと洗うと、水鉄砲の要領で湯を小十郎にぶつけた。 ――ちゃぷん。 小さな音を立てて、湯が弾ける。目の前に小十郎が膝を付いた。視線が絡むのを避けることは出来ない。小十郎は手を伸ばすと、膝を抱えてしまう勢いの政宗を引き寄せた。そして宥めすかすように、背をぽんぽんと叩く。 「政宗様、貴方様が仰ったのですよ?」 「うん?」 「だから、私は貴方様ごと、全て愛してみせましょう」 ――その夢も、言葉も、身体も、全て。 顔を上げてると、小十郎が柔らかく微笑んでいた。その表情をじっと見つめると、今度は政宗から彼の首に両腕を絡める。 「――言うじゃねぇか」 ――だったら離れるんじゃねぇぞ。着いて来い。 掠れる声を耳朶に吹き込むと、再び強く背を引き寄せられる。「御意」と小十郎が言うのが早いか――言葉を飲み込むように、唇を強く重ね合わせていった。 暗くなる外の景色の中で、湯気に紛れて、紅葉が舞う――湯の温度よりも、互いの肌の温度の方がより一層熱かった。 了 Nyarin様のリクエスト 戦国小政で、主従で紅葉狩り。温泉につかって天下を統べる夢について語り合う話。R18。 091103up |